魔王の花嫁の護衛の俺が何故か花嫁代理になった経緯について

和泉臨音

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第一章

13話

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 夕食後、今後の予定や気になる事などをつらつらと書きだして思考を整理していると、ふと思いついた事があった。
 すでに夜更けだが、この時間ならまだサテンドラは温室に居るだろう。月明りはあったが細い月の灯りだけでは心もとなかったので、ランタンを片手に庭園に向かう。

 庭園に到着して辺りを伺えば、薄明るい月光に照らされた人影が見えた。

「サテンドラ、頼みたい事があるんだけど」

 俺は庭園の水路脇に見えた人影に向かい、そこで何やら作業をしていたサテンドラに声をかけた。
 サテンドラは俺に気づいて顔を上げると、その辺に落ちていた小枝を拾い地面に「今日は頼み事ばかりですね」と書いて意地悪く笑う。

「悪かったな。俺の面倒見るのも一応お前の仕事だろ」

 サテンドラが仕方ない、といった顔で頷く。その手元を見ると小さな小瓶がいくつか置かれていたから薬か魔法のための植物の採取中なのだろう。
 俺はそこに一緒に屈むと自分の持ってきたランタンを消した。
 以前、魔法に使うための植物は灯りに弱いものもあるから、暗い時間に採取していると聞いた事があったからだ。

「作業中に悪いな。実はウェスペルへ持っていく荷物に、いつもサテンドラが淹れてくれてるハーブティーを持っていきたいんだ。用意できるか?」

 俺の言葉にサテンドラが首をかしげると「用意は出来ますが、何か不安事でも?」と地面に文字を書く。

「俺じゃなくて、あー、話しといた方がいいか。さっき鍛錬場に行ったんだけど、そこでユトがサヴィト殿が「エスカータの再来」って呼ばれているって言い出して……」

 俺の話を聞きつつサテンドラが「ああ、あの噂ですか」と地面に書く。

「!? なんだよ、知ってたのかよ」

 俺の言葉に小さく首をかしげつつ「言う必要はないかと思って。カデルも知っててもただの噂なんて、わざわざ報告しないでしょう?」と地面に書いて俺を見る。

 その通りだが、知っていればもう少し何か対処できたんじゃないかって思うと、教えてくれなかったサテンドラを恨めしく思ってしまう。

「それはまあ、そうだけど。……でもさ、名前にマリとかマリカって入ってるのってエスカータの王族の名前だろ? つまりジークロード・マリ=サヴィトって王族の名前だし、それに金髪緑目の王子・・だから、初代エスカータ王に似てるから、再来って呼ばれるって言ってた」

 俺の話を聞いて、サテンドラが更に首をかしげる。

「いや、だからさ、姫もだけど従者も魔族の国アエテルヌムに来た後ってどうなるかわからないだろ……なのになんで王族が二人も来たのかなって。なんか不自然だろ? サテンドラはどう思う?」

 サヴィト殿が噂のようにオルトゥス王を倒しにきたとは思ってないけど、ただの護衛騎士というのが信じられない。

 俺がうーんと小さく唸っていると、サテンドラが再び仕方ないといった顔をして地面に文字を書く。「民の不安をあおりやすい花嫁の年に合わせて、過激な魔族排斥はいせきを叫ぶ宗教団体が彼を英雄化していました。きっと再来の噂も宗教勧誘の広報に使われたんでしょう」
 トントンっと地面を叩いて読み終わった俺と視線を合わせてから「客観的に観察していれば判ることです。だから報告しなかった」と書き足した。

「へえ、そうなのか。サテンドラってなんでも知ってんだな……ってなんでそこで笑うんだよ!」

 俺が呟くとサテンドラが笑いつつ、声が高くなった俺を注意するように自分の口元に指をあてて、静かにするようにと身振りでうながしてきた。

 そういや結構遅い時間だった。
 俺は不貞腐れたように地面にドカッと座って、尻尾でサテンドラの書いた文字を消す。そこにサテンドラが再び「カデルよりは、なんでも知ってますから」とか書いたので地面だけでなくサテンドラの手もぱしぱし尻尾で叩いた、が、サテンドラはそれも面白いのか肩を震わせて笑いだした。このやろう。

 サテンドラは笑いつつも「情報が足りないことは考えても無駄ですよ。いっそ直接なぜ来たのか聞いてみては?」と地面に書く。

「それはまあ、そうなんだけど……」

 直球で聞いて答えてくれるだろうか。でも既に魔族の国に来た理由は姫の護衛だって宣言している。本当にそれだけなのかもしれないし、下手に疑うようなことを聞くのは信頼関係を作るのにも良くない気もする。

 俺がうーんうーんと唸っていれば笑いを納めたサテンドラが「それで、なんでハーブティーが必要なんです?」と、地面をトントンと小枝で叩いて会話を進める。

「それがなんかわからないけど、サヴィト殿の噂にメリー殿が責任を感じていて可哀想なくらい謝って、夕食にもこなかったし……見るからに気持ちが不安定そうだったから。お前のお茶飲むと落ち着くし持って行ったらいいかなって。ミードミー達も王のことになると気が短くなるからさ、こう、飲ませとけば落ち着くかなって」

 ミードミーとラッツェの崇拝は凄い。俺も我が王大好きだけど、そんな俺でもちょっと引くくらい過激だ。
 会ったことなど勿論ないだろうが、多分ミードミーの理想の男はオルトゥス王なんだと思う。

 サテンドラは少し思案してから「ミードミーたちにはハーブティーは効果がないと思います。必要なら麻痺薬を用意しますか?」とか物騒な提案をしてきた。

「いやいや、薬はいらないから!」

 俺が慌てて言えばサテンドラが肩を震わせて再び笑っている。完全に揶揄からかったなこのやろう。

「む、俺は戻るからな。お茶の件、頼んだぞ。あとお前もちゃんと寝ろよ」

 長居してもサテンドラの作業の邪魔になるし、悪戯っぽく笑っている顔を見れば、まだ俺を揶揄からかう気がある様に見える。これ以上遊ばれる前に撤退だ。
 俺が不貞腐れてますと顔に貼り付け立ち上がれば、俺の尻尾についた土をサテンドラが丁寧に落としてくれた。それが終れば満足そうに頷いて、嬉しそうな笑顔で俺に手を振る。

 ……なんだかいつまでも子ども扱いされてる気がして、釈然としない。釈然としないが仕方がないので、俺も手を振り返してから自室へ戻ることにした。

「……やっぱり相談するならサテンドラだな」

 モヤモヤした気持ちを口に出したからすっきりしたのもあるかもしれないが、サテンドラがいると昔からすごく心強い。
 まあ、こうやって何でも聞くから子ども扱いされるんだってのは判ってるけど、頼りになり過ぎるサテンドラにも問題があると思う。
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