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60 新たな人物相関図
しおりを挟むヒューベリオン殿下に会えないなら女王陛下に話を聞こう!
しばし呆然としていた俺だが、とりあえず殿下のことは一旦おいておくとして、そもそも王命だった仕事が取り上げられた理由を聞くため陛下への謁見を申し出ることにした。
べ、別に現実逃避をしたわけじゃない。これはれっきとした戦略である。うん、そういうことである。
こちらは通常でもすぐにと言うわけにはいかないので、陛下からの返事を待つしかない。
普段なら時間が空いていれば数時間後にでも呼び出しがかかるが、その日はなんの連絡も来なかった。
あまりにも俺がアクティブに動きすぎたせいか、翌日の朝、起きれば廊下には俺の護衛と名乗る騎士が二人程おり、俺が部屋から出ようとするのを阻止してきた。
たぶんこれはエーデルガルド伯爵の差し金だろう。殿下の差し金かとも思ったが、一度も見たことのない顔ぶれなので、エーデルガルド家派閥の縁者なんじゃないかと思う。
かろうじて食堂に行くことは出来たが「昼食からはこちらにご用意します」と言われてしまった。これはもう軟禁状態である。
まあ、気絶させられた時に「自室に閉じ込めておけ」と言っていたから仕方ないかもなぁと今更ながら思う。
ちょっと昨日は派手に動きすぎたのかもしれない。
さて……どうしたものか。
とりあえず陛下からの呼び出しを待つとして、監視がついたけども、残念ながら俺にはすでに打つ手が思いついていなかった。
例えば脱走したところでその後どうする? って感じだし、俺の今の立場も正直よくわからない。
オデット皇女からは妙案をと期待されはしたが、俺のアイデアはあくまでも日本で生活して培ってきた知識だ。
天才のひらめきではない。
「……こういう時こそ、書き出してみるか」
俺は机の中からノートを取り出す。
途中で書くのを止めた「真昼の月と夜の太陽が出会う空で」の設定を書いたノートだ。
「全然内容変わっちゃったな……」
ノートの表紙を撫でて俺は苦笑する。
主役の二人、ヒューベリオンとアレスが恋仲でない時点で漫画の設定というか、α同士の熱愛というか、主軸たる禁断の愛が成立していない。
どこで変わってしまったのか……とその推測はとりあえず横に置こう。今必要なことを考えるんだ。
「ええっと……殿下は何で俺に会いたくないんだろう……アレスには会いたかったりするのかなぁ」
オデット皇女はヒューベリオン殿下の想い人は俺だと言っていたが、今の状況を思うとそんな気はあまりしない。
漫画の設定とはかなり変わっているのに、俺が殿下の人生にとって邪魔者なことは変わらないんだろう。皮肉なものだと思う。
「と、いけない。とりあえず先入観は取っ払ってと」
俺はノートを開くと日本語で殿下とアレスの名を書き、二人の間に両思いを表す双方向の矢印とハートマークを書くと、その矢印のうえにバッテンを書いた。
続いて俺の名前を二人の下に書き、殿下から俺に矢印を引く。
もし、例えばだ。
ヒューベリオン殿下が本当に俺を好きだとする。今この状態で会いたくない理由はなんだ?
「やっぱり訓練場での事が原因だろう。俺に合わせる顔がない……あ、もしかして、君主としてあるまじき行動をとったから?」
感情に任せて折檻するなど暴君のすることだ。賢王のすることではない。
誰よりも気高く公明正大な王を志すヒューベリオン殿下の理想とは大きく違う。
俺はあの時アレスに強引に連れ去られはしたが、その腕を振りほどくこともせず、殿下を止めることも声をかけることもなく立ち去った。
「殿下はもしかして俺が幻滅して殿下を見限ったと思った……のか?」
そんなこと考えもしなかったので思いつきもしなかったが、殿下がそう思っている可能性はゼロではない。
「もし本当に俺が殿下の想い人だとして、あの場でなにも言わずに立ち去って、その後も会いに来なかったら……ショックを受ける、かも?」
そこは想い人とか関係なく一番近くで共に育った、幼馴染で親友で兄弟みたいな従兄弟の俺が殿下を恐れて逃げてしまったと勘違いしたなら普通に傷つくだろう。
俺だってかわいい妹や弟が、俺が戦う姿を見て怯えて立ち去って、顔も見せてくれなかったら物凄いショックを受ける。怖がらせたと思って自分からは近付くのをためらうだろう。
「そう……考えたら、合わす顔がないの意味は分かるかも」
そして殿下が投げやり気味で意気消沈しているのも納得できる。
ノートに書いた俺の名前から殿下へ向けて矢印と、その横に見捨てたと書く。
殿下から俺への矢印の横にはハートマークだ。
ふむ、これが例えば二巻の登場人物の相関図だとしよう。あらすじ風に今の状況と俺の推測を書いてみる。
「想い人に見捨てられたと思ったヒューベリオンは王太子としての責任を全うすることで、築いてきた信頼を取り戻そうとする、と。……うん。ヒューベリオン殿下は放っておくと自己犠牲で済ませようとするところがあるからな」
アレスのためと身を引き望まぬ結婚をした漫画の受ヒューベリオンもだが、俺の殿下でもやりそうな流れだ。
ふと目に入った小瓶を手に取る。ほんのりとホットミルクの甘い香りがする。そういえばこれ、たぶん殿下のフェロモンの匂いがするんだよな。マーキングとはこれのことなのかもしれない。
うーん、本当に殿下の考えがわからない。
今の状況がアレスを起用した時のように何か考えがあってのことならいい。だけど……。
「……殿下、諦めちゃったんだろうな」
幼い頃、真面目すぎるほど張り詰めて優等生の王子を頑張っていたときと同じだ。寂しさや辛さなど誰にも悟られてはいけないと、子どもらしく甘えることを諦めていたあの頃と同じ。
でも、もしも、もしもだ。
俺から殿下の矢印を太くして、先ほど書いた文字をハートで囲い、見捨てたの文字と共にハートマークを塗りつぶす。
この図が正しいと分かったら、殿下は俺と一緒に居る道を選んでくれるんじゃないだろうか……。
ノートに書いた日本語を客観的に見つめていれば、なんとなくそんな気がしてきた。
俺はノートを閉じて引き出しにしまうと深呼吸する。
合わせる顔がないと思っているのはヒューベリオン殿下だけだ。
幼い頃、俺がスペアだと勘違いしていた時と同じ。勝手な思い込みで俺のことを判断している。
「これは久しぶりにガツンと言わないとな」
そして抱きしめるのだ。
子どもの頃のように泣くことはないだろうけど、それでも俺の事を信用してくれるまで側にいるんだ。あの程度で俺は殿下を見限ったりなどしない。
ああ、ヒューベリオン殿下に会いたい。
そのための糸口を少しでも見つけなくては。
ついこの間まで実家に帰って距離を取ろうと思ってたのに、もしかして自分が殿下の想い人かも? なんて希望を持てばすぐにこんな事を思ってしまう。欲望に忠実すぎるだろって思うけど、好きなんだから仕方ない。
俺は決意を新たにしたものの、その日も女王陛下からの呼び出しはなく、ただ部屋から空を見上げて殿下の見惚れるほど美しいサファイア色の瞳に想い馳せることしかできなかった。
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