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第一章
7話
しおりを挟むうちの屋敷は俺たち家族が住む母屋の他にいくつか建物があり、父さんの兄妹の家族も一緒に暮らしている。
人狼族はヒト族と同じく家族単位で生活もするし一族という認識もあるから、近くに親戚が家を建てて住むことが多い。地域によっては数十家族が全て一族という人狼族だけの村も存在している。
ここヘルデはそれなりに大規模な街なので、人狼族以外の種族も多く生活している。
そんなヘルデで暮らす俺たち一族は伯爵という地位もあり、まあまあ広い敷地を居住区として使っている。なので建物間の移動もなかなかいい散歩道だ。
先ほどお茶を飲んでいた母屋を出ると、西側に位置する鍛錬場を目指す。その途中に薔薇がメインだけど年中花が咲いている庭園がある。
母さんや叔母さん達が丹精込めて世話をしている自慢の庭だ。
水路が引かれ、一番高いところには噴水もあってそれなりに見ごたえもあるし、心がすごく落ち着くから俺も好きな場所である。
「まあ、とても素敵なお庭!」
瞳を輝かせて花を見るクリスティア姫の様子に思わずこちらの顔もほころんだ。
本当になんにでも感動するクリスティア姫を見ていると、素敵なものを俺も発見できた気持ちになる。喜びのお裾分けをもらっている気分だ。
「そう言ってもらえると母も喜びます。あ、昨日の御者を呼んでくるのでここで待っててください」
クリスティア姫が楽しそうにメリー殿と花を見ていたので待っていてもらうことにして、俺は温室に向かった。そんなに大きな建物ではないが、とにかく植物がいっぱい生えているので毎度のことだが目的の人物を探すのが大変なんだ。
なのでガラス窓ばかりの建物に入れば、すぐさま探している人物の名を呼ぶ。
「サテンドラー! いるか???」
声をかけると木々の間から人影が現れる。
黒の髪に紫の瞳をしたヒト族の魔法師、サテンドラだ。
昨日はクリスティア姫の乗る馬車の御者として、また魔法師として同行した。
本来は父さんに仕えているんだけど、今回、俺が花嫁の護衛任務に就くにあたって助力してくれることになっている。
サテンドラは俺を見ると、手に持っていたノートサイズの黒板にチョークを走らせ「何かご用ですか?」と書いて見せた。
「ああ、クリスティア姫たちに皆を紹介するんで鍛錬場へ行くんだけど、先にサテンドラを紹介しようと思って。ちょっと来てくれ」
俺がそういうとサテンドラは頷き、置いてあった灰色のローブを纏って後をついてくる。
さっきクリスティア姫たちと別れた場所に戻ると、クリスティア姫はメリー殿と語らいながら興味深げに花々を見ていた。さすがというか当たり前というか、そんな二人とは違いサヴィト殿は周りを警戒しており、いち早く俺たちに気づく。
「お待たせしました」
失礼にならなさそうな距離で声をかければ、しゃがんでいた姫が慌てて立ち上がる。
そして綺麗な緑と青の瞳を、庭から俺の後ろに居るサテンドラに移した。
「そちらは御者の方ですよね。わたくしクリスティア・ラウラ・マリカ=エスカータです。昨日はお助けいただきありがとうございました」
クリスティア姫が俺に挨拶した時と同じく、スカートの両すそを持ち上げて挨拶をする。
サテンドラはクリスティア姫の前で片膝をつき手に持っていた黒板を地面におくと、恭しく頭を下げた。
「クリスティア姫、こちらはサテンドラです。父に仕えてくれている魔法師なのですが今回は俺たちに同行します。あっ、えーと、サテンドラは喋れないので筆談で失礼させていただいても?」
「もちろんですわ。どうぞこれからもよろしくお願いいたします。サテンドラ様。こちらは私の大切な騎士のジークロードと侍女のアーニャです」
クリスティア姫が紹介するとサヴィト殿とメリー殿が一礼する。
サテンドラは立ち上がると二人に合わせて一礼したのち、黒板に「サテンドラです。よろしくお願いいたします。カデル坊ちゃんは粗野ですがいい子です」とか書きだしたので後半は姫たちが読む前に奪って消した。
なんてことを言うんだこいつは。
サテンドラを睨みつけると、意に介していない様子でにっこり笑った。
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