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王子様との出会い

希は母の恐ろしさを知る。

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「初めましてレオンハルト殿下。ライネワルト侯爵家の長女ユーファネート・ライネワルトでございます。お日柄も良く、殿下をお迎えする事の出来た本日は、ライネワルト侯爵家にとって最良の日になると確信しております。……。どうかされましたか?」

 片足を内側の斜め後ろに軽く引き、もう片方の足の膝を曲げた希は、背筋は伸ばした状態で挨拶をする。希としては目の前の最愛の推しに対して、100点満点のカーテシーと挨拶が出来たと思い心の中でドヤ顔をしていた。そしてレオンハルトの姿を目に焼き付け、心のフォルダに次々と保存していく。

 しばらく細かに密やかにレオンハルトの一挙手一投足を愛で続けていた希だったが、あまりにも沈黙が続く事に不思議に思いながらも、そろそろカーテシーを維持するのがツラくなってきていた。なんとか足が痙攣しないように腹に力を入れて踏ん張っていた希の目が驚きで見開く。

「レオンハルト様が手を口に当てて震えている。なんてレア映像! これはしっかりと、心のフォルダに保存しなくては!」

 足が痙攣手前になっているのも忘れて、希はレオンハルトの若かりし頃の貴重なシーンを忘れてなるものかと、記憶に留めていく。そんな希の耳に沈黙を破る地獄の底から聞こえてくる魑魅魍魎達の声と間違いそうな、恐怖で心が震えるような、そんな低い声が耳に届いた。

「失礼いたしました殿下。ユーファネートは殿下をお出迎えする準備が出来ていなかったようです。すぐに、ええ、すぐに着替えさせますので、殿下は申し訳ありませんが別室にてお待ち頂けますでしょうか? あなたは殿下を別室に案内を。それとユーファネートとギュンター。特にユーファネートはその格好をなんとかしなさい。それと着替えながらで構いません。母からユックリと話があります」

 マルグレートの言葉に震えながら、希は自分の姿を見て思わず天を仰ぎたくなる。へんしんすーるで農作業服に着替えていた事を完全に忘れていたのである。そんな姿でレオンハルトにカーテシーをしてどや顔をしていたのか。ひょっとして口に手を当てて震えていたのは笑いを耐える為に? そんな事を思いながらも目の前の魔王へ対応を考える。

「あ、あのお母様! 「へんしんすーる」がありますので、すぐに着替えは終わりますので話はまた今度――ひっ!」

 レオンハルトには笑みを浮かべながら謝罪している母親のマルグレートのユーファネートを見る瞳は、ハイライトが消えて虚ろな目をしていた。その隣ではアルベリヒが青い顔をしながらレオンハルトを別室に案内する。ギュンターも逃げるようにアルベリヒやレオンハルトと一緒に別室に行こうとしたが、マルグレートが声を掛けると硬直してしまう。

「ギュンター? どこに行こうと言うのですか? あなたはユーファネートの着替えが終わるまで母と待つのですよ」

「い、いえ俺は……。いえ、私は殿下のお相手を――いえなにもありません。ユーファの着替えが終わるまで母上と待ちます。殿下、申し訳ございません。挨拶はまた後ほど」

「ふっ。ふふふ。いや気にしなくて良いよギュンター。後でゆっくり話をしよう。僕と君の中じゃないか。色々と話を聞かせて貰えるのを楽しみにしているよ。ではアルベリヒ殿、行きましょう。ユーファネート嬢も後ほど」

 なんとか笑うのを堪えながら、レオンハルトは顔面蒼白になっている2人に目線で頑張ってねと伝えると、アルベリヒと一緒に別室に向かって行った。後ろ姿も格好良いと呟いていた希だったが、どうやら現実逃避は終わりを告げたようだった。

「ふう。殿下は別室に行かれたようね。じゃあユーファネート。先ほどまで着替えてた出迎え用の服から作業着に着替えた理由と、もうすぐに殿下が来ると分っていながら畑仕事をしていた理由をまとめて聞きましょうか。それとギュンターは畑をなぜ通路に作ったのかを聞かせてくれるわね。お母様は言いましたね。作るのは構わないが目立たない場所にして欲しいと。なぜ客間へ通る通路近くに作ったのか教えて欲しいわね」

 笑顔を浮かべながらも青筋を立てているのがハッキリと分るマルグレートの表情に、ユーファネートとギュンターは身を寄せ合って震え、そしてその場で説教を受けた2人は二度と母親には刃向かわないと誓うのだった。

◇□◇□◇□

「……。大変お待たせしてしまいました。また、殿下をお迎えするに当たり不似合いの衣装でいたことを深く謝罪します。本当に申し訳ございませんでした」

「私も謝罪いたします。殿下が通られる道すがらに畑を作って申し訳ありませんでした。今の収穫が終われば専用の研究所を作りますので、今しばらく見苦しいのは許して頂けると幸いです」

 ユーファネートとギュンターから謝罪を受けたレオンハルトは鷹揚に頷きながらも、含み笑いを続けていた。なにか言いたそうなギュンターだったが、マルグレートの視線がある手前なにも言えずに視線を落とす。そして希は改めてレオンハルトを食い入るように見ていた。

 若かりし頃のレオンハルト。どのシリーズでも登場しない、また公式でも発表されていない姿。SNSでは2次作品としてレオンハルトが若かりし頃が描かれる事はあったが、実物を見ると当時見た絵はかすんでいるようであった。それほど希の好みを直撃しており、ゲームで登場していたなら「むはー! コレ来たー!」と叫んでいた事は間違いなかった。

「では改めて挨拶を。ユーファネート」

「はいお父様。初めましてレオンハルト殿下。ライネワルト侯爵家の長女ユーファネート・ライネワルトでございます。本日のお茶会を楽しみにしておりました」

「ああ。こちらこそ初めましてユーファネート嬢。レオンハルト・ライネルトだ。今日はギュンターと貴方に会えるのを楽しみにしていたよ。短い時間になると思うがよろしく頼む」

 希の挨拶にレオンハルトが答える。もうそれだけで希は満足しそうになっていた。透き通るような白い肌に、強い光を放つ瞳。少しくせ毛な金髪に混じる王族である証の一房の赤い髪。そしてゲームで聞いていた声よりも、当然ながら若い声。そして何よりも立体である。

 希は立体で動くレオンハルトの姿に釘付けになっていた。1ヶ月の間に悩んでいたゲームに転生した事など吹っ飛ぶほどの破壊力が目の前のレオンハルトにはあった。どうしてこの世界には写真やビデオがないの! と叫びそうになりながらも鼻息を押さえながら見続ける希。

「それほど見つめられてしまうと照れてしまうね」

「ユーファネート! 申し訳ございません。殿下にお目にかかるのを楽しみにしておりましたもので」

「ああ、そうだユーファネート嬢。ひと月程前に高熱を出されたそうだが、それ以降は大丈夫なのかい?」

 私の事を心配してくれているレオンハルト様のご尊顔も素晴らしいわねと思いながら、希はこの1ヶ月で補充出来なかったレオンハルト成分を少しでも補充しようとするのだった。
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