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 合否通知が届き始め、一喜一憂する日々だ。
 私は第1志望の桜花女子大の合格通知を受取り、柄にもなく涙を流した。
 国立はダメだったが、滑り止めで受けた大学からは合格通知が来た。

「頑張ったじゃないか。お前もいなくなっちゃうんだねぇ。成長はうれしいが、なんだか寂しいねぇ」

 私を大学に行かせるつもりは無いと豪語していたばあさんの言葉とは思えない。

「うん、いろいろお金的にも迷惑かけるけど、絶対に頑張るから」

 母が合格祝いの晩餐はなににするかと聞いてきたので、私は迷わず餃子をリクエストした。
 こうやって母と一緒に無言で餃子を包む機会も無くなるのかもしれないなどと、感傷的になっていると、兄からの荷物が届いたと父が知らせに来た。

「お兄ちゃんから?」

 箱を開けると、掌に乗るほどの大きさの羊のマスコット人形がとぼけた顔でこちらを見ていた。
 顔と耳は真っ黒な皮でできている。

「何これ! かわいい!」

 メッセージカードを手に取ると、見慣れた兄の字だ。

「合格おめでとう。羊の洋子の毛で作ったマスコットです。京都に連れて行ってやってくれ」

 羊の下には分厚い本が入っていた。

「なんだ? 『The Tale of Genji』って……ええっ! 源氏物語の英語版?」

「またマニアックなものを……」

 母が横で呟いた。
 私はクスっと笑ってしまった。
 そうだよね、よく知っている物語を英語で読むってすごく勉強になるよね。

「優紀さんらしいねぇ」

 ばあさんがそう呟いた時、リビングの電話が鳴った。
 母が出て『はい、そうです』とか返事をしている。
 私とばあさんは羊の洋子の羊を代わるがわる撫でまわしていた。

「洋子、双子ちゃんの1人が亡くなっちゃったんだって。明日がお通夜で明後日が葬儀」

 音としては認識したが、理解が追いつかない。
 双子の1人といったか?
 あの子たちはまだ退院できずにいたはずだが……

 葛城……大丈夫か?

 私はすぐにでも葛城の家に行こうとしたが、ばあさんと父さんが『今はいかない方が良い』と言って止めた。
 普通の家族ならそうかもしれないけれど、あの家での葛城沙也の立ち位置を思うと居た堪れない。
 
 なんだかもう手がつかなくなって、結局その日は店屋物になった。
 いつもなら美味しい稲荷ずしも、今夜はなんだか味がしない。
 それでも祝いだからといって松蕎庵特製『全部乗せ』にしてくれたのに……

「洋子、海老天1本くれ」

 父が私のドンブリから海老天をつまみ上げた。

「うん、いいよ」

「じゃあ私はお揚げを貰おうかな」

 母も箸を伸ばしてくる。

「うん、どうぞ」

 私が落ち込んでも仕方がないのはわかっているのだが、どうも元気が出ない。
 なぜこんなにも心がざわめくのだろう。
 私は葛城家の双子の顔も知らないというのに……

「洋子、やる」

 私の右横に座っているばあさんが最後の稲荷寿司を私の皿に入れてくれた。

「ありがと……」

「明日はちゃんと学校に行きなさい。通夜は恵子と、葬儀は俊介と行けばいい」

「うん、わかった」

「わかったら食べな」

「うん」

 私は箸を持ち直して蕎麦を啜った。
 さっきより味がする。
 葛城、お前は何か食べたか?
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