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 通夜には母と、葬儀には父と参列した。
 葛城が私の手を離さないので、父と一緒に火葬場まで行くことになった。

 静香さんはずっと泣いていた。
 クソオヤジは憔悴しつつも、静香さんの肩を支え続けている。
 深雪ちゃんは姉である沙也の手を離さず、沙也は私の手を離さない。

 静香さんに親族がいないことは聞いていたが、クソオヤジの方も親戚らしい人は参列していなかった。
 来ていたのは、会社の上司と同僚の二人だけだ。

 信じられないほど小さな棺。
 見送るのは父親と母親、そして姉二人と双子の弟。
 まるでままごとのような祭壇に、飾られた花はカスミソウだった。

「万里っていう名前だったんだな」

 父がポツンと言う。

「うん、弟が一空なんだって。二人で万里一空だね。みんな同じ空の下っていう四字熟語だよね」

「そうだな。みんな同じ空の下か……良い名前だな」

「うん、良い名前だよね」

 葛城が一点を見詰めたまま口を開く。

「ばんちゃんといっくんって呼んでたんだよ。いっくんはすくすく大きくなってくれたんだけど、ばんちゃんは心音も弱くて。お父さんも静香さんも覚悟はしてたって言ってた」

 私たち親子は唇に乗せる言葉を持たなかった。
 お骨を拾う間、私と父は外で待ち、出てきた家族を家まで送ることにした。
 ハンドルを握る父の横で、後ろから聞こえる小さな嗚咽を聞きながら、私は柄にもなく人生について考えてしまう。

 人間いつ死ぬかわからないとはよく聞く言葉だが、生まれてひと月も生きられない子供には当てはまらないのではないだろうか。
 一卵性双生児だと聞いているので、きっと顔もよく似ていたはずだ。
 静香さんの悲しみは慮る事さえ憚られる。
 父親も同じ気持ちに違いない。

 それでも朝は来るし、子は乳をせがんで泣くのだ。
 どれほど悲しくても仕事には行かなくてはならないし、葛城も深雪ちゃんも登校しないといけない。
 人間の営みはその悲しみとは関係なく繰り返されていく。
 否が応でもその繰り返しが、沈んだ心を日常に引き戻すのだ。

「着きましたよ」

 父が静かに言った。
 スライドドアを開け、葛城が深雪ちゃんの手を引いて降りた。
 静香さんが掌だけで持てるような骨壺を両手で持ち、父親がその肩を支えている。

「お世話になりました。また改めてお礼にお伺いいたします」

 夫婦が揃って頭を下げた。
 その後ろで葛城と深雪ちゃんも頭を下げている。

「お気になさらず。もう……なんと言っていいのか……」

 父の言うとおりだ。
 今のこの家族にはどんな言葉も陳腐でしかない。

「葛城、落ち着いたら学校に来なよ?」

「うん、ありがとう。洋子ちゃん……ホントにいつもごめんね」

「いいさ、むしろ頼り甲斐が無くてごめん」

 葛城沙也、本当に何もしてやれなくてごめん。
 私は心の中で詫びながら、静香さんの手に包まれている小さな箱に心からの冥福を祈った。

 葬儀から一週間が経過して葛城は登校してきた。
 卒業式の練習や、卒業生恒例である図書館の掃除などがあり、登校した葛城とゆっくり話せたのは放課後で、いつもの桜の木の下だった。

「大変だったね。静香さんはどう?」

「悲しむ時間もないほどいっくんに手がかかってるみたい」

「そうか、いっくんはお母さんを救っているのかもしれないね」

「うん、そうかもしれないね……ああ、そうだ。バタバタしてて洋子ちゃんに言ってなかったんだけど、私……桜花は落ちた。ダメだったの」

「そうか……他は?」

「他は受かってたけど、バタバタしてたでしょ? 入学金払ってないから……」

「えっ! どうするんだよ」

「ちょっと考えてみるけど、就職はしないつもり。働くにしてもバイトかな」

「葛城……なぜそんな事になってるんだよ!」

「静香さんが入院してたでしょ? お父さんも帰るの遅かったし。なんだか言いそびれちゃったんだもん」

「はぁぁぁぁぁ……どうなってるんだ? 静香さんは仕方がないとは思うが、父親は? あのクソオヤジは気にもしてなかったってこと?」

「どうだろ? まあ元々受かるはずないって思ってたんじゃないかな。大学の話をお父さんとしたことは無いんだもん」

「お前……あの家を出ることは考えないの? 酷すぎると思うよ? まあ、いろいろあった。本当にとんでもない事がいっぱい重なった。でも……」

「うん、そうだよね。最近思うんだけどさぁ……」

 葛城がベンチに座って上を見上げた。
 ついこの前まで固く茶色かった蕾の先が色づいていることに気付く。

「私って何だろねって」

「葛城……」

 葛城の目から涙が零れ落ちた。
 
「葛城、お前は本当によく頑張った。私は知ってるよ。私はあんたを尊敬してる。よくめげずに耐えていると思う。葛城沙也、これだけは覚えておいて欲しい」

「なあに?」

「お前は強い。強い心を持っている。強さは正義だ」

「私……強い?」

「うん、私の知っている限り、五本の指に入る。ちゃんと自分の足で立っているもん」

「ありがとう、洋子ちゃん。そうかぁ、私は強いのかぁ……なんだか安心した」

「安心?」

「うん、私がダメだからみんなが離れていくのかもって……考えちゃったから」

「そんなことはないよ。お前の元家族はダメダメに弱いから葛城にしわ寄せして逃げたんだ。今の家族で一番弱いのは父親だね。静香さんは強いけれど、今は弱ってる。弱いんじゃなくて弱ってるんだよ。だから……」

「うん、だから強い私が静香さんを助けなくちゃね」

「無理はするなよ? なあ、葛城。落ち着いたら京都に来ない?」

「京都? 洋子ちゃんのところ?」

「うん、私が入る学生寮は予備校生も受け入れてくれるんだよ。だから……」

「ありがとう。要するに私にも逃げ場はあるってことだね?」

「うん」

「考えてみるね」

 葛城は明るい笑顔を見せてくれた。
 私にできることはもうないのだろうか……
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