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本編
22話
しおりを挟む次の発情期の三日前。レオンとユーグリッドは揃って例のハーブティーを飲んでいた。
「不味いな」
「やっぱり味は改良しないとですよね」
無表情でカップを覗き込むユーグリッドの姿に自然とレオンは笑みをこぼす。こうやってユーグリッドを知っていくと、自分に向けられていた表情は嫌悪ではなかったのだと気づく。
ユーグリッドは本気で嫌な物に対して表情を凍らせた。無表情である。
少なくともレオンはそんな顔を見せられたことはなかったのだ。
キャロライン達の勧め通りに、もっと早くにきちんと会話をしていれば良かったと思いはするが、後悔しても仕方ない。
後悔と言えばユーグリッドとの誤解が解けた後に、醜態をさらしたことも深く後悔した。
ユーグリッドとの情交自体の記憶がないレオンは、寝室に連れ込まれパニックからのパニックで大変だったのだ。
恋人がいたこともなければ、貴族でもないので夜伽を学ぶことも無い。記憶のない性交しかしたことがない。
身体は快楽を学んでいたが、他人と交わる為の夜の知識はほぼ皆無だった。
着衣したままベッドに下ろされた。ベッド上で服を着たままユーグリッドと居ると言うことがレオンにとって初体験だった。
いや、そもそもちゃんと意識のある状態で他人とベッドに居るということ自体、幼い頃親に寝かしつけられていた頃を除けば初体験だった。
そんな経験ゼロのレオンだったが、ユーグリッドはまさかそんな事からレオンが戸惑っているとは思わず、ある意味いつもの調子でことを進めようとした。
いや、どちらかと言えば初々しい雰囲気ではあった。いきなりことに及ぶのではなく触りあって服を脱がしあって、ゆっくり溶け合う恋人の様な時間を過ごすつもりだった。
上機嫌で柔らかく微笑むユーグリッドはとにかく美しい。
レオンは正面からこんな風にしっかりとユーグリッドを見つめる機会なんてなかったから、ぼーっと見惚れていた。
しかし、正確に言えば機会はあったのだ。
発情期の時にレオンはずっとこの機嫌のいいユーグリッドの笑顔を見ていた。
それを記憶がなくても身体は覚えている。
ユーグリッドのベッドの上 + すぐ近くに笑顔のユーグリッド = 気持ちイイことをする。
後にセルトレインが紙に書いてレオンに説明した単純明快な「セックス方程式」である。そう、この方程式はレオンの身体に染みついていた。
だからすぐにレオンの腹の奥深い部分が期待でキュンキュンと動き、後孔もジワリと濡れる。その自分の体の変化が怖くなりパニックだ。発情期ならいい、理性もなくなるしそういうものだと理解しているから。なのに平時でなぜこんな発情がおこるのか?
それでもすぐになだれ込み、快楽に溶かされれば良かったのかもしれない。だが違った。
焦らすように服を脱がずにキスをしたり、脇腹を撫でられたり「かわいい」「愛してる」と甘々な声音で囁かれる。
(きもちぃいのに……もの足りない。発情期じゃないのにこんな……俺、おかしい!)
レオンは認識していないがこれも「セックス方程式」だ。
レオンの気持ちは追いつかないのに身体が勝手に反応する。
陰茎は勃ち上がってスラックスを押し上げているのに取り出されるどころか触れても貰えない。
早く抱いて欲しいのに、発情期じゃないのにそんな恥ずかしいことは言えない。
「レオン、ちゃんとおねだりできるだろう?」
「ひっ…く、むりぃ………っ」
パニックでしゃくりをあげながら泣き出したレオンに、ユーグリッドが青ざめて抱き寄せればよしよしとなぐさめ始める。
謝罪と共に「今日はもうやめよう」というユーグリッドの言葉に、止めてほしくないけどそんなこと言葉に出来ないレオンは顔をぐしゃぐしゃにしてさらに大泣きした。
もはや言葉では説明できないから泣くことで意志を伝えようとする赤子と同じである。
一方のユーグリッドは気持ちが通じ、誤解も解けて、甘い時間を過ごせると思ったのに可愛い番がわけもわからず大泣きで、狼狽えた。ユーグリッドもどうしたらいいのか判らず、まさか今度こそ本当に嫌われたのかと混乱した。
混乱したがまた気持ちの行き違いを起こすのはごめんだ。根気強く、レオンを宥めながら泣いている理由を確認した。
結果、ユーグリッドに散々開発された身体は快楽を求めるのに、恥ずかしくてねだるなんてもっての他で、戸惑っていただけだと判明した。ユーグリッドは胸をなでおろした。
そしてまるで幼子のように泣きながら真っ赤になって「おかしくなっちゃった」というレオンの言葉でユーグリッドは気付いた。
これはそう、条件反射だ。「セックス方程式」とセルトレインが名付けたものと同じである。
レオンの発情期中の記憶自体は無いのではなく、思い出せなくなっているだけなのだろう。ちゃんと体は覚えていて反応を返してくれる。
気付いてしまえば確かめずにいられない。
ユーグリットは湧きあがる欲望を無視することはできなかった。
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