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 今までになく静かな正月を過ごした我が家は、受験一色に染まっている感じだった。
 葛城は父親以外とは上手く過ごせているようで、時々深雪ちゃんを連れて図書館に行ったりしていると言っていた。
 番号札のとり方も知らなかったあの子が、遂にここまで来たかと巣立つ雛を見送る親鳥にシンパシーを感じる。

 最近は寒すぎるので放課後の補習は教室でやっている。
 最初は二人だけだったが、日によっては仲間に入ってくるクラスメイトも出てきて、葛城に向けられていた視線もかなり柔らかくなっていた。

「ここはこの方程式を使った方が早いんだよ。結局、数学って『どの公式を選ぶか』のスピード勝負でしょう?」

 その声に振り返ると、葛城が! なんと葛城が! 宣っているではないか!
 
「葛城……お前、すごいじゃん」

「へへへ。この前ね、暇だったから同じ問題を中学の時に習った方法で解いてみて時間を計ったの。そして今度はこの前習った方法で解いてみたらさぁ、半分以下の時間で解けたんだよ。だから、最初からこっちを教えてくれたら良かったのにって思ったんだけど、これを理解するには、こっちがわかってないといけなくてって考えていたら、全部繋がってるっておもったんだよね」

「そうだ、その通りだよ」

「洋子ちゃんが言ってた疑問点を残すなっていう意味がやっと分かったって感じ?」

 そうか……分かってくれたか。
 嬉しいよ、葛城。
 今更感は拭えないが、それはそれってことで。

 葛城から指摘されたクラスメイトがポカンとした顔をしている。
 うん、そりゃそうだろう……だって、葛城だもんな。

「そう言えばヘアスタイル変えたんだね」

 別のクラスメイトが葛城に声を掛けた。

「うん、いつも同じところで分け目を作っていたら良くないって言われたの」

 同じ分け目にしていると薄くなるのか?
 
「ああ、聞いたことがあるよ。舞妓さんとか日本髪を結う人達って頭頂部に禿があるっていうもんね」

「えっ! そうなの?」

「本当は結ばないのが一番いいらしいよ。邪魔ならゆるく結ぶか切るかだよね。ずっと引っ張られていると頭皮にも相当な負担がかかるんだって美容師さんに聞いたことがある」

 私と葛城が顔を見合わせた。
 まあ私はテンパーのショートだから関係ないが。

「そうかぁ……切ろうかな。実はお手入れするのも大変だし、邪魔なんだよね」

 それでも切れないでいるのは、姉に対する思いを切ってしまうように感じるからだろうか。
 そろそろと西の空が濃いオレンジ色に変わり始めた。

「帰ろっか。また月曜日にね」

 誰かの声に全員が腰を浮かせた。
 三学期に入って、いよいよ受験生となる覚悟を迫る空気感が半端ない。
 うちの学校はほぼ全員が大学を志望するだろう。
 言い換えると同学年全員がライバルということだ……オソロシイ。

 葛城と並んで校門を出る。
 この季節の夕暮れはせっかちだ。

「ねえ洋子ちゃん。洋子ちゃんってどこの美容院に行ってるの?」

「私は子供の頃からずっと同じところだよ。こんな髪質だし、それほど興味も無いからね」

「そうかぁ。美容院ってどうやって選ぶんだろう……今までは自分で毛先を切るだけだったから行ったことが無いんだよね」

 マジか……あの髪型は伊達ではなく、選択肢が無かった故だったのか……

「なるほど。そういうことなら静香さんに相談するのもアリなんじゃない? 静香さんって素敵なヘアスタイルだったから、きっと行きつけの美容院があるんじゃないかな」

「なるほど! それいいね! 帰ったら相談してみる」

「切るの?」

「ずっと切りたかったの。夏休みからずっと」

「そうか、じゃあ月曜を楽しみにしているよ」

 葛城が手を振って大通りを渡っていった。
 走って帰りたいほど楽しい家でも無いだろうに……
 私ならどうするだろうなどと考えながら家路を急ぐ。
 
「ただいま帰りました」

 返事がない。
 リビングから母親が顔だけ出して手招きをした。
 私以外の四人が雁首を揃え、真剣な顔でテーブルを囲んでいる。

 おいおい! どうやら葛城の心配より自分の心配が先のようだ。
 不安しかない。
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