オメガバα✕αBL漫画の邪魔者Ωに転生したはずなのに気付いた時には主人公αに求愛されてました

和泉臨音

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41 完全敗北

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 俺は思わず重ねられたアレスの手に視線を移す。握るでもなくただ添えられた手を自分の手と比べて少しばかり劣等感が浮かんだ。

 大きくて守りたいものを守れる手を持つアレスが羨ましい。

「……てっきり嫌われてるのかと思ってたから、意外だった」

 呟くようなアレスの声に俺は視線をあげてアレスを見る。
 こちらを見つめる赤い瞳は穏やかで、ついこの間まで人を小馬鹿にしていた相手とは別人に見えた。

「ま、嫌われるような態度取ってたのはオレだけどさ。さすがのミルドリッヒ様もブチギレるんじゃないかってちょっと楽しみにしてたんだけど」
「は?」

 たしかに散々からかわれてるなとは思ってたけど、実際そうだと聞くと普通に腹は立ちますが?
 半眼で見つめ返す俺にアレスは先程の雰囲気などどこへやら、いつものように口角をあげて笑った。

 あまりの変わりように呆気にとらわれる。アレスはいつものように俺をからかっているだけなのかもしれない。
 だけど、先程の様子がすべて作ったものと言う気もしない。もはや勘でしかないが幼い頃から魑魅魍魎を相手にしてきた俺の勘はそれなりに信用できる。

 あ、もしかして最近の殿下の行動に不安になっているのかも。一回ならまだしも殿下はここのところ頻繁に俺の部屋に通っている。
 たとえ恋人を信じてたって不安にはなるだろう。

 だとすればここで俺がすべきことはアレスに俺が敵ではないと伝えることだ。恋のライバル認定されてしまったらそれこそ漫画の設定に近付いてしまう。
 邪魔者ミルドリッヒにはなりたくない。

 俺は探るような赤い瞳を見つめ返してゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……アレス、君の実力はヒューベリオン殿下の側近として申し分ない。だから君を殿下の側から排除しようとは思わないし、そういう流れにならないようフォローもする。俺のことは目障りかもしれないが君の味方だ、心配しないでいい」

 俺はアレスの手を取ると両手で握る。
 ルビーのようなアレスの目が驚いたように見開かれた。

「オレのこと目障りだったのはミルドリッヒ様の方だろ?」
「え、いや、それは、目障りというか……その……単純に羨ましかっただけだ」

 俺はそこで一度言葉を切ると、握ったアレスの手に視線を移す。

「殿下と共に競える剣技や体格、殿下を補佐できる能力、殿下と並ぶとも劣らない優れた容姿。どれも俺にはないものだし、心底うらやましい」
「はぁ……まぁ褒められて悪い気はしねぇけど、全部ヒューベリオンが基準なのが、なんか釈然としねぇな」

 あれ? そんなふうに言ったつもりはなかったが……まあいいか。

「それに知っての通り俺はαじゃない。このまま殿下のお側にいてもお役に立てることは少ないだろう」
「そんなことないだろ。噂とはだいぶ違うし」
「噂?」
「天才αと名高かったミルドリッヒ・アーク・ヴァルドラ公爵令息は凡人に成り下がった」

 アレスが目を細めて笑う。俺を笑ったというよりは、口にした噂を笑ったのだろう。
 気付けばどこか妖艶な雰囲気をまとったアレスが流れるように俺の三つ編みに指を絡ませる。

「噂を聞いた時はもっと木偶の坊で、ただヒューベリオンに寄生してるだけのクズかと思ってたけど……全然違ったな。まぁ噂があてにならないってのはオレが一番分かってるけど」

 そう言うとアレスは俺の髪に口付けた。

 俺の、髪に??

 ぎゃっ!!!

「なにをするんだ!」

 思わず俺はアレスの手を投げ出すと、自分の三つ編みを掴んで引っ張りアレスから奪還する。
 俺の反応が面白かったのか、アレスはぶはっと声を出して笑い出した。

「くくっ……その、尻尾踏まれた猫みたいな反応、マジでいいな……かわぃ…」
「笑い事じゃない!」

 俺が声を荒げたせいか扉前に待機していた護衛がこちらの様子を伺ってきたので、俺はなんでもないと合図を返す。

「まったく……殿下はこの男のどこがいいんだか」

 人のことを馬鹿にしやがって。
 ムッスリとアレスを睨んでいれば涙目の赤い目が細められ楽しそうに笑う。

「さっきミルドリッヒ様が言ってただろ? ヒューベリオンには丁度いいんだろ、オレが」

 悠然と微笑む黒髪赤目の超絶美形を前に勝てる存在など居るのだろうか。いや、いない。

「そうだな……うん、そうだった」

 俺も勿論完全敗北である。顔がいいと全て許されるって言葉を痛感する日が来ようとは。
 この自信満々のアレスを見た限り全く俺のことなんてライバル視してる気配はない。殿下との交際は順調なのだろう。俺が心配することもなかったようだ。羨ましくなんか……いや、ものすごい羨ましいです……。

 脱力する俺に従者が謁見の間へ向かうよう呼びに来た。

 そういえばアレスとの会話ですっかり女王陛下のことを忘れていた!

「我らが女王陛下に忠誠を」

 立ち上がった俺を見上げてアレスが騎士団がよく使う挨拶を呟く。
 口角をあげて意地悪い微笑みを浮かべてはいるが、その瞳には少しばかり心配の色が滲んでいた。

 ……そうか、さっき俺が緊張してるっていったから気を使ってちょっかいをかけてきたのだろう。まあ気の使い方としてはだいぶ問題があるけれど。
 不器用でさり気ないアレスの優しさに俺はさらに敗北感を味わう。ふわりと香る刺激が強かったミントの香りも、今はとても心地よく感じた。

「……我らに永遠なる祝福を」

 いい声で呟いたアレスに対して俺は不貞腐れた子どものように、ふてぶてしく返事をするのだった。
 

 
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