すれ違い夫夫は発情期にしか素直になれない

和泉臨音

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本編

21話

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「君を好きだからだ。オレを見て、オレの名前を呼んで、蕩けたように微笑んで……なのに、他のαの匂いがした。堪えるべきだと、閉じ込めて君の両親を呼ぶべきだって、思ったんだ。だけど気が付いたら……酷いことをしていた」

 泣きそうな顔のユーグリッドに、そっとレオンは手を伸ばす。

「それは、理性が無いっていうと、思いますよ」

 Ωのフェロモンに当てられたと言うよりは、αフェロモンに理性を奪われたのだ。αの縄張り争いともいえる特性だ。挑発されてそれに乗ってしまう。

「たすけてって言われて止めないといけないって思ったし、実際途中で止めることができた。Ωの発情期フェロモンに誘発されたなら止められないことはレオンも知っているだろう? 過ちを犯さないだけの理性はちゃんとあったんだ。人として最低なことをオレはしたんだ」

 好きだからって襲ったとしたらそれは確かに問題だ。ユーグリッドはその事にとらわれ過ぎてしまって見落としている。
 レオンは理性があったとしても自分が欲しかったと言うユーグリッドの言葉が凄く嬉しかった。Ωのフェロモンではなく、レオン自身に惹かれたと言ってくれているのだ。

 こんなことならユーグリッドにだけでも、あの時のことをきちんと話しておけばよかった。そうすればあの時にもっとユーグリッドの気持ちを救えたかもしれない。

「ユーグリッド様は最低じゃないです。その状態で推測すると、フェロモンに誘発されてますから自分の匂いをつけるというか、手に入れたいΩ相手なら、それこそ子どもを孕ませるために中出しを満足にした後でないと、理性的な行動はできないと思います」
「なかだ……」
「はい、生殖行為ですね。俺は覚えてないんですが、あの時複数回俺の腹の中に精液を吐き出して落ち着きませんでしたか?」

 真顔で説明するレオンにユーグリッドは再びぽかんとした顔をしたかと思えばうっすらと目元を赤く染めた。
 今まで見たことがないユーグリッドの照れた顔も綺麗だな、とレオンは見惚れる。

「いやでも、フェロモン阻害薬は服用していたし、部屋にあった即効性の注射も使用したんだぞ?」
「それΩのフェロモン阻害ですよね? αのフェロモン相手では効かないです」
「α……の?」
「はい、……自惚れたことを言っていいなら、その、相手が俺じゃなくて他の番にする気はないΩだったら、ユーグリッド様は最初から冷静でいられた、と思います」
「オレはレオンを他のαに取られたくなくて、欲情した、ということか?」
「そういうことです。それはαの特性ですから理性では抑えられません。……ふふ、なんだ…そっか…あははっ」

 何という勘違いを自分もしていたのだろう。ずっと、やってもいないことの責任をユーグリッドが背負わされているのだと思っていた。
 でもそうではなかったのだ。
 ユーグリッドはずっと本当のことを言ってくれてはいたが、レオンは信じることが出来なかった。だけど今、すべてが腑に落ちた。

 レオンは思わずユーグリッドに勢いよく抱き付いた。とっさのことで支えきれず、二人はソファーに倒れ込む。

「お、おい、レオン」
「ユーグリッド様、好きです。愛しています。ずっと、ユーグリッド様が俺のせいで好きな人と結婚もできないんだって……辛かった。俺が居なければ自由に生きてもらえるのにって……ずっと、思ってた」

 ユーグリッドを押し倒す形で上に乗ったレオンは、勝手にあふれ出た涙をそのままにくしゃくしゃな顔に笑顔を浮かべる。
 その顔がとても可愛くてユーグリッドは両腕に力を込めて大好きな番を抱き寄せる。

「そんな風に思ってたから、オレと距離を取ってたのか。嫌っているからオレを近寄らせないのだと思っていた」
「ち、違います!」
「どうせ嫌われていると思っていたのだから、もっと憎まれようともちゃんと話をするべきだったな。オレの部屋で巣を作って、淫らに迎え入れてくれる幸せを手放すのが怖かったんだ」

 ユーグリッドはレオンを自分の腿の上に座らせるように抱きかかえたまま身体を起こした。ゆっくりと指で頬を伝う涙を拭いつつ、レオンの顔中にキスを落とす。

 ちゅっと唇を重ねればどちらからともなく舌を出し、吸いつき絡め、角度をかえれば吐息までも食らい尽すように深く口付ける。

「愛してるよ、オレの可愛いレオン」
「ひゃっ……!」

 甘く優しく囁かれればレオンの腹に響き、思わずびくりと身体を震わせてしまう。自分の反応に戸惑っているのか、あわあわと視線を彷徨わせ真っ赤になる番の姿にユーグリッドは愛しさが込み上げてくる。
 先ほどまであおる様な単語を真面目な顔で言っていたのに「愛してる」というだけでこんなに可愛らしい反応をする。

「発情期は終わったんじゃないのか?」

 あまりにも愛しくて、誘うようにレオンの下腹をゆっくりユーグリッドは優しく撫でる。その手にレオンは手を重なる。

「終わりました……けど、発情期じゃなくても……ユーグリッド様がほしいで……すっ、てわっ!!」

 ユーグリッドがレオンを横抱きにして突然立ち上がったため、レオンの言葉が驚きの声に変ってしまう。

「すまないが、休みは延長だ。仕事は明後日から再開してくれ」

 甘い声ではなく真面目な声でユーグリッドは言うと、レオンの返事を待つことなく足早に寝室へ向かった。

 この日初めてレオンは発情していない状態での夫婦の営みを体験したのだった。
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