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気付けば時間が経過していました

兄妹の語り合い

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「疲れたー。これ以上は耕せないー。ちょっと休憩するわ」

「お疲れ様でした。ユーファネート様」

 希がユーファネート・ライネワルトとして生きる事を決めてから、1年が経過していた。11才の誕生日プレゼントには落花生の増産の為に新たな領地をもらおうと、目を輝かせながらアルベリヒにお願いした希だったが、さすがにこれ以上は駄目だと断られてしまう。この世界は男性優位であり、特に貴族はそれが顕著で、女性に領地を与えるなど前例がなかった。

 特例として女性が領主になった場合のみ、王家から認められると説明を受けた希は、貰えると思い込んでいた分、期待が外れて涙を浮かべてしまう。そんな涙目になったユーファネートに、アルベリヒは大慌てするとなんとか慰めようとした。

「領地を与える事は出来ないが、研究所をもう一つ建築するのはどうだい?」

「本当!? お父様大好き!」

 愛する娘に抱き着かれ、頬をだらしなく緩めたアルベリヒだったが、娘に研究所を与えるとの新たな伝説を作ってしまい、妻であるマルグレートから呼び出しを受け、そしてその場で数時間の説教を受ける事になってしまった。そんなやりとりが行われているとは知らない希とセバスチャンは、建築途中の研究所に併設されている畑に居た。ちゃっかりと畑も要求した希は、さっそく耕すために研究所予定地に来ており、そこにパラソルを立てて優雅に紅茶を飲んでいた。

「セバスは本当に紅茶を淹れるのが上手になったわねー」

「お褒めにあずかり光栄です。ユーファネート様のお陰でここまで上達する事が出来ました。私の成長は全てユーファネート様に捧げるためにあります。剣術も1年程度あれば皆伝を貰えると、師匠から言われていますので、安心してユーファネート様は畑仕事に専念して頂ければ。なにがあっても背中は不肖ながら私が守らせて頂きます。それにしても紅茶を飲まれるユーファネート様のお姿は、まさに選ばれた天使のようであり――」

「よし、ちょっと待とうかセバス。相変わらずお前はおかしい」

「お兄様!」

 紅茶を飲んでいるユーファネート。その姿を眩しそうに眺めるセバスチャン。2人の姿だけを切り取って見ると、女主人の優雅なティータイムを満足げな表情で見る執事だが、セバスチャンが紡ぎだす台詞は徐々に怪しい内容になりつつあった。開墾作業も終わって、へんしんすーるでドレス姿に戻ったユーファネートと、それを崇拝した表情で眺めながら紅茶を淹れているセバスチャンに、やって来たギュンターが思わずツッコむ。

 2人の元を訪れたギュンターは完全装備であり、話を聞くとダンジョンからの帰りであって、新たにユーファネートに与えられた研究所の様子見と、そこに妹とセバスチャンがいると聞いてやってきたとの事であった。若干、疲れた表情をしているギュンターに、希は何があったのかを確認する。

「新しいダンジョンでなにか収穫はありましたか? それとも大変な事でもあったのですか? お兄様の顔に少しお疲れが見えます」

「いや、今回は空振りダンジョンだっただけだ。ダンジョンに住んでいる魔物は弱く、階層も2層で終わりだ。ダンジョンコアも小さく。ダンジョンマスターも階層の守護主もいなかった。まるで手応えがなくてがっかりだよ」

 最近のギュンターは剣術で皆伝を得てから実地訓練に移っており、領内の治安維持を直属騎士達と一緒に務めたり、冒険者登録まで行いダンジョンアタックまでしていた。本来、貴族が冒険者登録する事はなく、そんな習慣から大きく外れたギュンターの行動は、ここ最近、娘に対して奇行が目立つ父親のアルベリヒと共に王都では有名であり、変わり者ライネワルト侯爵家と呼ばれていた。

「それは残念でしたね。お兄様」

「ああ、たまには外れもあるから仕方ない。それにしてもキノコの魔物しかいないダンジョンなんて、今まで冒険者ギルドで聞いた事も、屋敷の書庫で見た事もなかったけどな。弱いくせに数だけは多くて、倒すのに時間が掛かるだけだったぞ。魔石もなくて処分するのも一苦労だったな」

「なんですって!? キノコですって! お兄様、その情報を詳しく!」

 何気ないギュンターの一言に希の目が見開き、そしてギュンターの胸倉を掴みそうな勢いで詰め寄るとダンジョンについての情報を話すように頼み込む。あまりの勢いに、受け止めきれずにギュンターは思わず尻餅をついたが、その上に妹が乗ってくると、さすがに慌てたように押し止めた。

「こら! 淑女たる者が男の上に乗ぼるもんじゃない! ユーファはもう少し慎みを持って行動しろよ! 畑を耕すのもいいけどな。それ以外はしっかりとしないとレオンに怒られるぞ」

「レオン様からは『そのままの君で居て欲しい。僕の隣に立つのは活発な君だけだ』と仰って下さっていますわ。さすがはレオン様! あの時の表情をお兄様にもご覧に入れたかったですわ! あの優しげな眼差し、私を見る微笑み。さりげに前髪を触ってくる透き通った指先。スチルとして収集したいくらいですわ!」

「相変わらずユーファはレオンの事になると歯止めが効かないよな。ほらもう良いだろ。ダンジョンの話は紅茶を飲みながらしてやるから。おいセバス、俺にも淹れてくれよ。おやつは甘かったらなんでもいいや」

 自分の上に乗っている希を下ろし、立ち上がったギュンターは鎧を脱ぎながらセバスチャンに声を掛ける。かしこまりましたと優雅に返事をしたセバスチャンは、ポットを水の魔法で洗浄して乾かし、新しい水を入れると指先に火の魔法を灯して紅茶の用意を始めるのだった。
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