オメガバα✕αBL漫画の邪魔者Ωに転生したはずなのに気付いた時には主人公αに求愛されてました

和泉臨音

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55 「女の勘ですわ」

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「あら、髪型を変えたのねミルドリッヒ。短い髪も似合っていてよ」
「……恐れ入ります」

 訓練場での騒動があった翌朝、オデット皇女の待つ北の離宮へ行けば皇女は驚いた顔で俺の髪を見たが、すぐに笑顔で褒めてくれた。
 そういえば髪型が似合っていると言われたの、久しぶりかもしれない。
 重く沈んでいた気持ちが少し軽くなった気がする。俺は気持ちを切り替えるように一呼吸置くと、いつも通りの笑顔を浮かべる事ができた。
 よし、俺はやれば出来る子だ。自画自賛しつつ俺は自分に与えられた任務をこなすことにする。

「本日のオデット様のご予定なのですが、もう一日大事を取って休養していただこうということになりました」
「まぁ……そうですの」

 こちらの都合で突然予定を変更したというのは皇女にもバレているだろう。
 理由を聞かれたり不満を言われるだろうと思い色々言い訳も用意していたが、オデット皇女は何度か瞬いた後「わかりました」と微笑んだだけだった。


 昨日、俺はアレスに半ば拘束されたまま騒ぎを聞きつけやってきた騎士団の医務班に引き渡され、医務室に連れて行かれた。
 そこで呆然と大人しくしていれば、知らせを聞いてやってきたらしい侍従長が青ざめた顔で散髪師を連れてきて、ザンバラだった俺の髪を綺麗に整えてくれた。ウルフカットと言うんだろうか耳が半分くらい隠れるショートカットだ。それこそ俺は王城に来た頃にはすでに髪を結っていたので、十年ぶりくらいに頭が軽くなった。
 そうこうしていればいつの間にやら夜になり、ケーヴァル騎士団長が乱闘騒ぎの目撃証言の確認と詳細の口止めにやってきた。

 乱闘騒ぎ……騎士たちによるアレスへの集団暴行だが、これは喧嘩両成敗となり全員三日ほど反省部屋に入ることになったと言われた。罰はすでに決まっているが一応何があったのか俺にも聞きに来たらしい。
 見たことを素直に話せば師匠、ケーヴァル騎士団長はうんざりした顔をしつつも「ま、アイツらの言ったとおりだな」とぼやいた。

 あの子どもじみたイジメをしていた騎士たちが素直に悪事を話したことを不思議に思っていれば、逆上した殿下の気迫にビビって全員懺悔をしたとのこと。

 そう、ヒューベリオン殿下はあの時、許しを請う騎士の言葉を無視して冷酷にも何度も痛めつけた、らしい。
 らしいと言うか、殿下は必要以上に制裁を加えたと師匠は苦笑しつつもハッキリと言った。

「だがな、ミルドリッヒ。殿下が感情のままに行動したなんてこたぁあっちゃいけねえことなんだ」
 
 出来るだけ神妙な顔で言う師匠に俺も重々しく頷く。

「殿下は騎士同士の喧嘩に巻き込まれて負傷した。しばらく自室で療養する」
「えっ! 殿下が怪我を?!」
「ばっか、怪我したのは制裁された奴の方だよ。殿下はピンピンしてる……あーいや、かなり落ち込んでるからピンピンはしてねぇけど、かすり傷一つついてねぇよ」
「良かった……でも、それならなんで……」 
「ロイド、あーエーデルガルドな、が殿下にも謹慎させるってさ。さすがにやりすぎたからなぁ、殿下も大人しく従ったわけだ」
「エーデルガルド伯爵が?」
「アイツはこういう時行動が早い、さっそく口止めと裏工作しやがった。危うくアレスが全部罪をなすり付けられそうになってな、さすがにそりゃあ可哀想だろってんでどうにか話をつけたが」

 師匠は顎髭を弄りながら苦笑する。「お前のことだから分かっちゃいると思うが、これ以上巻き込まれないよう余計なことを誰にも言うなよ」と苦笑しつつもしっかりと釘を差し、俺を部屋まで送り届けて立ち去っていった。

 もちろんあの時の事を誰かに言うつもりなんてない。
 優しい殿下はご自身の行動に心を痛めているだろう。だけどあれは俺が迂闊だったからいけないのだ。責任はすべて俺にある。
 あとできちんと殿下に謝罪をしなくてはと思いつつも、まずやるべき自分の仕事を遂行する。これ以上迷惑はかけられない。

 訓練場での騒ぎはそれなりに大ごとになったらしく、エーデルガルド伯爵が動いたが完全には情報を封じれなかったらしい。
 一部の者がヒューベリオン殿下が乱心したと浮足立っており、キールに言わせると普段よりも王城内でαのフェロモンを強く感じるとのこと。なので念の為オデット皇女には本日も北の離宮に引きこもってもらうことになった。
 つまりオデット皇女を離宮へ足止めするのが今やるべき俺の仕事である。


「お読みになりたい本などあれば見繕ってお持ちしますが」
「それなら貴方に話し相手になっていただきたいわ」

 笑顔で俺を見つめる皇女はそう言うとソファーへ移動する。断る理由もないので俺も皇女の後へ続くと、絶妙なタイミングでラターシャがティーセットを用意した。
 珈琲の香りが体に染みる。ソファーへ座り良い香りに包まれれば、知らず強張っていた体がほぐれる気がした。

 北の離宮はイゴー伯爵が自慢したように大幅改修されており、少しばかり派手さが増してはいるがオデット皇女の光り輝かんばかりの容姿にはとても似合っている。
 柔らかい動作でカップを口元に運ぶ皇女を横目にしつつ、俺も珈琲を一口飲む。

「そういえば昨日は大変だったそうね? ヒューベリオンさまが必要以上に部下を折檻せっかんしたって聞きましたわ」
「んぐっ」

 俺は思わず飲んでいた珈琲を吹きかけて慌てて飲み込んだ。危ない、とんだ粗相をするところだった。
 というか、なんで皇女がその事を?? エーデルガルド伯爵が情報操作したのでは???

「ど、どこからそのような……?」
「親しくなったメイドが話していたとうちの者が」

 オデット皇女はそう言うとラターシャに目配せする。それを合図に室内にいた者たちは壁まで下がり、俺と皇女の会話が聞こえる位置から誰もいなくなった。

「エーデルガルド伯の使いからは騎士同士の喧嘩があり、それを止めに入られたヒューベリオンさまが負傷されたと聞きましたけども、その場に貴方もいたのではなくて?」
「……なぜそのようなお考えに?」
「女の勘ですわ」

 皇女はそう言うとご自身の髪をくるくると指に巻きつけた。


 
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