36 / 50
それでも「好き」が止まらない
8.「気づくの遅ぇよ」
しおりを挟むカレーもサラダも安定の出来栄えだった。だけど各務くんと一緒に食べているというだけで何倍も美味しく感じた。それを各務くんに伝えたら「高い牛肉だから美味かったんじゃねぇの?」と言われてしまった。でも俺の言葉に満更でもない顔をしてたので、照れ隠し可愛いなぁと俺の心はほかほかした。
あの後、真っ赤になって天を仰いだ各務くんに、ご機嫌になった理由を問い詰めた。だって何がそんなに嬉しかったのか知りたいじゃないか。渋っていたが結果として「寂しがるのが可愛すぎて、まじヤバイ」との回答を得た。思わず「それは各務くんの感性がヤバイのでは?」と真顔で言ったら怒られた。
さらにもう一つ、各務くんに怒られた事がある。
「自分の誕生日忘れるとか、普通ないよな?」
そう、なんと今日は俺の誕生日だったのだ。
三十歳を過ぎれば家族からも祝われなくなり、疎遠になった友人たちからも連絡はなく、自分の誕生日の存在などすっかり忘れていた。いや日付は覚えているけど、今日がその日だというのを失念していたのだ。
今日は各務くんとの夕食会! それしか考えていなかった……。
「だからケーキか!」
「気づくの遅ぇよ」
呆れ顔の各務くんが食後の珈琲とケーキを用意してくれた。3と1の形のロウソクも用意してくれてたけど、使うのが勿体ない気がして記念に取っておくことにした。カットケーキにロウソク乗せるのも窮屈に見えるしね。
「あはは、えへへ、嬉しいなぁ」
酒が入っているわけでもないのに、俺はフワフワとした気分で苺の乗ったチョコケーキを食べる。各務くんはシンプルなチーズケーキだ。
「あのさ……我慢しないでいいから」
「ん?」
「おれに会いたいとか、そういうの。さっきは取り乱して寂しがるあんたが可愛いとか、なんか最低なこと言っちゃったけど、好きな人を寂しがらせるなんて、良く考えたら最悪だよな」
ケーキを半分食べたところで各務くんが静かな声で言った。隣に座る姿を見れば、正面を向いたまま真面目な顔をしている。
「おれの自己満足のせいであんたを傷つけた、本当にごめん……なさい」
消え入りそうな声で各務くんはそう言うと、ラッピングされた小さな箱を取り出した。間違いなく俺への誕生日プレゼントだろう。他人からもらうのは何年ぶりだろうか。
「開けてもいい?」
「……うん」
小さな箱の中身はシルバーの腕時計だ。俺でも知っている海外の老舗時計メーカーのロゴがついている。
「え、まって、これかなり高いやつじゃ……」
大学生が買うにはバイト代を何ヶ月、下手したら年単位で貯めなければ手が届かない価格だったはずだ。
各務くんと腕時計を交互に見ていれば、各務くんは視線を合わせることなくバツが悪そうな顔をする。
「いつも身につけて貰えるものがいいなって思ったんだけど、あんたアクセサリーとかつけないし、時計ならいいかなって。実用性とか職場に着けてくなら、それなりの物の方がいいだろ?」
「いや、でもだからって流石にこれは……」
俺が戸惑っていれば、こちらを見る各務くんと目があった。
「だから、おれの自己満足なんだって言ってるだろっ! ちょっと予定よりバイトも増やさなくちゃいけなくて、会う時間も削って、あんたがまともな飯も食えなくなってるのにおれはあんたのためだって自惚れて、あんたを放置してたんだ」
きつく自分の手を握りしめ、視線を外すことなく真っ直ぐと俺を見たまま、各務くんは「ごめん」と呟いて頭を下げた。
29
お気に入りに追加
309
あなたにおすすめの小説


記憶の代償
槇村焔
BL
「あんたの乱れた姿がみたい」
ーダウト。
彼はとても、俺に似ている。だから、真実の言葉なんて口にできない。
そうわかっていたのに、俺は彼に抱かれてしまった。
だから、記憶がなくなったのは、その代償かもしれない。
昔書いていた記憶の代償の完結・リメイクバージョンです。
いつか完結させねばと思い、今回執筆しました。
こちらの作品は2020年BLOVEコンテストに応募した作品です

キスより甘いスパイス
凪玖海くみ
BL
料理教室を営む28歳の独身男性・天宮遥は、穏やかで平凡な日々を過ごしていた。
ある日、大学生の篠原奏多が新しい生徒として教室にやってくる。
彼は遥の高校時代の同級生の弟で、ある程度面識はあるとはいえ、前触れもなく早々に――。
「先生、俺と結婚してください!」
と大胆な告白をする。
奏多の真っ直ぐで無邪気なアプローチに次第に遥は心を揺さぶられて……?

始まりの、バレンタイン
茉莉花 香乃
BL
幼馴染の智子に、バレンタインのチョコを渡す時一緒に来てと頼まれた。その相手は俺の好きな人だった。目の前で自分の好きな相手に告白するなんて……
他サイトにも公開しています


ガラス玉のように
イケのタコ
BL
クール美形×平凡
成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。
親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。
とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。
圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。
スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。
ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。
三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。
しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。
三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。

クズ彼氏にサヨナラして一途な攻めに告白される話
雨宮里玖
BL
密かに好きだった一条と成り行きで恋人同士になった真下。恋人になったはいいが、一条の態度は冷ややかで、真下は耐えきれずにこのことを塔矢に相談する。真下の事を一途に想っていた塔矢は一条に腹を立て、復讐を開始する——。
塔矢(21)攻。大学生&俳優業。一途に真下が好き。
真下(21)受。大学生。一条と恋人同士になるが早くも後悔。
一条廉(21)大学生。モテる。イケメン。真下のクズ彼氏。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる