上 下
36 / 42

36 夢と現と

しおりを挟む
 
 ぬくぬくとした心地よい体温の中で目を覚ませば、部屋が薄明るくなる頃だった。
 起きるにはまだ少し早い時間である。いつもならこのまま二度寝をするんだけど今日は無理だ。

 なぜなら昨夜は俺が殿下を抱きしめて寝たはずなのに、なぜか今は抱きしめられて眠っているからである。
 ……いつの間に背後に回り込まれたのだろうか。

 顔は見えないが甘いホットミルクみたいな香りと、うなじにかかる規則正しい寝息の合間に聞こえるムニャムニャ声で背後にいるのは殿下だと確信できる。
 抱き枕の代わりにされたのはまあいい、俺も寝る時殿下を抱き枕にしたし。だがしかし、問題なのはそこではない。

 殿下の下半身が俺のお尻に擦り付けられています。

 ううう、分かるよ。俺だって最近寝起きにやらかしてたからね。年頃の男だもの朝あそこも起きてしまうのは仕方ない。

 見なくても分かる立派な殿下の熱が、俺のお尻をこすっている。まだ緩やかな動きだけど、このままだと達してしまうんじゃないだろうか。わかる、男だから分かる。

「………ン」

 俺が身動いだせいか、殿下が甘い声をだしながら俺に密着してくる。
 ヤバい、心臓が物凄く早くなってきた。

 どうするこれ? このまま寝たふりする??

 これは不可抗力だ。俺が何かしたわけでもないし、寝てる殿下に落ち度があるわけでもない。よくある……いや、よくはないかもだけど、そんなに気にすることでも……ない。たぶん。

 ドキドキしながら背後のヒューベリオン殿下の様子をうかがう。

「……ぁ」

 その時、殿下の口から溢れたかすれ声に、俺のどこか高揚していた気持ちが一気に冷え込んだ。

 そうだ……殿下がこんな痴態をさらしてるのは俺が昨日邪魔をしたからじゃないか……。
 なんで忘れてたんだろう。

 昨夜俺が殿下の部屋に来なければ、あのままアレスと満足できる夜を過ごせたのだろう。
 ヒューベリオン殿下が今夢で抱きしめているのは俺じゃないんだ。アレスなんだ。

 先程までのふわふわと浮かれていた気持ちがしぼんでいく。
 このままもし殿下が達してしまって、目を覚まして、眼の前に居るのが俺だと知った時……どんな顔をするだろうか。

 想像するだけでゾッとした。

 きっと殿下は絶望する。
 昨日見た肌が切り刻まれるような殺意を思い出す。
 アレスには俺に見せたことのない感情を幾つも見せる殿下だ。愛するアレス以外と触れた状態でイッたと知ればどれだけ傷つくだろう。

 ギュッと心臓が掴まれたみたいに痛い。痛いけど、殿下のためだと思えばこんな痛み無視できる。

 俺は静かに殿下の腕の中から抜け出す。眠る双子の妹包囲網から抜け出すために身につけた秘技だ、感覚が鈍っていないようで良かった。

 だからといって、さすがにあれだけ密着していたものがなくなって気付かないほど殿下は鈍くない。

 俺がベッドサイドに立ち、ちゃちゃっと衣服を整え取り澄ましたところで殿下はまぶたを持ち上げた。

「ミルヒ……?」
「はい、おはようございます、ヒューベリオン殿下」

 まだ疲れが取れていないのだろう。昨夜も俺のせいでしっかり眠れてないし当然か。
 ぼんやりした顔でふにゃりと幸せそうに微笑む可愛い殿下に、俺も自然と笑みを返しながら答える。
 
「そろそろ俺は部屋に戻って支度をしますね。殿下はこのまま時間までおやすみください」
「ん……やだ、ミルドリッヒも一緒がいい……」

 ムニャムニャと寝ぼけながら我儘を言う殿下の姿が涙が出そうになるほど愛おしくも懐かしい。
 ほんの数ヶ月前まではこのお姿は俺だけのものだったのに。
 今はアレスにも見せているんだろうな。いやもっとこの姿よりもずっと甘えているのかもしれない。

「……駄目ですよ、殿下」

 これ以上は殿下が後悔しちゃうからね。
 
 殿下が少しねたような顔をしたかと思えば何事か言おうとして、ハッと何かに気付いた。

 ……やっと、ご自分の身体の変化に気付いたか。

「あ、その、そうか……」

 微妙にもぞもぞしだした殿下の様子に気づかない体で俺は会話を続ける。

「はい。昨夜は突然押しかけて失礼しました」

 本当にいろいろな意味で申し訳なかった……。
 俺は深々と頭を下げる。

「ああ、それは別にいい。ミルヒならいつ来ても構わないし」

 殿下は本当にお優しい。恋人との逢瀬を邪魔されたというのにこの寛大な心だよ。
 こういう優しさが大好きでもあり心配でもある。

「あっと、昨日の書類はテーブルの上に置いてある。その件について確認したいことがあるから、後で執務室へ行くよ」
「承知しました」

 少しばかり早口で必要事項を伝える殿下の意図を察し、俺も急ぎすぎない程度にすみやかに殿下の寝室を後にした。
 このあと殿下は……とうっかり考えそうになって、自分の手の甲をつねる。
 うう、なんだか最近殿下のこと、しかもえっちなことを、考えすぎじゃないの? 俺。
 恋とはままならないものだなぁと、俺は深くため息をつくのだった。



 午前中から執務室にいる殿下の姿に俺よりもカイン達が感動していた。まあそうだろうね。
 微笑ましく思う半面、やはり俺では力不足なんだよなと実感してしまう。少しへこんだが、そもそも殿下と並べると思うのがおこがましいかと気を持ち直した。

 殿下が来たらシュタインやアレスが漏れなくついてくるかと思ったが、シュタインは本日別用で来ていないとのこと。アレスはついてきたけど、同室内だとキールが怯えるということで現在は廊下で待機している。
 どうやらキールはフェロモン過敏症らしく、他のαより匂いを強く感じるらしい。

 廊下待機を命じられたアレスは俺を見るなりニヤニヤと意地の悪いエロい笑みを向けてきたので、視界から消してくれて助かった。キールに今度お菓子持ってきてあげよう。

 室内にはペンの走る音と紙のめくれる音が響く。昔と変わらぬ穏やかな時間がこのまま過ぎるかと思われた。

「……なんの騒ぎですか?」

 最初に異変に気付いたのは、廊下に席が近いクロンだ。
 ザワザワと部屋の外が騒がしい。「確認してまいります」と、室内にいた殿下の護衛が扉を開けた瞬間、抜き身の剣が見えた。
 俺とカインはすかさずヒューベリオン殿下の元へ走りより、もう一人の護衛も殿下の前方に立てば剣を抜いて構えた。

 開かれた廊下の先から執務室へ最初に飛び込んできたのはアレスだ。
 続いてアレスと同じ騎士服を来た者たちが雪崩込む。騎士たちの背後から偉そうに現れたのはシュタインだった。

 クーデターか?! と身構えたが、シュタインの配下と思われる騎士たちはアレスに剣を向けている。

「やっと、尻尾を捕まえたぞ極悪人め!!!!」

 シュタインはアレスを指差すと、この場の全員に聞こえる大声で、そう叫んだ。
 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

無気力令息は安らかに眠りたい

餅粉
BL
銃に打たれ死んだはずだった私は目を開けると 『シエル・シャーウッド,君との婚約を破棄する』 シエル・シャーウッドになっていた。 どうやら私は公爵家の醜い子らしい…。 バース性?なんだそれ?安眠できるのか? そう,私はただ誰にも邪魔されず安らかに眠りたいだけ………。 前半オメガバーズ要素薄めかもです。

「本編完結」あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~

一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。 そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。 オメガバースですが、R指定無しの全年齢BLとなっています。 (ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります) 6話までは、ツイノベを加筆修正しての公開、7話から物語が動き出します。 本編は全35話。番外編は不定期に更新されます。 サブキャラ達視点のスピンオフも予定しています。 表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat) 投稿にあたり許可をいただき、ありがとうございます(,,ᴗ ᴗ,,)ペコリ ドキドキで緊張しまくりですが、よろしくお願いします。 ✤お知らせ✤ 第12回BL大賞 にエントリーしました。 新作【再び巡り合う時 ~転生オメガバース~】共々、よろしくお願い致します。 11/21(木)6:00より、スピンオフ「星司と月歌」連載します。 11/24(日)18:00完結の短編です。 1日4回更新です。 一ノ瀬麻紀🐈🐈‍⬛

主人公は俺狙い?!

suzu
BL
生まれた時から前世の記憶が朧げにある公爵令息、アイオライト=オブシディアン。 容姿は美麗、頭脳も完璧、気遣いもできる、ただ人への態度が冷たい冷血なイメージだったため彼は「細雪な貴公子」そう呼ばれた。氷のように硬いイメージはないが水のように優しいイメージもない。 だが、アイオライトはそんなイメージとは反対に単純で鈍かったり焦ってきつい言葉を言ってしまう。 朧げであるがために時間が経つと記憶はほとんど無くなっていた。 15歳になると学園に通うのがこの世界の義務。 学園で「インカローズ」を見た時、主人公(?!)と直感で感じた。 彼は、白銀の髪に淡いピンク色の瞳を持つ愛らしい容姿をしており、BLゲームとかの主人公みたいだと、そう考える他なかった。 そして自分も攻略対象や悪役なのではないかと考えた。地位も高いし、色々凄いところがあるし、見た目も黒髪と青紫の瞳を持っていて整っているし、 面倒事、それもBL(多分)とか無理!! そう考え近づかないようにしていた。 そんなアイオライトだったがインカローズや絶対攻略対象だろっ、という人と嫌でも鉢合わせしてしまう。 ハプニングだらけの学園生活! BL作品中の可愛い主人公×ハチャメチャ悪役令息 ※文章うるさいです ※背後注意

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。

【完結】あなたの恋人(Ω)になれますか?〜後天性オメガの僕〜

MEIKO
BL
この世界には3つの性がある。アルファ、ベータ、オメガ。その中でもオメガは希少な存在で。そのオメガで更に希少なのは┉僕、後天性オメガだ。ある瞬間、僕は恋をした!その人はアルファでオメガに対して強い拒否感を抱いている┉そんな人だった。もちろん僕をあなたの恋人(Ω)になんてしてくれませんよね? 前作「あなたの妻(Ω)辞めます!」スピンオフ作品です。こちら単独でも内容的には大丈夫です。でも両方読む方がより楽しんでいただけると思いますので、未読の方はそちらも読んでいただけると嬉しいです! 後天性オメガの平凡受け✕心に傷ありアルファの恋愛 ※独自のオメガバース設定有り

三十路のΩ

BL
三十路でΩだと判明した伊織は、騎士団でも屈強な男。Ω的な要素は何一つ無かった。しかし、国の政策で直ぐにでも結婚相手を見つけなければならない。そこで名乗りを上げたのは上司の美形なα団長巴であった。しかし、伊織は断ってしまい

処理中です...