60 / 61
59
しおりを挟む
通夜には母と、葬儀には父と参列した。
葛城が私の手を離さないので、父と一緒に火葬場まで行くことになった。
静香さんはずっと泣いていた。
クソオヤジは憔悴しつつも、静香さんの肩を支え続けている。
深雪ちゃんは姉である沙也の手を離さず、沙也は私の手を離さない。
静香さんに親族がいないことは聞いていたが、クソオヤジの方も親戚らしい人は参列していなかった。
来ていたのは、会社の上司と同僚の二人だけだ。
信じられないほど小さな棺。
見送るのは父親と母親、そして姉二人と双子の弟。
まるでままごとのような祭壇に、飾られた花はカスミソウだった。
「万里っていう名前だったんだな」
父がポツンと言う。
「うん、弟が一空なんだって。二人で万里一空だね。みんな同じ空の下っていう四字熟語だよね」
「そうだな。みんな同じ空の下か……良い名前だな」
「うん、良い名前だよね」
葛城が一点を見詰めたまま口を開く。
「ばんちゃんといっくんって呼んでたんだよ。いっくんはすくすく大きくなってくれたんだけど、ばんちゃんは心音も弱くて。お父さんも静香さんも覚悟はしてたって言ってた」
私たち親子は唇に乗せる言葉を持たなかった。
お骨を拾う間、私と父は外で待ち、出てきた家族を家まで送ることにした。
ハンドルを握る父の横で、後ろから聞こえる小さな嗚咽を聞きながら、私は柄にもなく人生について考えてしまう。
人間いつ死ぬかわからないとはよく聞く言葉だが、生まれてひと月も生きられない子供には当てはまらないのではないだろうか。
一卵性双生児だと聞いているので、きっと顔もよく似ていたはずだ。
静香さんの悲しみは慮る事さえ憚られる。
父親も同じ気持ちに違いない。
それでも朝は来るし、子は乳をせがんで泣くのだ。
どれほど悲しくても仕事には行かなくてはならないし、葛城も深雪ちゃんも登校しないといけない。
人間の営みはその悲しみとは関係なく繰り返されていく。
否が応でもその繰り返しが、沈んだ心を日常に引き戻すのだ。
「着きましたよ」
父が静かに言った。
スライドドアを開け、葛城が深雪ちゃんの手を引いて降りた。
静香さんが掌だけで持てるような骨壺を両手で持ち、父親がその肩を支えている。
「お世話になりました。また改めてお礼にお伺いいたします」
夫婦が揃って頭を下げた。
その後ろで葛城と深雪ちゃんも頭を下げている。
「お気になさらず。もう……なんと言っていいのか……」
父の言うとおりだ。
今のこの家族にはどんな言葉も陳腐でしかない。
「葛城、落ち着いたら学校に来なよ?」
「うん、ありがとう。洋子ちゃん……ホントにいつもごめんね」
「いいさ、むしろ頼り甲斐が無くてごめん」
葛城沙也、本当に何もしてやれなくてごめん。
私は心の中で詫びながら、静香さんの手に包まれている小さな箱に心からの冥福を祈った。
葬儀から一週間が経過して葛城は登校してきた。
卒業式の練習や、卒業生恒例である図書館の掃除などがあり、登校した葛城とゆっくり話せたのは放課後で、いつもの桜の木の下だった。
「大変だったね。静香さんはどう?」
「悲しむ時間もないほどいっくんに手がかかってるみたい」
「そうか、いっくんはお母さんを救っているのかもしれないね」
「うん、そうかもしれないね……ああ、そうだ。バタバタしてて洋子ちゃんに言ってなかったんだけど、私……桜花は落ちた。ダメだったの」
「そうか……他は?」
「他は受かってたけど、バタバタしてたでしょ? 入学金払ってないから……」
「えっ! どうするんだよ」
「ちょっと考えてみるけど、就職はしないつもり。働くにしてもバイトかな」
「葛城……なぜそんな事になってるんだよ!」
「静香さんが入院してたでしょ? お父さんも帰るの遅かったし。なんだか言いそびれちゃったんだもん」
「はぁぁぁぁぁ……どうなってるんだ? 静香さんは仕方がないとは思うが、父親は? あのクソオヤジは気にもしてなかったってこと?」
「どうだろ? まあ元々受かるはずないって思ってたんじゃないかな。大学の話をお父さんとしたことは無いんだもん」
「お前……あの家を出ることは考えないの? 酷すぎると思うよ? まあ、いろいろあった。本当にとんでもない事がいっぱい重なった。でも……」
「うん、そうだよね。最近思うんだけどさぁ……」
葛城がベンチに座って上を見上げた。
ついこの前まで固く茶色かった蕾の先が色づいていることに気付く。
「私って何だろねって」
「葛城……」
葛城の目から涙が零れ落ちた。
「葛城、お前は本当によく頑張った。私は知ってるよ。私はあんたを尊敬してる。よくめげずに耐えていると思う。葛城沙也、これだけは覚えておいて欲しい」
「なあに?」
「お前は強い。強い心を持っている。強さは正義だ」
「私……強い?」
「うん、私の知っている限り、五本の指に入る。ちゃんと自分の足で立っているもん」
「ありがとう、洋子ちゃん。そうかぁ、私は強いのかぁ……なんだか安心した」
「安心?」
「うん、私がダメだからみんなが離れていくのかもって……考えちゃったから」
「そんなことはないよ。お前の元家族はダメダメに弱いから葛城にしわ寄せして逃げたんだ。今の家族で一番弱いのは父親だね。静香さんは強いけれど、今は弱ってる。弱いんじゃなくて弱ってるんだよ。だから……」
「うん、だから強い私が静香さんを助けなくちゃね」
「無理はするなよ? なあ、葛城。落ち着いたら京都に来ない?」
「京都? 洋子ちゃんのところ?」
「うん、私が入る学生寮は予備校生も受け入れてくれるんだよ。だから……」
「ありがとう。要するに私にも逃げ場はあるってことだね?」
「うん」
「考えてみるね」
葛城は明るい笑顔を見せてくれた。
私にできることはもうないのだろうか……
葛城が私の手を離さないので、父と一緒に火葬場まで行くことになった。
静香さんはずっと泣いていた。
クソオヤジは憔悴しつつも、静香さんの肩を支え続けている。
深雪ちゃんは姉である沙也の手を離さず、沙也は私の手を離さない。
静香さんに親族がいないことは聞いていたが、クソオヤジの方も親戚らしい人は参列していなかった。
来ていたのは、会社の上司と同僚の二人だけだ。
信じられないほど小さな棺。
見送るのは父親と母親、そして姉二人と双子の弟。
まるでままごとのような祭壇に、飾られた花はカスミソウだった。
「万里っていう名前だったんだな」
父がポツンと言う。
「うん、弟が一空なんだって。二人で万里一空だね。みんな同じ空の下っていう四字熟語だよね」
「そうだな。みんな同じ空の下か……良い名前だな」
「うん、良い名前だよね」
葛城が一点を見詰めたまま口を開く。
「ばんちゃんといっくんって呼んでたんだよ。いっくんはすくすく大きくなってくれたんだけど、ばんちゃんは心音も弱くて。お父さんも静香さんも覚悟はしてたって言ってた」
私たち親子は唇に乗せる言葉を持たなかった。
お骨を拾う間、私と父は外で待ち、出てきた家族を家まで送ることにした。
ハンドルを握る父の横で、後ろから聞こえる小さな嗚咽を聞きながら、私は柄にもなく人生について考えてしまう。
人間いつ死ぬかわからないとはよく聞く言葉だが、生まれてひと月も生きられない子供には当てはまらないのではないだろうか。
一卵性双生児だと聞いているので、きっと顔もよく似ていたはずだ。
静香さんの悲しみは慮る事さえ憚られる。
父親も同じ気持ちに違いない。
それでも朝は来るし、子は乳をせがんで泣くのだ。
どれほど悲しくても仕事には行かなくてはならないし、葛城も深雪ちゃんも登校しないといけない。
人間の営みはその悲しみとは関係なく繰り返されていく。
否が応でもその繰り返しが、沈んだ心を日常に引き戻すのだ。
「着きましたよ」
父が静かに言った。
スライドドアを開け、葛城が深雪ちゃんの手を引いて降りた。
静香さんが掌だけで持てるような骨壺を両手で持ち、父親がその肩を支えている。
「お世話になりました。また改めてお礼にお伺いいたします」
夫婦が揃って頭を下げた。
その後ろで葛城と深雪ちゃんも頭を下げている。
「お気になさらず。もう……なんと言っていいのか……」
父の言うとおりだ。
今のこの家族にはどんな言葉も陳腐でしかない。
「葛城、落ち着いたら学校に来なよ?」
「うん、ありがとう。洋子ちゃん……ホントにいつもごめんね」
「いいさ、むしろ頼り甲斐が無くてごめん」
葛城沙也、本当に何もしてやれなくてごめん。
私は心の中で詫びながら、静香さんの手に包まれている小さな箱に心からの冥福を祈った。
葬儀から一週間が経過して葛城は登校してきた。
卒業式の練習や、卒業生恒例である図書館の掃除などがあり、登校した葛城とゆっくり話せたのは放課後で、いつもの桜の木の下だった。
「大変だったね。静香さんはどう?」
「悲しむ時間もないほどいっくんに手がかかってるみたい」
「そうか、いっくんはお母さんを救っているのかもしれないね」
「うん、そうかもしれないね……ああ、そうだ。バタバタしてて洋子ちゃんに言ってなかったんだけど、私……桜花は落ちた。ダメだったの」
「そうか……他は?」
「他は受かってたけど、バタバタしてたでしょ? 入学金払ってないから……」
「えっ! どうするんだよ」
「ちょっと考えてみるけど、就職はしないつもり。働くにしてもバイトかな」
「葛城……なぜそんな事になってるんだよ!」
「静香さんが入院してたでしょ? お父さんも帰るの遅かったし。なんだか言いそびれちゃったんだもん」
「はぁぁぁぁぁ……どうなってるんだ? 静香さんは仕方がないとは思うが、父親は? あのクソオヤジは気にもしてなかったってこと?」
「どうだろ? まあ元々受かるはずないって思ってたんじゃないかな。大学の話をお父さんとしたことは無いんだもん」
「お前……あの家を出ることは考えないの? 酷すぎると思うよ? まあ、いろいろあった。本当にとんでもない事がいっぱい重なった。でも……」
「うん、そうだよね。最近思うんだけどさぁ……」
葛城がベンチに座って上を見上げた。
ついこの前まで固く茶色かった蕾の先が色づいていることに気付く。
「私って何だろねって」
「葛城……」
葛城の目から涙が零れ落ちた。
「葛城、お前は本当によく頑張った。私は知ってるよ。私はあんたを尊敬してる。よくめげずに耐えていると思う。葛城沙也、これだけは覚えておいて欲しい」
「なあに?」
「お前は強い。強い心を持っている。強さは正義だ」
「私……強い?」
「うん、私の知っている限り、五本の指に入る。ちゃんと自分の足で立っているもん」
「ありがとう、洋子ちゃん。そうかぁ、私は強いのかぁ……なんだか安心した」
「安心?」
「うん、私がダメだからみんなが離れていくのかもって……考えちゃったから」
「そんなことはないよ。お前の元家族はダメダメに弱いから葛城にしわ寄せして逃げたんだ。今の家族で一番弱いのは父親だね。静香さんは強いけれど、今は弱ってる。弱いんじゃなくて弱ってるんだよ。だから……」
「うん、だから強い私が静香さんを助けなくちゃね」
「無理はするなよ? なあ、葛城。落ち着いたら京都に来ない?」
「京都? 洋子ちゃんのところ?」
「うん、私が入る学生寮は予備校生も受け入れてくれるんだよ。だから……」
「ありがとう。要するに私にも逃げ場はあるってことだね?」
「うん」
「考えてみるね」
葛城は明るい笑顔を見せてくれた。
私にできることはもうないのだろうか……
14
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
「かっこいい……あのボディ。かわいい……そのお尻」ため息を漏らすその視線の先に何がある?
たまたま居合わせたイベント会場で空を仰ぐと、白い煙がお花を描いた。見上げた全員が歓声をあげる。それが自衛隊のイベントとは知らず、気づくとサイン会に巻き込まれて並んでいた。
ひょんな事がきっかけで、カメラにはまる女の子がファインダー越しに見つけた世界。なぜかいつもそこに貴方がいた。恋愛に鈍感でも被写体には敏感です。恋愛よりもカメラが大事! そんか彼女を気長に粘り強く自分のテリトリーに引き込みたい陸上自衛隊員との恋のお話?
※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。
※もちろん、フィクションです。
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
【完結】え、別れましょう?
須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」
「は?え?別れましょう?」
何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。
ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?
だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。
※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。
ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる