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看病の日々

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厳かな鐘の音が街中に響き渡り午後6時を知らせる。
まだ意識が戻らない母親の細い腕を熱いタオルで拭いていたアランはふと窓の外を見た。
美しい夕焼けがロージーの静謐な寝顔を照らしている。

「母さん・・・辛いところはない?痛いところは?」

アランの指先がロージーの頬を優しく撫でたとき小さなノックの音がした。

「アラン?遅くなってごめんなさい。大神官様に呼び止められてしまって」

「遅くなんて無いですよ?ご苦労様ですロア殿。母のために・・・感謝しかありません。大神官様の御用はお済ですか?」

「ええ、立ち話で済むような内容でしたから。そろそろ時間ですね、交代しましょう」

「少しは眠れましたか?」

「ええ、ぐっすりと。アランもゆっくり休んでくださいね」

アランは立ち上がりティナの指先に軽く唇を寄せた。

「では交代をお願いします。無理はしないでくださいね」

「ええ、大丈夫。おやすみなさい」

アランは名残惜しそうに部屋を出た。
アランの座っていた椅子に腰をおろしたティナはロージーの顔に掛かっていた髪を優しく撫でつけた。

「ロージー様・・・お辛いところはありませんか?」

勿論返事は無い。
ティナは立ち上がり少し開けてあった窓を閉めた。
アランとティナは12時間交代でロージーの看病をしていた。
宿を一部屋だけとって交代で使っている。
一緒に眠るわけではないが、同じベッドを共有しているため妙な親近感が生まれていた。

「アランは少し痩せたわね」

誰にともなく口に出したティナに思わぬ返事が帰ってきた。

「ティナロア嬢も少し痩せましたね。無理はしていませんか?」

慌てて振り向くとフェルナンドが立っていた。

「まあフェルナンド様。気付きませんでした」

「ええ、今入ったところですから。勿論ノックはしましたがお返事が無くて」

「それは失礼しましたわ。何か御用でしたか?」

「ええ、ロージーの様子を見に来ました。お邪魔で無ければお祈りをしたいのですが」

「ありがとうございます」

ティナはベッドの前から壁際に移動した。
静々とフェルナンドがロージーの横に跪き、ロージーの手を握って祈りを始めた。

『おい、ティナ。こ奴なかなか・・・かなりの潜在能力だ。お前の助けになるかもしれないから仲良くなった方がいいぞ』

『あら・・・教会に来てからは呼ばなくても出てくるのね』

『そりゃそうさ。家の中だもの』

『あんた教会に住んでるの?』

『教会は神の家の玄関だ』

『神の家?神の家に住んでるの?大魔神が?』

『・・・もういい。俺の言ったこと分かった?』

『この人と仲良くするのね?ふふふ・・・任せておいて』

『念のために言うが・・・神官は生涯純潔でないとダメだから。お前・・・これは絶対だからな』

『黙ってりゃわからないでしょうに』

『いや、純潔な体でないと神の声は聞けないんだ』

『私は聞けるけど?』

『お前は特別なんだ!いいか?神官たちには絶対に手を出すなよ!』

『はいはい・・・煩いわね』

「ティナロア嬢?・・・大丈夫ですか?」

フェルナンドが心配そうにティナの顔を覗き込んでいる。

「は・・・はい!ごめんなさい。少しボーっとしてしまって・・・」

「いいえ、お疲れなのでしょう。今少し神の気配を感じたので、もしかしたら神と会話をしておられたのかと思ったのです」

「ええ・・・少しお話しを致しました。大した事ではありませんが・・・」

「後学のためにお伺いしても?」

「・・・ええ・・・神官様に心からの信頼を寄せるようにと・・・」

(大きくは間違ってないはず・・・)

「なんと!神は私を信頼せよと!嬉しいです・・・嬉しい・・・おお神よ!感謝します」

(大げさなんだけど・・・まあ喜んでるからいいか)

「ティナロア嬢、私の方こそあなたを信頼しています。これまでどれほどの徳を積んでこられたのでしょう。神と会話できるほど信心深い生活を送っておられたのでしょうね・・・心から尊敬いたします」

「ありがとうございます。私など・・・何事も為してはいません」

「そのご謙遜こそ神の御心に沿うものでしょう」

(なんというか・・・神官ってみんな世間ずれしてないからチョロそうだわねぇ)

開いていたドアからシスターが覗いた。

「フェルナンド様、オルフェウス大神官様がお呼びです」

跪いたままだったフェルナンドが急いで立ち上がった。

「はい、わかりました。すぐに伺います。それではティナロア嬢、後はよろしくお願いします」

「わかりました。精いっぱい頑張ります」

フェルナンドが出て行ったドアを見詰めながらティナは思った。

(あそこまで純真だと返って騙されにくいかもね・・・あの人たちを騙すようなヤツは本物の悪人だわ)

安らかなロージーの寝顔に少し安心したティナはお湯を貰うために厨房へ行った。
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