41 / 73
41 完全敗北
しおりを挟む俺は思わず重ねられたアレスの手に視線を移す。握るでもなくただ添えられた手を自分の手と比べて少しばかり劣等感が浮かんだ。
大きくて守りたいものを守れる手を持つアレスが羨ましい。
「……てっきり嫌われてるのかと思ってたから、意外だった」
呟くようなアレスの声に俺は視線をあげてアレスを見る。
こちらを見つめる赤い瞳は穏やかで、ついこの間まで人を小馬鹿にしていた相手とは別人に見えた。
「ま、嫌われるような態度取ってたのはオレだけどさ。さすがのミルドリッヒ様もブチギレるんじゃないかってちょっと楽しみにしてたんだけど」
「は?」
たしかに散々からかわれてるなとは思ってたけど、実際そうだと聞くと普通に腹は立ちますが?
半眼で見つめ返す俺にアレスは先程の雰囲気などどこへやら、いつものように口角をあげて笑った。
あまりの変わりように呆気にとらわれる。アレスはいつものように俺をからかっているだけなのかもしれない。
だけど、先程の様子がすべて作ったものと言う気もしない。もはや勘でしかないが幼い頃から魑魅魍魎を相手にしてきた俺の勘はそれなりに信用できる。
あ、もしかして最近の殿下の行動に不安になっているのかも。一回ならまだしも殿下はここのところ頻繁に俺の部屋に通っている。
たとえ恋人を信じてたって不安にはなるだろう。
だとすればここで俺がすべきことはアレスに俺が敵ではないと伝えることだ。恋のライバル認定されてしまったらそれこそ漫画の設定に近付いてしまう。
邪魔者ミルドリッヒにはなりたくない。
俺は探るような赤い瞳を見つめ返してゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……アレス、君の実力はヒューベリオン殿下の側近として申し分ない。だから君を殿下の側から排除しようとは思わないし、そういう流れにならないようフォローもする。俺のことは目障りかもしれないが君の味方だ、心配しないでいい」
俺はアレスの手を取ると両手で握る。
ルビーのようなアレスの目が驚いたように見開かれた。
「オレのこと目障りだったのはミルドリッヒ様の方だろ?」
「え、いや、それは、目障りというか……その……単純に羨ましかっただけだ」
俺はそこで一度言葉を切ると、握ったアレスの手に視線を移す。
「殿下と共に競える剣技や体格、殿下を補佐できる能力、殿下と並ぶとも劣らない優れた容姿。どれも俺にはないものだし、心底うらやましい」
「はぁ……まぁ褒められて悪い気はしねぇけど、全部ヒューベリオンが基準なのが、なんか釈然としねぇな」
あれ? そんなふうに言ったつもりはなかったが……まあいいか。
「それに知っての通り俺はαじゃない。このまま殿下のお側にいてもお役に立てることは少ないだろう」
「そんなことないだろ。噂とはだいぶ違うし」
「噂?」
「天才αと名高かったミルドリッヒ・アーク・ヴァルドラ公爵令息は凡人に成り下がった」
アレスが目を細めて笑う。俺を笑ったというよりは、口にした噂を笑ったのだろう。
気付けばどこか妖艶な雰囲気をまとったアレスが流れるように俺の三つ編みに指を絡ませる。
「噂を聞いた時はもっと木偶の坊で、ただヒューベリオンに寄生してるだけのクズかと思ってたけど……全然違ったな。まぁ噂があてにならないってのはオレが一番分かってるけど」
そう言うとアレスは俺の髪に口付けた。
俺の、髪に??
ぎゃっ!!!
「なにをするんだ!」
思わず俺はアレスの手を投げ出すと、自分の三つ編みを掴んで引っ張りアレスから奪還する。
俺の反応が面白かったのか、アレスはぶはっと声を出して笑い出した。
「くくっ……その、尻尾踏まれた猫みたいな反応、マジでいいな……かわぃ…」
「笑い事じゃない!」
俺が声を荒げたせいか扉前に待機していた護衛がこちらの様子を伺ってきたので、俺はなんでもないと合図を返す。
「まったく……殿下はこの男のどこがいいんだか」
人のことを馬鹿にしやがって。
ムッスリとアレスを睨んでいれば涙目の赤い目が細められ楽しそうに笑う。
「さっきミルドリッヒ様が言ってただろ? ヒューベリオンには丁度いいんだろ、オレが」
悠然と微笑む黒髪赤目の超絶美形を前に勝てる存在など居るのだろうか。いや、いない。
「そうだな……うん、そうだった」
俺も勿論完全敗北である。顔がいいと全て許されるって言葉を痛感する日が来ようとは。
この自信満々のアレスを見た限り全く俺のことなんてライバル視してる気配はない。殿下との交際は順調なのだろう。俺が心配することもなかったようだ。羨ましくなんか……いや、ものすごい羨ましいです……。
脱力する俺に従者が謁見の間へ向かうよう呼びに来た。
そういえばアレスとの会話ですっかり女王陛下のことを忘れていた!
「我らが女王陛下に忠誠を」
立ち上がった俺を見上げてアレスが騎士団がよく使う挨拶を呟く。
口角をあげて意地悪い微笑みを浮かべてはいるが、その瞳には少しばかり心配の色が滲んでいた。
……そうか、さっき俺が緊張してるっていったから気を使ってちょっかいをかけてきたのだろう。まあ気の使い方としてはだいぶ問題があるけれど。
不器用でさり気ないアレスの優しさに俺はさらに敗北感を味わう。ふわりと香る刺激が強かったミントの香りも、今はとても心地よく感じた。
「……我らに永遠なる祝福を」
いい声で呟いたアレスに対して俺は不貞腐れた子どものように、ふてぶてしく返事をするのだった。
932
お気に入りに追加
1,989
あなたにおすすめの小説
【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど?
お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!?
※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います
緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。
知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。
花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。
十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。
寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。
見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。
宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。
やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。
次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。
アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。
ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

婚約破棄されるなり5秒で王子にプロポーズされて溺愛されてます!?
野良猫のらん
BL
侯爵家次男のヴァン・ミストラルは貴族界で出来損ない扱いされている。
なぜならば精霊の国エスプリヒ王国では、貴族は多くの精霊からの加護を得ているのが普通だからだ。
ところが、ヴァンは風の精霊の加護しか持っていない。
とうとうそれを理由にヴァンは婚約破棄されてしまった。
だがその場で王太子ギュスターヴが現れ、なんとヴァンに婚約を申し出たのだった。
なんで!? 初対面なんですけど!?!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる