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37 宝石泥棒

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 執務室に雪崩込んできた四人の騎士とアレスは剣を構えて対峙している。もしかしなくても廊下で既に一戦交えていたのかもしれない。

「これは何事だ」

 ヒューベリオン殿下が立ち上がり俺の前に出ると、静かな声で突然部屋に乱入してきた者たちに問う。
 ああ、そうだった。
 俺は殿下の背に回ると後方にある大きな窓を警戒しつつ、シュタインたちの様子を伺うことにする。

 行動だけ見ると殿下がまるで俺をかばって下がらせたように見えるかもしれないがそうではない。
 これは殿下の背中を俺が守るという陣形なのだ。
 何かあった時、普通はそちらに気を取られて背後が隙だらけになってしまう。そうならないよう「私の背中はミルドリッヒに守ってほしい」と数年前殿下に言われ、俺は喜んで了承した。
 当時のことを思い出すと今でも胸が熱くなる。出会った頃は俺のことなんて全然信用してなかったのに、やっと殿下に信頼されたのが誇らしく、頼られたのが非常に嬉しかった。
 なので見た目こそ殿下の背に隠れているように見える俺だが、そういうわけでは無い。ちょっと情けなく見えるけどそんなのは殿下の命に比べたら些細なことだ。何があっても殿下の背後は俺が守る。

 いつの間にか男らしく逞しくなった殿下の背中を惚れ惚れと感じながら、俺は目の前で繰り広げられる由々しき騒動に視線を移す。

「ヒューベリオン殿下に申し上げます! アレスは東の宮殿の宝物庫より宝石を盗んだ極悪人です!!」

 殿下の冷ややかな声とは対照的に、シュタインの声は熱気を帯びていた。
 そんなシュタインに感化されたのか、シュタインに従う騎士たちもどこか高揚した様子で浮足立っているように見える。

 東の宮殿は王子宮とも呼ばれ、現在はヒューベリオン殿下の管轄下だ。宝物庫も存在するが王妃が住まう西の宮殿の宝物庫と比べると宝飾品の数は少ない。
 どちらかと言うと絵画や貴重書などの文化的価値が高いと言えば聞こえは言いが、歴史的な価値があるため捨てられずとりあえず保管しておく物が置かれている場所だ。
 物好きからすると宝の山だが、一般的にはあまり換金できるような品はない。
 その分、他の宝物庫よりは警備が手薄だがそこは王城、それでも一般の貴族屋敷よりは警備が厳しい。
 狙うにはリスクが高い割に実入りが期待できない微妙な場所なのである。

 そんなところに侵入してアレスがわざわざ盗みを働くのか?
 それなら殿下の私物を盗んだ方がまだ足がつきにくいし売りやすい物もあるのに……。

「……わかったシュタイン、話を聞こう。だがその前に剣を収めろ。従わぬ者は私への反逆の意志ありとして、この場で斬り捨てる」

 凛としたヒューベリオン殿下の声に思わず背筋が伸びる。真正面から見られないのが悔やまれる。絶対にかっこいいのに! いやいかん落ち着け、俺は俺の役目をちゃんと果たさねば。 
 俺は改めて背後と前方と声だけでも十分かっこいい殿下の背中を交互に見ながら事の成り行きを見守る。

 最初に剣を鞘へ戻したのは意外なことにアレスだった。
 続いて慌てたように騎士たちが剣を降ろす。
 殿下の護衛たちは変わらず剣を構えたままだが、この場ではそれが正しい判断だろう。

 緊迫する空間の中、自分たちに殿下を傷つける意図はないと証明するためか、シュタインは膝をつきそれにならうようにシュタインの手下らしい四人の騎士たちもひざまずいた。

「アレスが宝石を盗んだということだが、証拠はあるのか?」
「もちろん、ございます!!」

 待ってましたとばかりにシュタインは懐から卵サイズの金糸で装飾されたピンクの石を取り出した。

 あれは確かに間違いなく宝物庫にあった装飾品だ。
 昔他国から嫁いだ王妃が持参した母国の伝統工芸品だが、王妃の娘である幼い王女が落としてしまいピンクの石が欠けてしまっている。それゆえこれ自体の価値はほぼない。
 確かにピンクの石は決まった地域の海域でしか採れない貴重なものだ。だけど現在は採掘方法が失われ現存する数が非常に少なく、流通させると逆に出処から足がつく可能性が高いという、盗んでも普通の宝石商なら買い取らないため、その後の処理に困る品物である。
 ゆえに東の宮殿の宝物庫に保管されている。

 ちなみにチャラ男俺様に見えるアレスだがこれでいてかなりの博識だ。
 ピンクの卵型の置物、通称「王女のあやまち」のことも知ってるんじゃないかと思う。
 ちなみに高位貴族の子女は悪意のない失敗を許すこと、特に目下の者には寛大な心を持つことが美徳だと習う時に「王女のあやまち」の逸話を家庭教師から聞かされることが多い。まあ、そこからピンクの石の貴重性まで調べるかと言うと、そこは物好きの類になってくるのかもしれないけど。

 案の定、シュタインが持つピンクの卵を見るアレスの目は呆れている。全身から「そんな金にならねぇもん取らねぇよ」というオーラが出ている。

 だがシュタインはそんなアレスの白けた顔に気付かず、興奮したように話を続けた。

「その男が宝物庫に出入りするのを何人もの人間が見ています。しかもこの宝石を市井の宝石店に持ち込んだのは黒髮の男だと言うではないですか! アレスが犯人で間違いありません!!」

 熱気を帯びたまま語るシュタインや鼻高々な配下の騎士たちとは異なり、執務室内の空気はかなり冷たい。
 アレスが呆れた顔をしているのもあるが、たぶん俺からは見ることが出来ない殿下もシュタインに同調することなく、かなり冷ややかな顔をしているのだろう。
 現に扉そばに立つクロンがちょっと気まずそうな顔でこちらを見ている。あれは執務室まで来て、殿下に見当違いなことを喚き立てる高位貴族を見た時の顔だ。

「成る程。シュタインの見解はわかった」
「では……っ」
「だけど、いくつかキミは勘違いをしている。アレスに宝物庫へ入る許可を出したのは私だ。古代語の資料が欲しくてね。彼は学がなさそうに見えるがこれでいて結構優秀なんだ」
「おいヒューベリオン、それはオレをバカにしてんのか?」

 殿下の言葉にシュタインが目を見開き、アレスが間髪入れずに突っ込んだ。

 てっきり殿下は恋人であるアレスを盗人呼ばわりされて怒りをあらわにするかと思ったが、そんなことはなくとても落ち着いている。
 私情を挟まない姿は執政者の鑑だ。いつの間に、こんなに成長されたのだろう。

 俺の想像以上に立派になったヒューベリオン殿下の背中は目の前にある。俺が手を伸ばせばその背中に触れることが出来るはずなのに、なぜか物凄く殿下が遠くに居るように感じた。

 
 
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