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ちゃんと「好き」だと伝えたい
3.「海獣っていうらしい」
しおりを挟む秋晴れと言うには蒸し暑い平日。
本来なら仕事の日に休みを取るというのは、ただそれだけで贅沢に感じる。
デートしようと決めた日は各務くんも当然仕事も学業もお休みだ。だけど深夜からのコンビニバイトはあるらしい。それまでには帰るので問題はないけどあまり連れ回すのは悪いので、はしゃぎ過ぎないように気をつけよう。
各務くんのおまかせで向かった先は水族館の他にも小さな遊園地や数店舗のレストラン、お土産屋などが離れ小島の中に併設されたテーマパークだった。
久しぶりに見た遊園地の乗り物にも思わずテンションが上がるが、本日の目的は水族館である。
「イルカショーとか、ほんとにあるんだ」
「え? 各務くん見たこと無いの?」
水族館の入口でパンフレットをもらい、きちんと確認するあたり各務くんの真面目さが伺える。
「ない。おれの住んでたとこの水族館、イルカは居なかった……と思う」
「アシカは?」
「それは居たと思うけど、トドとどう違うの?」
「え?」
「は?」
アシカとトド、聞かれても俺もわからない。なんかボールを鼻に乗せたり、あうあうと手を叩いたりするのがアシカだった気が……。
「……セイウチ、アザラシ、オットセイ」
「へ?」
「海獣っていうらしい」
記憶を検索する俺とは違い、気付けば各務くんはスマホでアシカたちを調べていた。俺たちと同じくいわゆる海獣の違いに首を傾げる人は多いようで、検索サイトの予測変換に「アシカ トド ちがい」と出てきたのには二人で笑った。
入口から立ち止まりつつも俺たちは水族館をのんびりと見学した。
槇さんが言ってたように水族館内は快適な温度で、平日だからかそこまで混んでもいなかった。小さな子を連れた親子連れと大学生くらいのグループやカップルが多い。
ふと、俺と各務くんはどう見えるのかな? と思った。この暗がりなら俺もまだ若く見えて友達同士といったところだろうか。
横に並び薄暗い水槽を見つめる各務くんの横顔を伺う。なにげに真剣な顔だ。思ったよりも魚に興味があったのかもしれない。魚に夢中なのかと思えば、真剣にサンマの群れやカニの水槽を見ていた俺に「それ、食えないから」と言ってきたので、俺のこともちゃんと視界には入れてくれてたようだ。なんだか凄くくすぐったい気持ちになった。
水槽の迫力なのか魚たちの知名度なのか、歩いていると人混みに差があった。今いる水槽はヒトデを展示している。あまり人気のない場所なのか壁に埋め込まれている小さな水槽をみんな素通りして行く。そんな小さな展示すら俺たちは真面目に案内を読み見学した。
ハッとそこで俺は気付いた。
これはもしかしなくてもチャンスなのではないだろうか。人が少ないならちょっとくらい恋人らしいことをしてもいいんじゃないか。
と言っても俺の思いつくのは手をつなぐこと位だ。だけど、俺と各務くんにとって手をつなぐことだって初体験である。
俺はそっと各務くんの手の甲に手の甲で触れる。
いけないことをしているようで、緊張で心拍数が上昇する。避けられたらショックなので強引に手を取ることは出来なかった。
触れた各務くんの手がビクリと震える。
各務くんが俺を見ているのが水槽越しに見えるが表情までは判らない。手はまだ触れられる位置にある。引かれてはいない。なら、大丈夫、たぶん、きっと。
俺は口から心臓が飛び出しそうなほど緊張しながら各務くんの手をそっと握った。正直会社のお偉方と話すよりも緊張している。各務くんの手が動いた。振りほどかれる、と一瞬思った。仕方ないよな二人だけじゃないし、と自分に早めに言い訳したのだがその必要はなかった。
遠慮がちに繋いでいた俺の手を、各務くんはしっかりと握り返してくれた。
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