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ジャルジュ襲来

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拍手に送られロアはピアノの前を離れた。
少し照れくさそうにカウンターに座るハーベストの横に向かう。
バーテンダーがそっとティナにワイングラスを渡した。
ハーベストがティナの目を見詰めながらルビー色のワインを注いだ。
バーテンダーはそっとその場を離れ、他の客がカウンターに来ないように配慮する。
その間四人は何も話さず、そっとグラスを合わせて乾杯した。
沈黙を破ったのはマダムラッテだった。

「今日も素晴らしかったわ、私の可愛いロア。いつもより数段哀愁が溢れていたように思うのだけれど。うふふ」

扇で口元を隠しながらマダムラッテが思わせぶりに微笑んで見せる。

「ありがとうございます、マダム。今日は・・・なんだか変ですよね。それに思いがけない方がおみえになっていましたし」

「ティナ・・・いえ、ここではロアでしたね?素敵な演奏でした。どうかこれ以上私の心を煽らないでください」

ハーベストが頬を染めながらそう言うとキリウスが口に含んでいた酒を吹き出しそうになった。
ジトっとそれを睨んでからティナの方に体ごと向き直ったハーベストが黙ってティナの手をとった。

「ハーベスト様・・・私ここでは一応男性という設定なので、これは・・・ご令嬢方が誤解されますよ?あの・・・ハーベスト様の恋愛対象が男性だと思われるのはお困りでしょう?」

そっとティナが手を引いた。
ハーベストは慌てて客席の方を見る。
ロアを見つめていた何人かのご令嬢が慌てて視線を外した。

「ははは・・・拙かったですね・・・この事態は私にとってもあなたにとっても」

四人は声を出して笑った。

「ところでティナ、あの屋敷を出た後はどうするつもりなのですか?」

「私は王都に向かうつもりです。そこである人を探すつもりです」

「ある人?」

「ええ、知人から頼まれていて・・・その人を探し出して助けてほしいと言われているのです」

「その人は王都の何処にいるのですか?私たちも来月には王都に向かう予定ですので、お力になれるかもしれません」

「それが・・・まだわからないのです。その知人から知らせが来るはずなのですが」

「それならティナ、私たちと一緒に王都に向かいませんか?護衛もできますし、何より私が安心できます」

「‥‥‥(いやいや、あなた方は明後日には帰るのですよ?言えないけど)それは・・・助かりますが・・・一応顛末を見届けたいとも思っているのです」

「それは・・・事が上手く運ぶか不安だという事ですか?」

「それもありますが・・・彼女のことが心配で・・・。私の身代わりを押し付けているのですから」

そう言って俯くティナにマダムラッテが話しかけた。

「だからそれは違うって何度も言っているでしょう?ロアは優しすぎるというか、やはり貴族のお嬢様なのでしょうね。平民の暮らしというものが頭ではわかっても心で理解できないのね」

「マダム・・・彼女が・・・ティナが酷い目にあうことだけは避けたいのです。もしもそうなるくらいなら私が・・・」

ハーベストが慌ててティナに言った。

「それは絶対に違いますよ!あなたはこれ以上酷い目に合う必要はありませんし、マダムの話では彼女も納得の事なのでしょう?」

「そうよ、ロア。彼女は感謝こそすれ恨むようなことはないわ。それに、彼女が我慢するのもそう長い事では無いはずよ?あの子たちの手腕ならあの屋敷の主はすぐに変わるはず。だからあなたが気に病むことではないの」

ティナは困ったような笑顔で二人の顔を見た。
キリウスが優しく微笑みながらティナのグラスにワインを継ぎ足して言った。

「みんなの未来が安寧であることを祈りましょう」

再び四人は乾杯のためにグラスを掲げた。
その時、ハーベストの部下が平民の服装で駆け寄ってきた。
キリウスが相手をする。

「何事だ」

「屋敷にジャルジュという男が来ています。ロンダート様とビスタ殿が相手をしていますが用心棒も引き連れていて一触即発という状況です」

ティナが驚いて立ち上がった。
マダムラッテが冷静に指示を出す。

「ロア、これはいい機会かもしれないわ。あなた衣装のままで帰りなさい。そしてテラがティナロアだと思い込ませるのよ。きっとハーベスト様が助けて下さるわ。お客様の騎士様たちがテラをティナロアとして扱えば信じるしかないのだし」

「そうですね。ではすぐに帰りましょう。そのゲス野郎はティナの顔をハッキリ知らないのでしょう?これはいいチャンスです」

キリウスが悪い顔で笑った。
ハーベストもマダムの作戦に賛同した。

「お任せください、マダム。私が彼女をホンモノの伯爵令嬢にしてみせましょう」

「心強いお言葉ですわね。だからロア、安心してお任せしなさい」

ティナは青ざめたまま小さく頷いた。

「早くお行きなさい!」

三人は知らせに来た騎士たちの乗ってきた馬で屋敷に急いだ。
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