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61 脱出
しおりを挟む「……それで、前回の女王陛下の婚約発表の時は王城で働くもの全員に金一封が支給されたのですって」
こそこそと扉前に控える若いメイドが顔見知りなのだろう護衛に話している。
朝の爽やかな日差しの中、俺の部屋にはそれなりに豪華な食事が用意されていた。
配膳をしてくれている年嵩のメイドにも若いメイドの声が聞こえるのだろう、バツが悪そうな顔をしている。
たぶん、父を知っているある程度の年齢の使用人はそれなりに俺に敬意を払ってくれるけど、若い者はαでない俺を軽視するようだ。結構わかりやすい。
狸貴族たちもどうかと思うが王城の使用人教育も少し考え直した方がいいかもな。地方貴族の屋敷勤務よりも給金が高いのに礼節がなってないなんて考えものだ。
それはさておき。今はせっかくだ、この状況を利用させてもらおう。
「殿下の婚約発表の日取りが決まったんですね。めでたいなぁ、いつになったんですか? 皆さんも突然の準備で大変でしょう」
俺は美味しそうな菓子パンをテーブルに置く年嵩のメイドににこやかに話しかける。
一瞬叱責されるのかと身構えたメイドだったが、俺の言葉にあからさまに安堵した顔になった。
「婚約発表は明後日の夜会で行うとのことです」
「ああ、もともとオデット皇女が帰国される前に行う予定だった」
「はい、ですので準備はそこまで変更がなくホッとしております。エーデルガルド伯爵から前もって色々とご指示もいただいておりましたし」
「さすがエーデルガルド伯爵ですね。先見の明がある」
「ええ、ええ、そうなんですよ」
年嵩のメイドがそれはもう嬉しそうにするのを見て、俺の部屋に来る使用人もエーデルガルド派の人間なのだと把握する。
それなら俺もそこはかとなくエーデルガルド伯爵を持ち上げよう。その方が会話も弾むだろうしメイドの口も軽くなるはずだ。
「……それにしても婚約期間をちゃんと設けるんですね。エーデルガルド伯爵の手腕なら二人をすぐに結婚させられると思っていたのに」
「それがどうもジス皇国から風習どおり婚約期間を半年持ちたいと言ってきたらしいんですよ。全くあの国は伯爵に恩しかないっていうのに、こういう時に気が利かないっていうか」
俺の狙いは的中で、紅茶を準備しながらも年嵩のメイドは俺の会話に答えてくれる。
「はは、皇女殿下も急なことでは準備もできないんでしょう。国を挙げてのことですしあちらにも色々ありますよ」
「それはそうかも知れませんけど、でもほらご存じでしょう? ヒューベリオン殿下は男色だって言うじゃないですか。それがやっと腹をくくって結婚するというのに、そんなに期間をあけたら気が変わってしまうんじゃないかしらって私達は心配で」
菓子パンに手を伸ばしかけていた俺の手が止まってしまう。
……うん、使用人の教育マニュアルをつくろう。早急にだ。
あけすけに自分の雇い主の一人でもある殿下のことを話すメイドに、俺は内心を悟られまいと笑顔で答えた。
「本当にそうですよね。御子も早く作っていただきたいし、即結婚されれば良かったのに」
「ですよね。婚約発表はおめでたいことですけど……」
「あらでも、婚約発表と結婚が別なら二回お祝いがでるらしいですよ! 私は別々で嬉しいです」
いつの間にやら年若いメイドも俺たちの会話に参加してきた。
いやもう本当に再教育必須だろう……俺のことを軽視してるとしても、なんというか、これはさすがに……うん。
俺は内心途方に暮れながらも、表情筋を管理して笑顔をつくり、できる限りの噂話と情報を聞き出したのだった。
メイドたちの話によれば、ヒューベリオン殿下とオデット皇女の正式な婚約発表は明後日の夜だ。元々行う予定だった夜会なので準備はスムーズに行われているとのこと。エーデルガルド伯爵は初めからここでの結婚発表を狙っていたらしく、来月には式の手配も秘密裏に進めていたらしい。
とにかく流れに乗せてしまってなし崩しに進めてしまおうという魂胆なのだろう。
王城内の雰囲気としては、やっと殿下が妃を迎えることに歓迎ムードのようだ。
優しくて麗しいαの殿下と可憐な異国のΩの皇女の組み合わせは、若い使用人たちからは特に羨望の眼差しを向けられており、理想のカップル化されているらしい。まぁこちらは皇女が来たときからそういうムードはあったが。
カインのように違和感を感じている者は少ないようだ。これもまぁ殿下に近しい者でなければ気付けないだろうから仕方ない。
「うーん、さすがに正式な婚約発表のあとに解消するとなると色々と面倒事が増えそうだよな」
これがもしオデット皇女が主人公の話だとしたら、婚約破棄するバカ王子はヒューベリオン殿下になってしまって、ザマァされてしまうかもしれない。ありえなくはないよなぁここ漫画の世界だろうし。そうするとジスと睨み合っている国の若き王あたりが男主人公になってくるのだろう。
敵国の王と王女のさぐり愛、いいんじゃないかこの設定。……おっと、思わずオタク知識が顔を出してしまった。
俺の妄想は置いておくとして、ヒューベリオン殿下とオデット皇女はお互い一国の王子と皇女だ。
今後のことを考えると正式な婚約発表をする前に殿下に会って、考え直してもらった方が双方の傷が浅くて済むのは間違いない。
「でも、ここまで来て殿下が考え直したからと撤回できるものなんだろうか……」
ヒューベリオン殿下の意志以外にも、もっと決定的にこの婚約を覆す何かが必要なんじゃ無いだろうか。
「うう、頭がこんがらがる」
俺がリアルに頭を抱えていると、扉の外がにわかに騒がしくなった。
昼食にはまだ早いし、なんだ?
怪訝に思いながら扉を見つめていれば、俺の許可なく扉が開く。
一瞬、エーデルガルド伯爵がやってきたのかと身構えたが、部屋に無断で入ってきたのはアレスだった。
「時間がない、とっととこれに着替えろ」
アレスは部屋に入るなりそう言うと、俺に袋を投げつけてくる。その様子があまりにもいつも通りで思わず笑ってしまった。
……そうか、もうあの事件から三日経ってるんだな。元気そうでよかった。
俺はアレスから受け取った袋に視線を移す。袋の中には従者の制服と茶髪のおかっぱのカツラが入っていた。
「え? なにこれ」
戸惑いつつもそそくさと着替え始めた俺にアレスは呆れたような表情を浮かべる。
「説明しねぇでいいのは助かるが、もう少し相手を疑うっての覚えた方がよくないか?」
「俺だって信用する相手はちゃんと選んでます」
呆れ顔のアレスに俺は自信満々な顔で言い返す。相手がアレスじゃなきゃ説明も聞かずにここまで即決即行動はさすがにしない。
まあそうはいっても本気で今の俺には打つ手が思いつかないから、チャンスがあればどんなものにでも乗っかるしかないんだけどね。
「それを着たら夜間従者が待機する部屋にいけ」
「!? アレスは一緒に行ってくれないのか?」
「俺は他にやることがある」
イケメンのやれやれ顔からしか得られない栄養ってあるよなぁと思いつつ、三分で着替え終えればアレスがカツラを整えてくれた。
久しぶりに嗅ぐミントの香りになんだかホッとする。
「アレス、この間は申し訳なかった。俺のせいであんな……」
普段よりも近くに立つアレスの整った顔を見上げて謝罪をすれば、アレスの顔が近付いてきてそのまま俺の言葉を形の良い唇が塞ぐ。
アレスの唇が俺のくちを……塞ぐ?????
ぎゃ!!
俺はアレスに唇を押し付けられていた。唇が触れているだけだけど、こ、こ、こ、これってキスなのでは?!?!?
思わず固まってしまった俺の顔を見つめて、赤い瞳が楽し気に笑う。
「悪いのは突っかかってきたアイツらだ。ミルドリッヒ様じゃねぇよ。おら行くぞ」
アレスはなんでもない顔をしてそう言うと、俺の背を叩く。
何が起きたのか思考がついていけず頭の中が真っ白のままアレスに促されて廊下へ出ると、俺の部屋の前にいた護衛、もとい監視役の二人が気絶していた。
はっ! いかん、今は呆けている場合ではない。
俺は扉の前でアレスと別れると、言われた通りに従者の控室へ向かう。
まだ昼間なので普段であれば無人のその部屋には侍従長が待っていた。
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