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番外編
【各務side】きみと「恋」するおれの未来 ―前編―
しおりを挟む『いっそ、各務くんと一緒に住むとかどうだろう……』
扉の向こうから聞こえた声に、おれは慌てて扉を開ければ「なに言ってるの?」と突っ込んでしまった。
本当はそんな事言うつもりはなかった。
だけど咄嗟に出てしまったのだ。嘘だろ? って思ったんだ。嫌悪でなく嬉しくて、信じられなかった。だから勢いよく扉も開けてしまったし、唐突に話しかけてしまった。
声で判っていたがやはり玄関先にはおれの大切な恋人が立っていて、おれの問いかけにキョトンとした顔をした。
染めたこともないだろうサラサラな黒髪に日に焼けてない白い肌、少しタレ目がちで優しい口調のせいかのんびりとした印象を受ける。年上のくせにやたら可愛い人。見た目は普通のサラリーマンなのにそんな風に思うことに戸惑いまくっていたおれだが、付き合いだしてからは開き直ることができた。
それもこれも、優しいこの恋人のおかげである。
「あ、いや、えっと……」
まさかおれに聞かれるとは思ってなかったのだろう。あからさまに動揺して視線を彷徨わせている。
このままこの話を無かったことにする気だろうか。いや、そんなことはおれがさせない。
だからおれは敢えて「おかえり」と同居を意識させる出迎えをした。察しの良い人なのでおれの意図を理解したのだろう、なんかやたら照れつつも「……ただいま?」と返事をしてくれた。
疑問形の返事ではあったものの好印象で満足したおれに、更に追い打ちをかけるように満面の笑みで彼は改めて「ただいま」と帰宅の挨拶をした。
ちゃんと一回目の「ただいま」も聞こえてるんだが? なんで繰り返すんだよ。しかもにこにこ笑って会えたのが嬉しいと全身でアピールしてくる。恋人のあまりにもキラキラした姿に目眩がした。びっくりするくらい可愛い。
その微笑みに敗北したおれは咄嗟に背を向け部屋に戻ることにした。だって顔はニヤけてるし絶対に赤くなっている。こんなガキ臭い姿を彼に見せるわけにはいかない。
「くそムカツク……ッ」
聞こえないように吐き捨てたつもりだったのに、背後から小さく吹き出して笑う声が聞こえたので耳ざとくまたおれの悪態を聞いたのだろう。
胸糞悪くなるような言葉だと言うのに、なぜか彼はおれの捨て台詞を嬉しそうに聞くのだ。変わった人だと思う。だけど俺はそんな彼がたまらなく好きだ。
約二年にも渡る片想いが実り、彼と恋人となって一年が経った。といっても彼がおれを恋人だと認識したのはここ半年くらいなんじゃないかと思う。それまでは仲の良い友達、そんな感じだった。
だから体の関係を許してくれて、尚且つ一緒に住みたいと思ってくれている事実が凄く嬉しい。
正直に言えばおれもこっそり同居は考えていた。今だって週に一度はお互いの家に行くし、場合によっては泊まっている。彼の家にはおれ用の食器やら寝間着やらも常備されるようになり、これもう一緒に住んでるようなものでは? とおれの脳がバグりつつもある。
彼はもともと大学の時に住んでいた場所にそのまま住み続けているらしい。貰った名刺の会社住所から最寄り駅を察するに、ここから一時間以上はかかる場所だ。それならおれが彼の会社近くに就職して、一緒に住もうと誘うことができるのではないかと考えた。引っ越しは億劫だし新しい土地は慣れるまでは不便かもしれないが、通勤時間が減るのはメリットになるはずだ。
……だがまあ、実際問題としてそう簡単に物事は進まない。
既にいくつかエントリーした会社はあるが、一次選考を通ることなくお祈りメールばかりだ。そんなすぐに決まるとは思ってないが、気持ちは焦る。
あれから詳しく話してはいないものの、一緒に住むのも悪くないという雰囲気になってはいる。絶好のチャンスだが、無職で彼と同居するわけにはいかない。
「各務、浮かない顔してどした?」
研究室で今まさにお祈りメールをチェックしていたおれに先輩が声をかけてきた。髪型も見た目も派手な先輩だ。おれみたいに就活だからと平凡になることはない。修士課程に進んでいるから、というよりは他人の目など気にしないメンタルの強さのせいだろう。憧れはするが真似しようとは思わない。
「……ッス」
「おまっ、挨拶雑だな! なんだよ、また駄目たったん?」
「……まぁ、そうっすね」
ケラケラ笑いながら聞いてくるのは気を使ってなのか失礼だからなのか。あの人だったらおれの返事に動揺しつつも悟られないようにしながら話題を変えるんだろうな。……だから、就活の状況は話すことができずにいる。あの人には心配をかけたくないし、笑っていてほしい。
それに、こんな情けない姿は知られたくない。
「そっか、ならちょうどいいや。前に会社作るって話したじゃん? あれマジでやることにしたから良ければ各務も参加しない?」
「は?」
「あー…でも俺採用条件とか良くわかってねぇから、今度ちゃんと説明できるヤツつれてくるわ」
「は????」
「あっ! そいや教授探してたんだった。じゃあな!」
「いや、先輩……おいっ、言い逃げするなっ!!」
おれが引き止めても「まったな~!」と明るく先輩は立ち去ってしまった。
その後、本当に新会社に誘われた。
先輩の会社では技術を企業に売ったり貸し出したりするらしい。既に在学中に取った特許で大手企業と契約が決まっているそうだ。
おれの専攻は機械制御システムで、その設計に携わりたいと思っていたから先輩の会社で技術者として雇われるのも悪くはない。雇用条件も悪くはない。
だけどあくまでも設立したばかりの会社だ。おれは経営には関わらないので借金を背負わされる心配なんかはないみたいだが、軌道に乗らなければすぐ倒産ということもあり得るだろう。
「各務くん、辛そうだけど大丈夫?」
「……あ?」
優しい声に反射的に失礼な返事したというのに、おれの優し過ぎる恋人は気にする様子はない。しかも嫌な顔もせず、心配そうな表情を向けてきた。
最近は外で食べるよりもどちらかの家で食べることが多かった。どちらか……というか、彼の家ばかりだ。基本的に家主が食事を用意するので、おれが楽なように自宅に呼んでくれるのだろう。
「最近ため息が多いから、何かあったのかなって」
「あー……」
気付けば季節は梅雨も過ぎていた。
内々定を取れるでもなく、彼に報告できる良い話題はない。同居の話も当然だが進めることもできない。
「前に各務くんが俺に言ってくれたことだけど、俺だって相談には乗れなくても愚痴くらいは聞けるから、溜め込みすぎないでね」
彼はそう言うとそっとおれの頬を撫でる。彼の手は少しひんやりしてて、昔ひいばあちゃんが手が冷たい人は心が温かいって言ってたが、まさにそのとおりだと思う。
おれは大人しく撫でられることにした。気持ちいい。もういっそこの時間が永遠に続かねぇかなぁって欲を出していたら彼が思い出したように手を離し、なにやらカバンを漁り始めた。
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