上 下
5 / 50
まさか「好き」とは思うまい

5.「……断るならもっとましな嘘つけば?」

しおりを挟む

 翌朝出勤時にコンビニに寄ればおばさんが戻ってきていて、彼はやっぱり盲腸で今日手術することになったと教えてくれた。

「お兄さんに見に行ってもらって良かったわよ。あ、これ昨日のお礼ね。それにしても朝早いのねぇ、いってらっしゃい」

 おばさんはそう言うと缶コーヒーを袋の中に入れてくれた。
 俺は毎日変わらずコンビニで夕飯を買う。
 驚いた事に、次の金曜日に彼はレジに立っていた。

「手術したって聞いたけどもう平気なの?」

 俺は客が他に居ないことを確認してから、缶チューハイとおにぎりをレジに出して声をかける。

「あ?……1時間だけ入ってる。店長が休憩とれねぇから」
「そっか、無理しないようにね」
「うぜぇ」
「あ、うん、ごめん」

 いつも通りの会話に何故かほっとして、412円を払う。

「あんたさ、次のヒマな日とか、いつだよ」
「えっと……なんで?」
「は? 一応礼とかしねぇといけねぇだろ」
「そんなのいいって。俺、救急車呼んだだけだし」
「……ちゃんと礼しろって店長がうるせぇんだよ」
「あ、もしかしてあのおばさんが店長さん?」

 俺が聞くと不良店員くんが頷く。

「それは、押し切られて大変だな……でも、俺しばらく休みなくって、気持ちだけで十分だよ」
「……断るならもっとましな嘘つけば?」
「嘘じゃなくって本当の話。たぶんあと二か月くらい休みなくってさ」

 あはは、と乾いた笑いが出る。自分で言ってて胃がきりきりとしてきた。

「それやばくない?」
「やばいけど、うん、長くいる会社だし、もうちょっとだから頑張ろうと思って」
「ふーん。聞いたことも無い会社なのにな」

 あ、そういえば名刺渡してたっけ。世の中の会社なんて一般の人が知らない名前の中小企業が大多数なんだけどね。

「あらじゃあ、二か月後にお礼したらいいじゃないの。各務くんもテスト終わるころだし、いいじゃない」

 俺と不良店員くんの会話に、バックヤードからお箸とお弁当をもったまま出て来たおばさんが加わった。

「店長。接客中なんすけど。食いながらこないでください」

 きみの態度の方が接客としてはどうかと思うよ……と俺は思ったけど、黙っていた。
 そして本当に二か月後、二月のバレンタインの日にご飯をおごってもらうことになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

告白ゲーム

茉莉花 香乃
BL
自転車にまたがり校門を抜け帰路に着く。最初の交差点で止まった時、教室の自分の机にぶら下がる空の弁当箱のイメージが頭に浮かぶ。「やばい。明日、弁当作ってもらえない」自転車を反転して、もう一度教室をめざす。教室の中には五人の男子がいた。入り辛い。扉の前で中を窺っていると、何やら悪巧みをしているのを聞いてしまった 他サイトにも公開しています

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

記憶喪失のふりをしたら後輩が恋人を名乗り出た

キトー
BL
【BLです】 「俺と秋さんは恋人同士です!」「そうなの!?」  無気力でめんどくさがり屋な大学生、露田秋は交通事故に遭い一時的に記憶喪失になったがすぐに記憶を取り戻す。  そんな最中、大学の後輩である天杉夏から見舞いに来ると連絡があり、秋はほんの悪戯心で夏に記憶喪失のふりを続けたら、突然夏が手を握り「俺と秋さんは恋人同士です」と言ってきた。  もちろんそんな事実は無く、何の冗談だと啞然としている間にあれよあれよと話が進められてしまう。  記憶喪失が嘘だと明かすタイミングを逃してしまった秋は、流れ流され夏と同棲まで始めてしまうが案外夏との恋人生活は居心地が良い。  一方では、夏も秋を騙している罪悪感を抱えて悩むものの、一度手に入れた大切な人を手放す気はなくてあの手この手で秋を甘やかす。  あまり深く考えずにまぁ良いかと騙され続ける受けと、騙している事に罪悪感を持ちながらも必死に受けを繋ぎ止めようとする攻めのコメディ寄りの話です。 【主人公にだけ甘い後輩✕無気力な流され大学生】  反応いただけるととても喜びます!誤字報告もありがたいです。  ノベルアップ+、小説家になろうにも掲載中。

クズ彼氏にサヨナラして一途な攻めに告白される話

雨宮里玖
BL
密かに好きだった一条と成り行きで恋人同士になった真下。恋人になったはいいが、一条の態度は冷ややかで、真下は耐えきれずにこのことを塔矢に相談する。真下の事を一途に想っていた塔矢は一条に腹を立て、復讐を開始する——。 塔矢(21)攻。大学生&俳優業。一途に真下が好き。 真下(21)受。大学生。一条と恋人同士になるが早くも後悔。 一条廉(21)大学生。モテる。イケメン。真下のクズ彼氏。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

処理中です...