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それから新学期まで葛城の顔を見ることは無かった。
電話をしても繋がらず、行ってみようかとも思ったのだが止めておいた。
「おはよう!」
日焼けしたクラスメイト達が登校してくる。
あと5分でチャイムが鳴るという頃、葛城沙也はやってきた。
「おはよう、葛城。片付いた?」
「ああ、洋子ちゃん。おはよう。この前はありがとうね。お陰で片付いたよ」
「もう……来たの?」
「うん、来た。ちょっと内装を変えたから、昨日まではホテル住まいだったんだ」
「そうなの? じゃあお父さんとも話せたんだね?」
「ううん、ホテル住まいは私だけだから話せてないんだ。でもお陰で気が楽だった。あっちの家の引っ越しを手伝わされるかもって思ってたから気が重かったから」
「そうか……連絡してくれりゃ行ったのに」
ガラッという音がして先生が入ってくる。
夏休みの余韻に浮き足立っている私たちは、そわそわとしながら午前中の授業に臨んだ。
昼休みになると葛城がやってきて、濃い緑の葉を茂らせた桜の下へと向かう。
「お弁当無かったらどうしようかって思ったんだ。ありがとう、洋子ちゃん」
「うん。どうするのか相談してからって思って、一応持ってきた」
「まだその辺りの話はできてないし、当分は今までとあまり変わらない暮らしみたいだから」
「わかった。じゃあ明日からも持ってくるね。そう言えば内装を変えたって?」
「そうなの。お姉ちゃんの部屋だったところを隣の部屋と続きにして、お父さんたちが使うんだって。お母さんの部屋だったところは、義妹が……深雪ちゃんが使うことになってたんだけど、嫌がったの。臭いからって」
私はあの日の不快感を思い出した。
「ああ、ちょっと化粧臭かったよね」
「うん、だから壁紙とか床とか全部変えたんだよ。塗料のにおいなのかな? まだ目が痛くてね、3人は一緒に寝てる」
「そう……確かにシンナー系のにおいは目に来るよね」
「でも大好きなキャラクターの壁紙を貼ってもらって喜んでたよ。机もベッドも箪笥も全部新品で揃えたからご機嫌よ」
「あんたの部屋もついでに替えて貰えばよかったのに」
「私は……無理だよ……」
どうやら言ってはいけない一言だったようだ。
「ねえ、葛城はそのヘアスタイル貫くの?」
「え? これ?」
耳の上で結んでいるのに、毛先が肘に触れるほど長いツインテールを指先でくるくる弄ぶ。
「長いと手入れが大変じゃない?」
「まあ、そうだけど……切った方がいい?」
「いや、無理する必要はないよ。ただ気分が変わるかなって思っただけ」
私の言葉には返事をせず、葛城は空を見上げた。
「お姉ちゃん事務所の寮に入ったみたい。ファンページに載ってたから……お母さんはどうしてるんだろ」
「会いたいよね?」
「会いたくないとは思わないけど……私を置いてっちゃった人だし……」
「葛城……お前のその気持ちは分かる。いや、分かるような気がするというか、想像はできる。でもね、それはあちらの都合であって、葛城の責任では無いと思うよ? あまり悲観的に考えるな……って言っても無理か……悲しいよね……ごめん」
「洋子ちゃんが謝る事じゃないよ。悲観的になっているのかもしれないけど、正直言うと居場所がないんだぁ~。何て言うか、私だけが他人って感じなんだよね……へへへ」
「新しい奥さんはどんな人なの?」
「忙しそうにしてるから、まだゆっくり話したことは無いんだけど……なんと言うかな……自然体? 特別気を遣ってくるわけじゃないけど、疎まれてるような感じもしないんだよね。正直に言うと良く分からない」
「そうか……お義母さんとか呼ぶの?」
「そう、それよ! 相談したかったんだ。お父さんは呼べって言うんだけど、その人は無理しなくていいって言うの。もう入籍したから葛城静香っていう名前になったけど、本田っていう苗字だったんだって。仕事上では本田で通すらしくて、家に電話がかかってくるかもしれないから覚えといてって言われた」
「今はなんて呼んでるの」
「静香さん……」
「そうか。葛城はどうしたい?」
「別に……どっちでもいい」
「ゆっくり決めな。でも初手で言えないと、ずっと言えないものらしいよ?」
「洋子ちゃんならどうする?」
私はゆっくりと桜の枝先に視線を移した。
電話をしても繋がらず、行ってみようかとも思ったのだが止めておいた。
「おはよう!」
日焼けしたクラスメイト達が登校してくる。
あと5分でチャイムが鳴るという頃、葛城沙也はやってきた。
「おはよう、葛城。片付いた?」
「ああ、洋子ちゃん。おはよう。この前はありがとうね。お陰で片付いたよ」
「もう……来たの?」
「うん、来た。ちょっと内装を変えたから、昨日まではホテル住まいだったんだ」
「そうなの? じゃあお父さんとも話せたんだね?」
「ううん、ホテル住まいは私だけだから話せてないんだ。でもお陰で気が楽だった。あっちの家の引っ越しを手伝わされるかもって思ってたから気が重かったから」
「そうか……連絡してくれりゃ行ったのに」
ガラッという音がして先生が入ってくる。
夏休みの余韻に浮き足立っている私たちは、そわそわとしながら午前中の授業に臨んだ。
昼休みになると葛城がやってきて、濃い緑の葉を茂らせた桜の下へと向かう。
「お弁当無かったらどうしようかって思ったんだ。ありがとう、洋子ちゃん」
「うん。どうするのか相談してからって思って、一応持ってきた」
「まだその辺りの話はできてないし、当分は今までとあまり変わらない暮らしみたいだから」
「わかった。じゃあ明日からも持ってくるね。そう言えば内装を変えたって?」
「そうなの。お姉ちゃんの部屋だったところを隣の部屋と続きにして、お父さんたちが使うんだって。お母さんの部屋だったところは、義妹が……深雪ちゃんが使うことになってたんだけど、嫌がったの。臭いからって」
私はあの日の不快感を思い出した。
「ああ、ちょっと化粧臭かったよね」
「うん、だから壁紙とか床とか全部変えたんだよ。塗料のにおいなのかな? まだ目が痛くてね、3人は一緒に寝てる」
「そう……確かにシンナー系のにおいは目に来るよね」
「でも大好きなキャラクターの壁紙を貼ってもらって喜んでたよ。机もベッドも箪笥も全部新品で揃えたからご機嫌よ」
「あんたの部屋もついでに替えて貰えばよかったのに」
「私は……無理だよ……」
どうやら言ってはいけない一言だったようだ。
「ねえ、葛城はそのヘアスタイル貫くの?」
「え? これ?」
耳の上で結んでいるのに、毛先が肘に触れるほど長いツインテールを指先でくるくる弄ぶ。
「長いと手入れが大変じゃない?」
「まあ、そうだけど……切った方がいい?」
「いや、無理する必要はないよ。ただ気分が変わるかなって思っただけ」
私の言葉には返事をせず、葛城は空を見上げた。
「お姉ちゃん事務所の寮に入ったみたい。ファンページに載ってたから……お母さんはどうしてるんだろ」
「会いたいよね?」
「会いたくないとは思わないけど……私を置いてっちゃった人だし……」
「葛城……お前のその気持ちは分かる。いや、分かるような気がするというか、想像はできる。でもね、それはあちらの都合であって、葛城の責任では無いと思うよ? あまり悲観的に考えるな……って言っても無理か……悲しいよね……ごめん」
「洋子ちゃんが謝る事じゃないよ。悲観的になっているのかもしれないけど、正直言うと居場所がないんだぁ~。何て言うか、私だけが他人って感じなんだよね……へへへ」
「新しい奥さんはどんな人なの?」
「忙しそうにしてるから、まだゆっくり話したことは無いんだけど……なんと言うかな……自然体? 特別気を遣ってくるわけじゃないけど、疎まれてるような感じもしないんだよね。正直に言うと良く分からない」
「そうか……お義母さんとか呼ぶの?」
「そう、それよ! 相談したかったんだ。お父さんは呼べって言うんだけど、その人は無理しなくていいって言うの。もう入籍したから葛城静香っていう名前になったけど、本田っていう苗字だったんだって。仕事上では本田で通すらしくて、家に電話がかかってくるかもしれないから覚えといてって言われた」
「今はなんて呼んでるの」
「静香さん……」
「そうか。葛城はどうしたい?」
「別に……どっちでもいい」
「ゆっくり決めな。でも初手で言えないと、ずっと言えないものらしいよ?」
「洋子ちゃんならどうする?」
私はゆっくりと桜の枝先に視線を移した。
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