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 新学期が始まり、葛城と私はまた同じクラスになった。
 結局、始業式には来た葛城だったが、その惨状に生徒は勿論、先生にまでドン引きされてしまい、翌日から一週間ほど休むことになった。

 私はまたなぜか使命感に燃え、せっせとノートをとり続けている。
 追われるような毎日が消えるように過ぎていく。
 あっという間に一学期が終わり、もうすぐ夏休みというある日のこと、葛城がボソッと言った。

「昨日ね、警察から電話があったの」

「どうした?」

 結局、葛城は母親の事を警察に相談することは無かった。
 ばあさんに言わせると想定内だそうだが、私の中ではモヤモヤとした何かが燻っている。

「つかまっちゃったんだって、お母さん」

「え?」

「お姉ちゃんをメジャーデビューさせるって騙した男がいたでしょ? あの人を刺そうとして反対に刺されちゃって。未遂とはいえ殺意があったってことで、逮捕されたらしいよ。相手の男も」

「それはまた……」

 ばあさんと母さんが喰いつきそうな展開だ。
 チープなテレビドラマでもあまり見ないほどのベタな事件……とはいえ、葛城はショックだろう。

「何て言えばいいのか分からないけど、大丈夫か? 葛城」

「うん、大丈夫。それとね、もう一つニュースがあるの」

 私は心の中で良いニュースであることを祈った。

「なに?」

「お姉ちゃんがね、妊娠したんだって」

「ええっっっっ!」

 これは良いニュースなのか? 迷う……

「だから芸能界は引退して結婚するらしいよ。お相手は『フルーツガールズ』の元マネージャーさんなんだってさ」

「…………」

「お目出度いこととそうでない事が一緒に来たから、こういうのを相殺っていうんだよね?」

「いや、それは……」

 目出たいのはお前の頭だと言いそうになったが、グッと堪えた。

「なぜ葛城家に電話が?」

「知らない。もう関係ないのにね。結婚すると別れても巻き込まれちゃうのかな。そうだとしたら面倒だよね。だから私は一生独身でいようっと」

 なぜ自分の配偶者が犯罪者予備軍設定なのかは不明だが、葛城らしい思考回路だとは思う。
 どちらにしても『もう関係ない』と割り切ろうとしているなら良いことだ。
 
「あつ、それともう一つあるよ」

「今度は何?」

「静香さんが妊娠した」

「えっっっ!」

「それでね、今の会社は辞めることにしたんだって」

「どうして? 深雪ちゃんの時は大丈夫だったんでしょ? それなら……」

「理由はわかんないけど、安定期に入ったら近くで仕事を探すって言ってたよ」

 葛城のお陰で、ワイドショー並みの話題を持ちかえったその日の夕食は、当然のごとく盛り上がった。
 母親の逮捕は暗いニュースだったが、元姉と今母の妊娠は明るいニュース分類だった。
 今夜のおかずである7塩サバを丁寧にほぐしながらばあさんが口を開く。

「仕事を探すならうちに来てもらったらどう? 洋子が大学生になったら恵子の負担が増えるだろう? もう一人事務員がいてもいいんじゃないか?」

 父が母の顔を見た。

「そりゃ助かるけれど、うちみたいな零細に来てくれるかしら」

「近所で探すっていってるのなら、ハードルは低いんじゃないか? 俊介、お前が電話してみなさい」

「えっ、俺が?」

「お前もそろそろ社長業を覚えないとまずいだろ? 採用は社長の仕事だ」

 父が驚いた顔でばあさんを見ている。
 母は俯いているが、どうやら涙ぐんでいるようだ。

「は……はい、わかりました」

 私は立ち上がり、だまってばあさんの前に新しいビール瓶を置いた。

「気かきくようになったじゃないか」

 によによとばあさんが笑う。
 母さんがビール瓶をとり、ばあさんに注いでから父さんに注いだ。
 ちゃっかり自分のコップも満たすあたりが微笑ましい。
 兄が落としていった爆弾が、我が家を良い方向へと吹き飛ばしたのは間違いない。

 そう言えば夏休みは帰ってくるのだろうか。

「ねえ、お兄ちゃんって帰ってくるの?」

 母が頷きながら返事をした。

「8月の半ばには戻るって言ってたよ」

 楽しみだ!
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