上 下
5 / 61

しおりを挟む
「おはよう洋子ちん。昨日の焼肉弁当、最高においしかったよぉぉぉ。立派なお祝いが出来て嬉しかったぁ~。テレビ見ながら踊り狂っちゃったよぉぉぉ! もう最高!」

「親は? 遅かったの?」

「昨日はお姉ちゃんのイベントがあったから、お母さんとお姉ちゃんホテルにお泊りだったんだ。お父さんはいつも帰ったり帰らなかったりだから知らない」

「じゃああんた、昨日は一人だったの?」

「うん、昨日はっていうより昨日も? でもね、沙也ぴょんはお姉ちゃんのためなら耐えられるのだ! だってお姉ちゃんは宇宙一可愛いんだもん!」

「あんたって毎日1000円で暮らしてんの?」

「うん、そうだよ? 別に平気だよ?」

「家族でご飯とか……無いの?」

「お父さんとは食べたことないかな。お姉ちゃんはお仕事が無い日もレッスンとかあって、お母さんも付き添いで忙しいし」

「掃除とか洗濯は?」

「掃除は月に一回お掃除屋さんが来るよ。洗濯は自分でやってるの。偉い? ねえ、沙也ぴょん偉い?」

「別に洗濯ぐらいで偉いとは思わない。しかし、芸能人を家族に持つといろいろ大変だね」

「そうでもないよ? だってお姉ちゃんのためだもん。それにね、沙也ぴょんもお姉ちゃんみたいになるっていう夢があるから、全然平気なの」

「まあ、そう言うことならもう何も言わないけど。でも欠食はお勧めしないな」

「昨日は特別だよぉ」

「それと自分の事を『沙也ぴょん』なんていう奴はダメだと思う。止めた方がいい」

「え~! 可愛いじゃん」

「それを可愛いとは言わない。絶対に止めな。でないと私は友達を止める」

「洋子ちん……」

「その洋子ちんも禁止。飯田若しくは洋子。それ以外は返事をしない」

 葛城が頬をパンパンに膨らませたが、私はマルっと無視をした。
 プイっと横を向いた葛城だったが、私が目も合わせないことに気付いたのか、気まずそうな顔をした。

「わかった……」

 少しだけ項垂れて自席に座った葛城が、鞄の中から例の写真ケースを取り出している。
 机の上に広げるな! 浮くぞ! 絶対にヤメロ!
 そう願ってしまう私は、かなりのお人よしなのだろう。
 すぐに先生が来て1時限目が始まり、私の心配は杞憂に終わったのだが、その日の昼休憩まで葛城が誰かに話しかけることは無かった。

「ねえ、洋子ちゃん。お昼は? 一緒に食べない?」

 朝の説教を受けとめてくれたのだと思ったら、なんだか感激してしまった私は、かなりチョロい人間だ。

「今日は? パン買うの? 購買まで付き合おうか?」

 なぜ私は葛城に気を遣っているんだ?

「大丈夫。コンビニで買ってきてるから。何処に行く? いつものところ?」

 一瞬自分だけのパライソを侵されるような気がしたが、思い直して頷いた。

「うん、あの桜の木の下」

 その時葛城が浮かべた心からの笑顔に、なぜかわからないが私まで嬉しくなってしまった。
 いつもは一人で座るベンチに、二人で座ると景色が変わったような気がするから不思議だ。

「お~! 葛城のチョイス! なかなかシブいね」

 笑いながらビニール袋を破る葛城の手は、少し荒れていた。
 
「えへへ、おいしそうでしょ?」

「普通の女子高生ならクロワッサン生クリームサンドとか、チョコドーナツとか選ばない?」
 
「そんなの太っちゃうし、これ割引きになってたから」

 ふと見ると、パンを包んでいたビニール袋には黄色い『2割引き』のシールが貼られていた。
 
「そうか。そりゃお得だったね」

 そう言いながら私はふと『この弁当を笑われたらどうしよう』という思いが浮かんだ。
 しかし相手はかの葛城だ! 私は思い切って弁当箱の蓋を開けた。

「洋子ちゃんのお弁当美味しそうだねぇ~」

「え?」

「だってご飯ツヤツヤだし、卵もツルツルだし。キャベツなんてピカピカだよ?」

 私は自分の膝に置いた弁当をまじまじと見た。
 確かにご飯は必ず朝炊いたものだし、卵も茹で置きではない。
 キャベツに添えられたマヨネーズも手作りだ。

「ねえ洋子ちゃん知ってる? 卵って生のままだと結構日持ちするけど、茹でちゃうとその日のうちに食べないとダメなんだよぉ。それにね、切ってあると傷みやすいの。キャベツはね、食物繊維がいっぱいだし、ビタミンCも入ってるし、カリウムっていうとっても大切な栄養が入ってるんだぁ」

「あんた……詳しいね」

「そりゃそうだよぉ。少しでもお姉ちゃんの健康管理に協力したくて勉強したんだもん! 立ち読みだから、めちゃ頑張って覚えたんだよぉ~」

「立ち読みでそこまで記憶したの? なあ、葛城。その能力を学力で使ってはどうだろうか」

「なぜ?」

 なぜと切り返されるとは思っていなかった私は一瞬だけ戸惑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
「かっこいい……あのボディ。かわいい……そのお尻」ため息を漏らすその視線の先に何がある? たまたま居合わせたイベント会場で空を仰ぐと、白い煙がお花を描いた。見上げた全員が歓声をあげる。それが自衛隊のイベントとは知らず、気づくとサイン会に巻き込まれて並んでいた。  ひょんな事がきっかけで、カメラにはまる女の子がファインダー越しに見つけた世界。なぜかいつもそこに貴方がいた。恋愛に鈍感でも被写体には敏感です。恋愛よりもカメラが大事! そんか彼女を気長に粘り強く自分のテリトリーに引き込みたい陸上自衛隊員との恋のお話? ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。 ※もちろん、フィクションです。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

処理中です...