まさか「好き」とは思うまい

和泉臨音

文字の大きさ
上 下
23 / 50
ちゃんと「好き」だと伝えたい

3.「海獣っていうらしい」

しおりを挟む
 
 秋晴れと言うには蒸し暑い平日。
 本来なら仕事の日に休みを取るというのは、ただそれだけで贅沢に感じる。
 デートしようと決めた日は各務くんも当然仕事も学業もお休みだ。だけど深夜からのコンビニバイトはあるらしい。それまでには帰るので問題はないけどあまり連れ回すのは悪いので、はしゃぎ過ぎないように気をつけよう。

 各務くんのおまかせで向かった先は水族館の他にも小さな遊園地や数店舗のレストラン、お土産屋などが離れ小島の中に併設されたテーマパークだった。

 久しぶりに見た遊園地の乗り物にも思わずテンションが上がるが、本日の目的は水族館である。

「イルカショーとか、ほんとにあるんだ」
「え? 各務くん見たこと無いの?」

 水族館の入口でパンフレットをもらい、きちんと確認するあたり各務くんの真面目さが伺える。

「ない。おれの住んでたとこの水族館、イルカは居なかった……と思う」
「アシカは?」
「それは居たと思うけど、トドとどう違うの?」
「え?」
「は?」

 アシカとトド、聞かれても俺もわからない。なんかボールを鼻に乗せたり、あうあうと手を叩いたりするのがアシカだった気が……。

「……セイウチ、アザラシ、オットセイ」
「へ?」
「海獣っていうらしい」

 記憶を検索する俺とは違い、気付けば各務くんはスマホでアシカたちを調べていた。俺たちと同じくいわゆる海獣の違いに首を傾げる人は多いようで、検索サイトの予測変換に「アシカ トド ちがい」と出てきたのには二人で笑った。

 入口から立ち止まりつつも俺たちは水族館をのんびりと見学した。
 槇さんが言ってたように水族館内は快適な温度で、平日だからかそこまで混んでもいなかった。小さな子を連れた親子連れと大学生くらいのグループやカップルが多い。
 ふと、俺と各務くんはどう見えるのかな? と思った。この暗がりなら俺もまだ若く見えて友達同士といったところだろうか。

 横に並び薄暗い水槽を見つめる各務くんの横顔を伺う。なにげに真剣な顔だ。思ったよりも魚に興味があったのかもしれない。魚に夢中なのかと思えば、真剣にサンマの群れやカニの水槽を見ていた俺に「それ、食えないから」と言ってきたので、俺のこともちゃんと視界には入れてくれてたようだ。なんだか凄くくすぐったい気持ちになった。

 水槽の迫力なのか魚たちの知名度なのか、歩いていると人混みに差があった。今いる水槽はヒトデを展示している。あまり人気のない場所なのか壁に埋め込まれている小さな水槽をみんな素通りして行く。そんな小さな展示すら俺たちは真面目に案内を読み見学した。

 ハッとそこで俺は気付いた。
 これはもしかしなくてもチャンスなのではないだろうか。人が少ないならちょっとくらい恋人らしいことをしてもいいんじゃないか。
 と言っても俺の思いつくのは手をつなぐこと位だ。だけど、俺と各務くんにとって手をつなぐことだって初体験である。
 俺はそっと各務くんの手の甲に手の甲で触れる。
 いけないことをしているようで、緊張で心拍数が上昇する。避けられたらショックなので強引に手を取ることは出来なかった。

 触れた各務くんの手がビクリと震える。

 各務くんが俺を見ているのが水槽越しに見えるが表情までは判らない。手はまだ触れられる位置にある。引かれてはいない。なら、大丈夫、たぶん、きっと。

 俺は口から心臓が飛び出しそうなほど緊張しながら各務くんの手をそっと握った。正直会社のお偉方と話すよりも緊張している。各務くんの手が動いた。振りほどかれる、と一瞬思った。仕方ないよな二人だけじゃないし、と自分に早めに言い訳したのだがその必要はなかった。

 遠慮がちに繋いでいた俺の手を、各務くんはしっかりと握り返してくれた。
 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

ふたりの距離

春夏
BL
【完結しました】 予備校で出会った2人が7年の時を経て両想いになるまでのお話です。全9話。

キスより甘いスパイス

凪玖海くみ
BL
料理教室を営む28歳の独身男性・天宮遥は、穏やかで平凡な日々を過ごしていた。 ある日、大学生の篠原奏多が新しい生徒として教室にやってくる。 彼は遥の高校時代の同級生の弟で、ある程度面識はあるとはいえ、前触れもなく早々に――。 「先生、俺と結婚してください!」 と大胆な告白をする。 奏多の真っ直ぐで無邪気なアプローチに次第に遥は心を揺さぶられて……?

騎士団で一目惚れをした話

菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公 憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

クズ彼氏にサヨナラして一途な攻めに告白される話

雨宮里玖
BL
密かに好きだった一条と成り行きで恋人同士になった真下。恋人になったはいいが、一条の態度は冷ややかで、真下は耐えきれずにこのことを塔矢に相談する。真下の事を一途に想っていた塔矢は一条に腹を立て、復讐を開始する——。 塔矢(21)攻。大学生&俳優業。一途に真下が好き。 真下(21)受。大学生。一条と恋人同士になるが早くも後悔。 一条廉(21)大学生。モテる。イケメン。真下のクズ彼氏。

前世から俺の事好きだという犬系イケメンに迫られた結果

はかまる
BL
突然好きですと告白してきた年下の美形の後輩。話を聞くと前世から好きだったと話され「????」状態の平凡男子高校生がなんだかんだと丸め込まれていく話。

処理中です...