上 下
17 / 61

16

しおりを挟む
 あくる日の葛城に変化は無かった。
 昼休みに弁当を差し出すと、ポケットから100円を出す。

「弁当は作ってもらえそうにないの?」

「作ろうかって言われたんだけど、私一人だけだから要らないって言ったの。昨日はすき焼きだったんだよ。転校祝いなんだってさ。何年ぶりだろう」

「そうか……一緒に食べたんだ?」

「うん、お父さんの機嫌も良くて。でも何て言うんだろうね、3人がとても遠くに感じるんだよ。風景的な感じ? 食べていてもどんどん距離が離れていくっていうか。ほんの些細なことに傷つく自分がものすごく惨めだった」

「些細なこと?」

「そう、本当に些細なこと。お父さんが深雪ちゃんのお皿にどんどん肉を入れる姿とかさ……笑いながら……楽しそうに……静香さんは気にしてくれて卵を追加するかって聞いてくれたんだけど、要らないって答えちゃってさ。バカみたいでしょ? 欲しいって言えばいいのに、言えないんだよね」

 私はふと我が家の食卓のことを考えた。
 ばあさんが兄の皿にどんどん肉を入れる光景だ。
 父と私は遠慮がちにすき焼き鍋をつつき、母はせっせと肉を注ぎ足す。
 それでも一緒の食卓にいる家族を遠くに感じたことはない。
 ましてやどんどん離れて見えるなんて経験は無いのだ。

「家族か……家族って何だろうね。一緒に暮らせば家族なんだろうか」

 私の呟きに、葛城が答えた。

「きっと時間をかけて作るもんなんだろうね。あの人たちには10年という共有財産があるんだと思う。私には……ないから……」

「共有財産か、お前上手いこと言うなぁ。明日の現国テストが楽しみだ」

 私は無理やり話題を変えた。

「今日は現国やる?」

「そうだね、テスト対策しょっか」

「パンもあるしね」

 葛城がようやく笑ってくれた。

 放課後、私たちは桜の木の下で教科書を開いた。
 夏休みの課題として読むように指定された小説から出題されると踏んだ私は、そのあらすじから攻めていく。

「結局何が言いたかったの? この作家さん」

 葛城が鋭い質問を投げかけ、私は少しだけオタついた。

「何が言いたかったのかは明白だろ? 友情だよ。でも何を感じるかは個人の自由かな」

「友情? 友達を妹の結婚式に行かせるために命を賭けるのが? それ以前にそういう事をする奴らをやっつけた方が良くない?」

「そりゃそうだが……1人でできることは少ないからさ。一気に国家転覆なんてあり得ないよ。主人公も途中で挫折しそうに……ああ、そうか。それがテーマか」

 私はなんとなくしっくり来ていなかった疑問点が晴れたような気がした。

「真のテーマは人の弱さと強さだ。これを描きたかったんだわ」

「人の弱さと強さかぁ。人って弱いんだよね。何かに縋らないと頑張れないんだよね」

「葛城?」

「お父さんは静香さんに縋ったんだね。お母さんはお姉ちゃんに、お姉ちゃんは……お姉ちゃんは何に縋ってたんだろう」

「何だろうね……葛城は?」

「私? 私は……洋子ちゃん?」

「ははは! 縋り甲斐が無くて申し訳ないね」

「きっと静香さんはお父さんに縋ったんだね。あの二人は縋り合って傷を舐め合って生きてきたんだね。その結果が深雪ちゃんなんだろうね。何が切っ掛けで壊れていくのかな」

「どちらかだけに負荷がかかり過ぎたんじゃないかな。要は頼り過ぎたんだね」

「そうかぁ。じゃあ私も洋子ちゃんに頼り過ぎちゃうと捨てられるね」

「捨てやしないさ。私はお前を信じてる。お前がメロスなら私はセリヌンティウスになってやろうじゃないの」

「じゃあ私は自分が死刑になるために走るんだね。洋子ちゃんの友情に応えるために。でもセリヌンティウスって誰だっけ?」

 葛城……私の熱い思いを返してくれ……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
「かっこいい……あのボディ。かわいい……そのお尻」ため息を漏らすその視線の先に何がある? たまたま居合わせたイベント会場で空を仰ぐと、白い煙がお花を描いた。見上げた全員が歓声をあげる。それが自衛隊のイベントとは知らず、気づくとサイン会に巻き込まれて並んでいた。  ひょんな事がきっかけで、カメラにはまる女の子がファインダー越しに見つけた世界。なぜかいつもそこに貴方がいた。恋愛に鈍感でも被写体には敏感です。恋愛よりもカメラが大事! そんか彼女を気長に粘り強く自分のテリトリーに引き込みたい陸上自衛隊員との恋のお話? ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。 ※もちろん、フィクションです。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

処理中です...