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第二章
53話
しおりを挟む「ティス様!」
「おや、そのヒト族の娘、早く止血しないと死んじゃうよ?」
厨房の入り口付近でアルトレスト伯爵の声とクリスティア姫の声が聞こえる。いつの間にかミードミーに護られつつクリスティア姫は入り口まで退避していた。
俺はアルトレスト伯爵の言葉にメリー殿を見る。
先ほどまで彼女が立っていた位置に人影はなく、その足元にサテンドラがうずくまっている。
俺たちがネストと揉み合っているうちにメリー殿の状況も変わっていたのだろう。
「カデル! 援護を!! 俺じゃネストの魔力に耐えられない!!<世界を駆ける風の精霊、世界を支える土の精霊、その力を預かり受ける、偽りたる自然の驚異を防ぐ壁となれ!>」
ラッツェは攻撃優先なので防御は弱く、守護の魔法も基礎程度のレベルだ。俺が慌ててネストに視線を戻せば、詠唱を終え炎の魔法を放つ瞬間だった。
「っ!! <頑丈な壁!><水よ! 雨となって炎を消せ!>」
俺は反射的にネストの魔法から皆を守るように魔法壁を作り、火を消す為に雨を室内に降らせた。部屋内は水浸しだが、火で焼かれるよりはましなはずだ。
「へぇ、カデルは嘆願詠唱しないで魔法を使えるんだ! 久しぶりに詠唱しない子をみたなぁ、頑張れば念じるだけでも魔法をつかえるようになるんじゃない?」
念じるだけで魔法を使えるなら、いますぐここからあんたを追い出したいよアルトレスト伯爵。
ネストから視線を外せず、俺は招かれざる相手に心の中で悪態をつく。
とにかくネストの行動力を奪って、拘束する。それからメリー殿とサヴィト殿の治療だ。
薄ら笑ったままのネストに対して、俺は感情を一度消すことにした。
ネストがどうしてこんなことをしたのかとか、考えていたら対応が遅れてしまう。
とにかくラッツェと協力すればネストを拘束することは可能なはずだ。ネストは接近戦に強いから、距離をとって魔法を重ねて対応していけばやれる。
「これってリベルタースのお家騒動なの?」
「っ!部外者は出ていってくださいっ」
「ええ? まぁお家騒動なら部外者だけどさぁ。できれば静かに過ごしたいから、このままバタバタされても迷惑なんだよね。だからちょっと僕とお話しよ?」
「うるさいっ、そんな時間あるように見えんのか」
俺はしつこく話し掛けてくるアルトレスト伯爵を冷たくあしらった。冷たくっていうか、気を使っている余裕なんてない。だから失礼な態度になったとしても、状況的に許して貰えるだろうと思った。
……だが、それは間違っていた。
物凄い魔力が部屋全体を飲み込む。
その感覚に、ぞわっと全身の毛が逆立った。
「キミは少し、自分の立場を勘違いしているね? カデル」
アルトレスト伯爵の低い声がすぐそばで聞こえた。その瞬間、時間が止まった。
いや、これは比喩じゃない。目の前のネストの動きが止まっている。それなのにアルトレスト伯爵の手が、俺の頬を撫でる。
いつの間にか背後をとられ、頬に触れていない腕で腰を抱き寄せられた。
「僕の言うことはちゃんと聞いてほしいなぁ」
腰を抱かれ耳元で囁かれれば、すぐ近くにアルトレスト伯爵の体温と吐息を感じる。
怖い。怖くて、動けない。
俺の時間は止まっていないのに、俺は呼吸すら上手くできなくなった。
「あの……これは、どういうことですのティス様」
世界に俺とアルトレスト伯爵しかいない、そんな風に思っていた俺の耳に、可愛らしい希望の光にも似た声が届く。
振り返らないとわからないが、俺の体は恐怖で動けない。
「クリスティア姫……?」
俺は絞り出すように、その希望の声主の名を呼んだ。
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