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45 酷い夢
しおりを挟む俺の部屋に来た殿下はご機嫌斜めだ。
珍しく人払いをし二人きりの室内である。たが、俺がドギマギしているのは殿下の機嫌でも二人きりだと言うことでもなく、ソファーに座ったヒューベリオン殿下をなぜか背もたれにするように俺が殿下の足の間に座っていることである。
わぁ、いつも上半身に目がいってしまうけどこうやって並べて見ると俺と殿下の太股の太さも違うなあ。殿下の筋肉で引き締まった足は俺のスーッした足よりもずっと逞しい。俺に女性向けの護身術を習うよう言った師匠は先見の才があったんだな、さすがだ。
いつの間にやら現実逃避していた俺の背中から大きなため息が聞こえた。
「……はぁ。決まったものは仕方ないし、ミルヒの才覚を考えれば妥当な人事たとは思う……けど、ミルヒを表に出したくない」
腹に両手を回して後ろから抱きついた殿下は俺の肩に頭を乗せると、うーっと低く唸っている。
殿下は昔から俺が一人で行動するのを嫌う節がある。それこそ幼い頃は俺が活躍することで殿下の立場が危うくなるのではと危惧しているのかと思ったが、今は単純に自分のものが他人に取られそうで嫌だという感覚なのだろう。それだけ俺が有能な部下として認識してもらえているのが嬉しい。
殿下は俺を俺としてみてくれる。天才αだとか言われていた頃と接し方は変わらない。
それが、今はすごく嬉しい。
「表にって言っても、オデット皇女の対応するだけですよ」
「国外のやつにミルヒが見られるのもやだし、あのいけ好かない奴らと会話をさせないといけないかと思うと虫酸が走る」
ぎゅっと殿下の腕に更に力が込められて俺は完全に殿下に寄りかかるというか、殿下が負ぶさってきてるというか、とにかく密着する状態になった。
いつもよりも更に濃い殿下の匂いと熱い体温が気持ちいい。
「俺は外に見せられないほどみっともないですか?」
「っ!? そういう意味じゃない。取られそうで嫌なだけだ」
珍しく殿下が気持ちを素直に述べる。これは相当今回の件が嫌なのだろう。
「大丈夫ですよ殿下。何があっても俺は殿下の味方です」
俺は肩に乗るサラサラの金髪をそっと撫でる。殿下は頭の丸みまで完璧だな。よしよしと撫でていれば更に殿下の甘い香りが強くなった気がした。
「うん、今はその言葉で十分だ。ミルドリッヒ、信じてるよ」
低く決意を込めたような声で殿下が俺のうなじ付近で囁くから、熱い吐息までかかってしまってゾクリと全身に何とも言いがたい衝撃が走った。
「さあ時間も遅くなってきたし、今日のマッサージをはじめよう」
「あ、それなんですがこれから忙しくなるし、殿下との時間も取りにくくなると思うので今までみたいには出来ないかと。なのでとりあえず今夜で終了というのはいかがですか?」
「……うん、そうだね、わかった。本当は疲れた時にこそやってあげたいけど……その方がいいね。じゃあ今日は少し念入りにマッサージするよ。上着を脱いで」
「はい」
最近は背中とかも揉んでくれるので基本上半身裸だ。
いつもはベッドに横になってそのまま寝落ちしてしまうんだけど、今夜はこの体勢のままやるようだ。
殿下に上半身と言えど裸体を晒すのは恥ずかしくないわけじゃない。胸板の厚みとか、俺はあくまでも平均的だと思うが殿下と比べると貧相この上ないし、アレスとなんて比べたら見劣りするのは間違いない。
「よろしくお願いします」
俺が上着を脱ぐと、どこからともなく特製マッサージオイルを取り出した殿下が俺の背中を濡らしてゆっくりと指を這わせる。
首とか肩甲骨周りとか……はぁマジで気持ちいい。デスクワークが多すぎるせいだろうけど、少し運動しないとだよな……。
普段は背中や腕しか触らない殿下の手が今日はお腹にもヌルリとやってきた。
先程抱きつかれた時のようにへそあたりを殿下の大きな手が固定するように掴み、いつもよりも強い力で背中を指圧される。
「……んっ、ふぐぅ」
「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してくれ」
「ぅん……へいき、です。きもちぃ……」
強く押され変な声が出てしまっているがイタ気持ちいいと言うやつである。「あっあっ……」と声を出す俺に殿下は笑いをこらえているのか体を震わせているのが伝わる。でもこれは殿下のせいでもあるんだからな。
俺が腹にある殿下の手に手を乗せれば、俺の手を乗せたまま殿下の指が腹回りも刺激しだす。
ヌルヌルとした殿下の指が体中を這い回り、甘い甘いホットミルクの香りが次第に俺の意識を奪っていく。
「今日もお疲れ様、ミルドリッヒ。ゆっくりおやすみ」
「……ひゃい」
俺はいつの間にか全身の力が抜けていた。背中から覆うように殿下に抱きしめられているのを感じれば、この上ない安心感と高揚感に包まれる。
浮遊感を感じたのは殿下がベッドに運んでくれたからか。
俺は完全に甘やかされて眠りについた。
ペチャ、ペチャというスープを汚らしく飲むような、動物が水を飲むような、そんな水音が聞こえる。
お腹が……熱い。
手で自身の腹に触れてみようと思うのに身体が……動かない。
なんだろう、お腹をナメクジが這うみたいな感覚もする……。
俺がぼんやりと目を開け腹を見れば、そこには金髪の頭があった。暗い中でもその髪色の優美さや頭の形の綺麗さは隠しきれていない。見間違うことなんて無い。ヒューベリオン殿下の頭だ。
「でん……か……?」
俺が問いかければ頭が動きを止める。それと同時に水を舐めるような水音と腹を這うヌメリとした感覚が止まった。
『ああ……目が覚めたのかミルドリッヒ』
殿下は顔を上げるとサファイア色の瞳で俺を見つめてくる。
俺はなぜか一糸まとわぬ姿でベッドに仰向けで横になり、殿下は俺の上に乗っていた。上と言っても下半身部分で、殿下の頭は俺の腹にある。
殿下は俺と目が合ったはずなのに、再び俺の腹を舐め始めた。
そう、ヒューベリオン殿下が俺の腹を舐めている。
なんだ、これっ?!?!
殿下の力強い手でガッチリと腰をつかまれているせいだけではないが、俺は体を動かすことが出来ない。
ペチャリ……ペチャリ……。
唾液なのかマッサージオイルなのか分からないが俺のへそ周りはかなりベチャベチャだろう。
そこを殿下の生暖かい舌がゆっくりとゆっくりと何度も何度も這い回る。
「ぐぅっ……」
『ふっ、ミルドリッヒははしたないな。こんなにしてしまって』
再び体を起こした殿下は俺を見てニィっと気味の悪い笑顔を浮かべると、俺からも見えるように俺の腰をもたげて反応してしまっている俺の男の象徴を見せてきた。
「うっ……」
『でもね、ミルドリッヒが昂らせなければならないのは、こっちだよ』
「ヒッ!」
殿下は気味の悪い笑顔を浮かべたまま、その太くて逞しい指を容赦なく俺の尻穴に突き刺した。オイルのヌメリのおかげか殿下の指は抵抗なく俺の体に飲み込まれていく。
『ここ、ここをね、Ωはグチャグチャにするんだ』
「あっ、まっ、でん……ひゃぁっ!」
殿下の指がいつの間にか三本俺の身体に入っていて、穴を広げるように容赦なく抜き差しし中を穿り回される。
嫌なのに、こんなの嫌なのに俺の体は気持ちいいと殿下に媚びるように殿下の指が良いところを擦るように腰を振る。
『いいかいミルヒ、忘れないで』
いつの間にか目が覚めたときと同じ状態で、殿下は俺の腹を舐めていた。
気持ち悪い笑みはゾッとするほど無機質な無表情に変わっており、青い瞳には何も映していないのに空虚なまま俺を見つめている。
『ここは、私とアレスの子を作る大切な場所だよ……』
「ッ!!!!!!!」
心臓が口から出るのではないかと思うほど五月蝿く鳴り響く。
恐怖と嫌悪と、だけど快感とよく分からない感情で訳が分からない。
「………………ゆ、ゆめ?」
部屋は薄明るく、まもなく夜明けの時間だと告げている。
俺はしっかりと夜着をまとっており、毛布もかけてベッドで横になっていた。
嫌な汗が身体を伝う。指先が妙に冷たい。
室内はうっすらと殿下の香りがするものの、無人で、いつも通りで、俺が寝てから殿下は俺の身体を拭いて部屋に戻ったのだろうと理解できる。
夢の中では全く動かなかった体は当たり前だが動かすことは出来て、俺はベッドの上で膝を抱えて座った。
下半身がぐちょっとする。
俺が知るヒューベリオン殿下は絶対にあんなことはしない。後継を望んだとしても、俺やアレスに不義理な道は絶対に選ばない。
それなのに、なんて酷い夢を見てしまったんだろう。己の欲望を反映したに違いない。殿下にあんな事をさせてしまった。
「今回の仕事が終わったら……帰ろう……」
ヒューベリオン殿下の側に俺がいたら、殿下の未来を変えてしまう気がする。
そう思うと無意識に俺は呟いていた。
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