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39 特製マッサージオイル
しおりを挟むいつの間にやら夏も過ぎ、王都も紅葉の時期を迎えていた。
「―― 本日の殿下のご予定は以上となります。この後はよろしく頼みます、アレス」
「あー……了解」
朝、ヒューベリオン殿下の一日のスケジュールを読み上げてからアレスに引き継ぐのが俺の日課である。
仕度を完璧に終えた殿下はソファーに座り優雅に紅茶を飲んでいる。
その横に立つ最近服装を正すようになったためさらにイケメンキラキラ度が増してしまったアレスが俺からメモを受け取った。
俺が殿下の側仕えに復帰したことでてっきりアレスはお役御免になるのかと思えばそんなことはなく、今度はアレスと俺の二人体制となった。
分担は身の回りの世話はアレスが、政務や勉強などの調整いわゆるマネジメント的な部分を俺が担っている。
うん、そうだよね。
朝起こすのとか洋服用意するのとか……そういう御役は恋人の方が良いよね……。やややっかみつつも少しでも好きな人と一緒にいたいという気持ちは分からないでもないので、この程度の公私混同は黙認することにする。
そんなわけで現在の俺は殿下の仕事の肩代わりもお世話の時間も減ったので、自分のスキルアップと今後の地盤づくりに時間を割くことにした。
見ないようにしていても冬の足音と共に俺が殿下と過ごせる時間も減っているのをヒシヒシと感じる。
まだΩとしての決定的な身体の変化は無いものの、もし俺がΩだとすれば次の試薬検査ではさすがにまったく無反応ということはないだろう。
ちなみに試薬検査は反応が出ない限り、貴族の子女は二十歳まで年に一度誕生月に行うのが習慣である。次の俺の検査まで半年程度しか猶予はない。
「ねぇ、ミルヒ。今夜少し時間を取れないかな?」
「構いませんが? どなたかとお会いになりますか? それなら場所の確保も……」
「違うよ、ミルヒに聞いてるんだ。今夜私の部屋に来てほしいんだけど、駄目かな?」
駄目なことは無いけど……。
俺は思わずアレスの顔を見る。
「て、ことは夜の世話はミルドリッヒ様がしてくれるから、オレは帰っていいってことだな」
「ミルヒがいいって言ったらね」
アレスは俺と目が合うとルビー色の瞳を細めて笑う。相変わらず人を小馬鹿にしたような笑顔だ。
俺と殿下が二人っきりになったところでオレたちの愛は揺るがない、という自信の表れなんだろう。
ほほう、その挑戦買ってやんよ! と思いつつも、まあアレスから殿下を略奪しようなんて考えてませんがね。
だって俺はきっと来年には殿下の元を離れ領地に帰ることになる。今の殿下は十分立派に成長したけど元々真面目で繊細な方だ。弱音を吐ける相手が、支え裏切らない、絶対的な味方がそばにいた方がいい。
……その役目は俺じゃなくてアレスが適任だ。
「構いませんよ。アレスもたまにはゆっくり休んでください」
殿下の世話係は何気に朝から晩まで仕事がある。アレスは遅くまで殿下の部屋にいることが多く、最近は騎士の宿舎へ戻るのが明け方なのだという噂も耳にしている。
殿下の部屋に泊まってないのは不思議だが、着替えをしに戻っているのだろう。殿下とラブラブなのはうらやましい。
あれ? ちょっと待てよ……もしかしてゆっくり休んでってのはあからさまに嫌味に聞こえるだろうか? でも関係を知らない体ならこの返事で間違いない気がするけど……。
俺はそっと二人の様子を伺う。
俺の視線の先には嬉しそうにニコニコ笑う殿下と、物凄くホッとした顔のアレスがいた。
……アレスって体力ありそうだし、浮名も凄いし、ぶっちゃけ絶倫っぽいのに……殿下のほうが精力旺盛なのかな……? まあ歴史的に王族って精力強い印象があるから殿下もそうなのかも? アレス、実は困ってたのか?
そこまで考えて俺は思考を強制停止させる。
いかんいかん。朝からえっちな気分になるばかりか自分にダメージを受けるところだった。
殿下とアレスのことは理性では割り切っていても、感情的にはまだまだどうにも消化しきれていない。ここ数ヶ月実際にアレスと仕事をしていて彼の有能さは痛いほど実感している。殿下を任せられるとも確信できている。だけどやっぱりヒューベリオン殿下のことが好きだなぁという俺の気持ちは膨らむばかりで……。
俺はこれ以上余計なことを考えないよう、改めて夜訪問することを伝えると殿下の部屋を後にした。危ない危ない、感情の渦に飲まれるところだった。
そういえば、俺が呼び出された理由ってなんなんだろう? ……まあ行けばわかるからいいか。
俺は一人納得すると綺麗に晴れ渡る秋空を見上げた。
夕食後、殿下の部屋を訪問すれば朝と同じくご機嫌笑顔の殿下が待ち構えていた。すましていればイケメンなのに無防備な笑顔が可愛いすぎる。
「こっちに来てくれ、ミルドリッヒ」
ギャップがエグい殿下はニコニコしたまま俺をソファーの隣に座るよう促してくる。
そのご機嫌な姿に俺の頬も思わず緩むが、室内にはアレスへの気遣いなのか護衛とメイドが一人ずつ扉前に控えており、ちょっとだけ胸が痛んだ。
殿下と二人きりで過ごせる時間は……もう来ないのかもしれないな。
「ミルヒ? どこか痛むのか?」
沈んだ気持ちが表に出てしまったのか、心配顔の殿下が俺を覗き込んでくる。
「いえ、大丈夫です! ちょっと今日は慌ただしかったので疲れているだけで」
「そうか。それならちょうど良かった」
殿下はそう言うとローテーブルに置いてあった蜂蜜色の液体が入った瓶を手に取る。
「それは?」
「ふふふ、最近マッサージにハマっててね。これは特別に配合したマッサージオイルなんだ」
それはもう本当に嬉しそうに殿下が説明してくれる。王太子に正式に決まった時よりも嬉しそうだ。
「ミルドリッヒにはずっと苦労をかけてきたから労いたいって思ってて……触ってもいいだろうか」
そそくさと殿下はマッサージオイルを手にとってから俺に許可を求める。ここで駄目とは言えないだろう。
そもそも断る気は無いけど。
「勿論どうぞ、お願いします。えっと……」
「手を、腕をまくって」
「はい」
俺は殿下に言われるままに両腕の袖をまくると手を差し出す。
俺の右手を取った殿下は両手でゆっくりと俺の掌を包み込むと、ヌルヌルとオイルを塗り込めるようにしながら指を這わせてきた。
俺の掌を撫でる指が色っぽく見えて思わずドキドキしてしまう。殿下は100%善意での行動なんだろうけど、俺には下心があるので意識してしまうのは仕方ない。
いつの間にかホットミルクのような香りがふわりと優しく漂っていた。もしかしたら殿下のいつもの匂いとこのオイルは同じ成分なのかもな……。
マッサージされてまだそんなに時間は経っていないと思う。
だけど気付けばさっきまで五月蝿かった煩悩の鼓動は収まっており、全身がぽかぽかと心地よい熱に包まれて力が抜けていくのを感じた。
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