25 / 61
24
しおりを挟む
今までになく静かな正月を過ごした我が家は、受験一色に染まっている感じだった。
葛城は父親以外とは上手く過ごせているようで、時々深雪ちゃんを連れて図書館に行ったりしていると言っていた。
番号札のとり方も知らなかったあの子が、遂にここまで来たかと巣立つ雛を見送る親鳥にシンパシーを感じる。
最近は寒すぎるので放課後の補習は教室でやっている。
最初は二人だけだったが、日によっては仲間に入ってくるクラスメイトも出てきて、葛城に向けられていた視線もかなり柔らかくなっていた。
「ここはこの方程式を使った方が早いんだよ。結局、数学って『どの公式を選ぶか』のスピード勝負でしょう?」
その声に振り返ると、葛城が! なんと葛城が! 宣っているではないか!
「葛城……お前、すごいじゃん」
「へへへ。この前ね、暇だったから同じ問題を中学の時に習った方法で解いてみて時間を計ったの。そして今度はこの前習った方法で解いてみたらさぁ、半分以下の時間で解けたんだよ。だから、最初からこっちを教えてくれたら良かったのにって思ったんだけど、これを理解するには、こっちがわかってないといけなくてって考えていたら、全部繋がってるっておもったんだよね」
「そうだ、その通りだよ」
「洋子ちゃんが言ってた疑問点を残すなっていう意味がやっと分かったって感じ?」
そうか……分かってくれたか。
嬉しいよ、葛城。
今更感は拭えないが、それはそれってことで。
葛城から指摘されたクラスメイトがポカンとした顔をしている。
うん、そりゃそうだろう……だって、葛城だもんな。
「そう言えばヘアスタイル変えたんだね」
別のクラスメイトが葛城に声を掛けた。
「うん、いつも同じところで分け目を作っていたら良くないって言われたの」
同じ分け目にしていると薄くなるのか?
「ああ、聞いたことがあるよ。舞妓さんとか日本髪を結う人達って頭頂部に禿があるっていうもんね」
「えっ! そうなの?」
「本当は結ばないのが一番いいらしいよ。邪魔ならゆるく結ぶか切るかだよね。ずっと引っ張られていると頭皮にも相当な負担がかかるんだって美容師さんに聞いたことがある」
私と葛城が顔を見合わせた。
まあ私はテンパーのショートだから関係ないが。
「そうかぁ……切ろうかな。実はお手入れするのも大変だし、邪魔なんだよね」
それでも切れないでいるのは、姉に対する思いを切ってしまうように感じるからだろうか。
そろそろと西の空が濃いオレンジ色に変わり始めた。
「帰ろっか。また月曜日にね」
誰かの声に全員が腰を浮かせた。
三学期に入って、いよいよ受験生となる覚悟を迫る空気感が半端ない。
うちの学校はほぼ全員が大学を志望するだろう。
言い換えると同学年全員がライバルということだ……オソロシイ。
葛城と並んで校門を出る。
この季節の夕暮れはせっかちだ。
「ねえ洋子ちゃん。洋子ちゃんってどこの美容院に行ってるの?」
「私は子供の頃からずっと同じところだよ。こんな髪質だし、それほど興味も無いからね」
「そうかぁ。美容院ってどうやって選ぶんだろう……今までは自分で毛先を切るだけだったから行ったことが無いんだよね」
マジか……あの髪型は伊達ではなく、選択肢が無かった故だったのか……
「なるほど。そういうことなら静香さんに相談するのもアリなんじゃない? 静香さんって素敵なヘアスタイルだったから、きっと行きつけの美容院があるんじゃないかな」
「なるほど! それいいね! 帰ったら相談してみる」
「切るの?」
「ずっと切りたかったの。夏休みからずっと」
「そうか、じゃあ月曜を楽しみにしているよ」
葛城が手を振って大通りを渡っていった。
走って帰りたいほど楽しい家でも無いだろうに……
私ならどうするだろうなどと考えながら家路を急ぐ。
「ただいま帰りました」
返事がない。
リビングから母親が顔だけ出して手招きをした。
私以外の四人が雁首を揃え、真剣な顔でテーブルを囲んでいる。
おいおい! どうやら葛城の心配より自分の心配が先のようだ。
不安しかない。
葛城は父親以外とは上手く過ごせているようで、時々深雪ちゃんを連れて図書館に行ったりしていると言っていた。
番号札のとり方も知らなかったあの子が、遂にここまで来たかと巣立つ雛を見送る親鳥にシンパシーを感じる。
最近は寒すぎるので放課後の補習は教室でやっている。
最初は二人だけだったが、日によっては仲間に入ってくるクラスメイトも出てきて、葛城に向けられていた視線もかなり柔らかくなっていた。
「ここはこの方程式を使った方が早いんだよ。結局、数学って『どの公式を選ぶか』のスピード勝負でしょう?」
その声に振り返ると、葛城が! なんと葛城が! 宣っているではないか!
「葛城……お前、すごいじゃん」
「へへへ。この前ね、暇だったから同じ問題を中学の時に習った方法で解いてみて時間を計ったの。そして今度はこの前習った方法で解いてみたらさぁ、半分以下の時間で解けたんだよ。だから、最初からこっちを教えてくれたら良かったのにって思ったんだけど、これを理解するには、こっちがわかってないといけなくてって考えていたら、全部繋がってるっておもったんだよね」
「そうだ、その通りだよ」
「洋子ちゃんが言ってた疑問点を残すなっていう意味がやっと分かったって感じ?」
そうか……分かってくれたか。
嬉しいよ、葛城。
今更感は拭えないが、それはそれってことで。
葛城から指摘されたクラスメイトがポカンとした顔をしている。
うん、そりゃそうだろう……だって、葛城だもんな。
「そう言えばヘアスタイル変えたんだね」
別のクラスメイトが葛城に声を掛けた。
「うん、いつも同じところで分け目を作っていたら良くないって言われたの」
同じ分け目にしていると薄くなるのか?
「ああ、聞いたことがあるよ。舞妓さんとか日本髪を結う人達って頭頂部に禿があるっていうもんね」
「えっ! そうなの?」
「本当は結ばないのが一番いいらしいよ。邪魔ならゆるく結ぶか切るかだよね。ずっと引っ張られていると頭皮にも相当な負担がかかるんだって美容師さんに聞いたことがある」
私と葛城が顔を見合わせた。
まあ私はテンパーのショートだから関係ないが。
「そうかぁ……切ろうかな。実はお手入れするのも大変だし、邪魔なんだよね」
それでも切れないでいるのは、姉に対する思いを切ってしまうように感じるからだろうか。
そろそろと西の空が濃いオレンジ色に変わり始めた。
「帰ろっか。また月曜日にね」
誰かの声に全員が腰を浮かせた。
三学期に入って、いよいよ受験生となる覚悟を迫る空気感が半端ない。
うちの学校はほぼ全員が大学を志望するだろう。
言い換えると同学年全員がライバルということだ……オソロシイ。
葛城と並んで校門を出る。
この季節の夕暮れはせっかちだ。
「ねえ洋子ちゃん。洋子ちゃんってどこの美容院に行ってるの?」
「私は子供の頃からずっと同じところだよ。こんな髪質だし、それほど興味も無いからね」
「そうかぁ。美容院ってどうやって選ぶんだろう……今までは自分で毛先を切るだけだったから行ったことが無いんだよね」
マジか……あの髪型は伊達ではなく、選択肢が無かった故だったのか……
「なるほど。そういうことなら静香さんに相談するのもアリなんじゃない? 静香さんって素敵なヘアスタイルだったから、きっと行きつけの美容院があるんじゃないかな」
「なるほど! それいいね! 帰ったら相談してみる」
「切るの?」
「ずっと切りたかったの。夏休みからずっと」
「そうか、じゃあ月曜を楽しみにしているよ」
葛城が手を振って大通りを渡っていった。
走って帰りたいほど楽しい家でも無いだろうに……
私ならどうするだろうなどと考えながら家路を急ぐ。
「ただいま帰りました」
返事がない。
リビングから母親が顔だけ出して手招きをした。
私以外の四人が雁首を揃え、真剣な顔でテーブルを囲んでいる。
おいおい! どうやら葛城の心配より自分の心配が先のようだ。
不安しかない。
3
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
「かっこいい……あのボディ。かわいい……そのお尻」ため息を漏らすその視線の先に何がある?
たまたま居合わせたイベント会場で空を仰ぐと、白い煙がお花を描いた。見上げた全員が歓声をあげる。それが自衛隊のイベントとは知らず、気づくとサイン会に巻き込まれて並んでいた。
ひょんな事がきっかけで、カメラにはまる女の子がファインダー越しに見つけた世界。なぜかいつもそこに貴方がいた。恋愛に鈍感でも被写体には敏感です。恋愛よりもカメラが大事! そんか彼女を気長に粘り強く自分のテリトリーに引き込みたい陸上自衛隊員との恋のお話?
※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。
※もちろん、フィクションです。
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
【完結】え、別れましょう?
須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」
「は?え?別れましょう?」
何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。
ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?
だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。
※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。
ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。
夫から国外追放を言い渡されました
杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。
どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。
抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。
そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる