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番外編
αといういきもの
しおりを挟むカトラシアの社交場の一つに会員制のバーがある。入店権利の多くは親から子に引き継がれ、完全紹介制である。
そのうちの一つ、上位貴族のαのみが利用できる落ち着いた雰囲気の店に、ユーグリッドは呼び出されていた。
「ご機嫌麗しゅう、お義兄様」
「どうした急に、気味が悪い」
呼び出した相手は親友であり義弟でもあるコルデリヒトだ。
薄っすらと笑みを浮かべだコデルリヒトにユーグリッドは眉をひそめる。
すでにカウンター席に座っていたユーグリッドの隣のスツールへコデルリヒトが腰掛けると、注文することもなくグラスが置かれた。
ユーグリッドもコデルリヒトもここの常連であり、優秀なαが集う場であっても身分と容姿で目立つ二人であった。
特にコデルリヒトは王族である。バーのスタッフの気の配り方も他とは違った。
「ふっ、ついに貴様もこちら側に来たなと思ってな」
「なんの話だ?」
「レオンの懐妊おめでとう」
「ああ、ありがとう」
機嫌よくワイングラスを傾けるコデルリヒトに、ユーグリッドは怪訝そうな顔をする。
綺麗な紫の瞳は弧を描き愉しげだ。だいたいこのように機嫌のいい時の親友はろくなことを考えていない。
ユーグリッドは幼い頃、実の弟セルトレインとこのコデルリヒトの悪巧みによく巻き込まれた。
落とし穴を仕掛けられたり、上からりんごが落ちてきたりとか、まあ可愛らしい悪戯ではあったがろくなことでないことには変わりない。
ただこの親友はユーグリッドの番でもあり、己の友人でもあるレオンに対しては害がないのでユーグリッドとしてはあまり警戒をしていない。
レオンを大切にしているというよりは、「俺の妖精」と人目も憚らず口説きまくっていたセルトレインがレオンの大親友であり、レオン贔屓だからだ。
レオンに何かあれば己の番が悲しむので、コデルリヒトはレオンの保護者のようになっている。
「で、こちら側、とは何だ?」
ニヤニヤしたまま酒を呑む親友にユーグリッドは静かな声で尋ねる。
「気付いてないなら教えてやろう。いいか、番が妊娠中は発情期が来ない」
「…っ!?」
「そしてその間、夜もお預けだ」
「な、ん……だと」
思わず手にしていたグラスを落としかけるユーグリッドの驚く様子に、コデルリヒトはフッとニヒルな笑いを浮かべだ。
「くっ……しかしだ、普段とは違うレオンの顔が見られる。あれは母性だろう、慈愛に満ちてこの世のすべての悪意が浄化される。そばにいるだけで癒やされ救われるのだ。……夜がともにできないくらい、私がどれだけの期間、どれだけのことを耐え忍んできたのか、知らないお前ではあるまい?」
最初こそ動揺したものの、普段とは違う愛らしくも尊い番の姿を思い出せば、ふぅっと息を吐いた。あの愛らしさは何事にも代えがたい。
それにユーグリッドは今までのすれ違い期間を思えば、今度はたかか数ヶ月の辛抱である。
「はっ、貴様はわかってないなユーグリッド」
余裕の表情を取り戻したユーグリッドに、大げさに首を振りながらコデルリヒトが言う。
「本当の地獄はその後だ。いいか、出産後は子どもが優先されるんだ。番じゃない。子どもが一番に……なるんだ」
「は?」
「想像できなくても仕方ないな……可愛い伴侶の両手が抱きしめるのは、常に赤子になる」
「ああ、まあ、そうかも、な?」
いや普通に考えて常にということは無いだろう。セルトレイン達だって乳母やメイドの力は借りているし、それこそ夜は夫夫水入らずの時間のはずだ。
想像してみよう、愛しそうに赤子を抱くレオンはきっと可愛い。実験などの手際もいいから育児もそつなくこなすだろう。でも赤子の靴下を左右で違うものを履かせてしまったりと、信じられないうっかりをたまにやらかすのだ。しかもそれに自分で気付いて、真っ赤になって履き直させる姿までユーグリッドは一気に妄想して押し黙る。
あまりにもオレの番が可愛過ぎる。
「一番は子どもになって番じゃなくなる」
「…………」
「ふ、恐怖に声も出ないか?」
「あ、いや、レオンの愛らしさを想像していたら会話を忘れていた。赤子を抱くレオン。最高じゃないか!」
「はぁ……その見た目に反して図太い神経が羨ましいよ」
「褒め言葉と取っておこう。それにだ、本当につらいのならお前に第二子なんていないだろう?」
親友の悪戯を返り討ちにすればユーグリッドは悠然と微笑む。その余裕の顔にギリリとコデルリヒトは歯を噛み締めた。
本気で辛いと言うならば二人目など産ませない、その程度の選択は目の前の男は取ることをユーグリッドは知っている。
だから言うほど辛いとは思っていないことは最初から判っていた。
「くそ、頭のいい奴はつまらない」
「お前、αの部下をそのネタでからかうなよ? 本気にされるぞ」
不貞腐れた様子でグラスをあおるコデルリヒトは年齢よりも幼く見えた。全く幾つになっても弟たちの悪戯は収まらないなと呆れつつ、ユーグリッドもグラスを口に運ぶのだった。
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