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36 夢と現と

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 ぬくぬくとした心地よい体温の中で目を覚ませば、部屋が薄明るくなる頃だった。
 起きるにはまだ少し早い時間である。いつもならこのまま二度寝をするんだけど今日は無理だ。

 なぜなら昨夜は俺が殿下を抱きしめて寝たはずなのに、なぜか今は抱きしめられて眠っているからである。
 ……いつの間に背後に回り込まれたのだろうか。

 顔は見えないが甘いホットミルクみたいな香りと、うなじにかかる規則正しい寝息の合間に聞こえるムニャムニャ声で背後にいるのは殿下だと確信できる。
 抱き枕の代わりにされたのはまあいい、俺も寝る時殿下を抱き枕にしたし。だがしかし、問題なのはそこではない。

 殿下の下半身が俺のお尻に擦り付けられています。

 ううう、分かるよ。俺だって最近寝起きにやらかしてたからね。年頃の男だもの朝あそこも起きてしまうのは仕方ない。

 見なくても分かる立派な殿下の熱が、俺のお尻をこすっている。まだ緩やかな動きだけど、このままだと達してしまうんじゃないだろうか。わかる、男だから分かる。

「………ン」

 俺が身動いだせいか、殿下が甘い声をだしながら俺に密着してくる。
 ヤバい、心臓が物凄く早くなってきた。

 どうするこれ? このまま寝たふりする??

 これは不可抗力だ。俺が何かしたわけでもないし、寝てる殿下に落ち度があるわけでもない。よくある……いや、よくはないかもだけど、そんなに気にすることでも……ない。たぶん。

 ドキドキしながら背後のヒューベリオン殿下の様子をうかがう。

「……ぁ」

 その時、殿下の口から溢れたかすれ声に、俺のどこか高揚していた気持ちが一気に冷え込んだ。

 そうだ……殿下がこんな痴態をさらしてるのは俺が昨日邪魔をしたからじゃないか……。
 なんで忘れてたんだろう。

 昨夜俺が殿下の部屋に来なければ、あのままアレスと満足できる夜を過ごせたのだろう。
 ヒューベリオン殿下が今夢で抱きしめているのは俺じゃないんだ。アレスなんだ。

 先程までのふわふわと浮かれていた気持ちがしぼんでいく。
 このままもし殿下が達してしまって、目を覚まして、眼の前に居るのが俺だと知った時……どんな顔をするだろうか。

 想像するだけでゾッとした。

 きっと殿下は絶望する。
 昨日見た肌が切り刻まれるような殺意を思い出す。
 アレスには俺に見せたことのない感情を幾つも見せる殿下だ。愛するアレス以外と触れた状態でイッたと知ればどれだけ傷つくだろう。

 ギュッと心臓が掴まれたみたいに痛い。痛いけど、殿下のためだと思えばこんな痛み無視できる。

 俺は静かに殿下の腕の中から抜け出す。眠る双子の妹包囲網から抜け出すために身につけた秘技だ、感覚が鈍っていないようで良かった。

 だからといって、さすがにあれだけ密着していたものがなくなって気付かないほど殿下は鈍くない。

 俺がベッドサイドに立ち、ちゃちゃっと衣服を整え取り澄ましたところで殿下はまぶたを持ち上げた。

「ミルヒ……?」
「はい、おはようございます、ヒューベリオン殿下」

 まだ疲れが取れていないのだろう。昨夜も俺のせいでしっかり眠れてないし当然か。
 ぼんやりした顔でふにゃりと幸せそうに微笑む可愛い殿下に、俺も自然と笑みを返しながら答える。
 
「そろそろ俺は部屋に戻って支度をしますね。殿下はこのまま時間までおやすみください」
「ん……やだ、ミルドリッヒも一緒がいい……」

 ムニャムニャと寝ぼけながら我儘を言う殿下の姿が涙が出そうになるほど愛おしくも懐かしい。
 ほんの数ヶ月前まではこのお姿は俺だけのものだったのに。
 今はアレスにも見せているんだろうな。いやもっとこの姿よりもずっと甘えているのかもしれない。

「……駄目ですよ、殿下」

 これ以上は殿下が後悔しちゃうからね。
 
 殿下が少しねたような顔をしたかと思えば何事か言おうとして、ハッと何かに気付いた。

 ……やっと、ご自分の身体の変化に気付いたか。

「あ、その、そうか……」

 微妙にもぞもぞしだした殿下の様子に気づかない体で俺は会話を続ける。

「はい。昨夜は突然押しかけて失礼しました」

 本当にいろいろな意味で申し訳なかった……。
 俺は深々と頭を下げる。

「ああ、それは別にいい。ミルヒならいつ来ても構わないし」

 殿下は本当にお優しい。恋人との逢瀬を邪魔されたというのにこの寛大な心だよ。
 こういう優しさが大好きでもあり心配でもある。

「あっと、昨日の書類はテーブルの上に置いてある。その件について確認したいことがあるから、後で執務室へ行くよ」
「承知しました」

 少しばかり早口で必要事項を伝える殿下の意図を察し、俺も急ぎすぎない程度にすみやかに殿下の寝室を後にした。
 このあと殿下は……とうっかり考えそうになって、自分の手の甲をつねる。
 うう、なんだか最近殿下のこと、しかもえっちなことを、考えすぎじゃないの? 俺。
 恋とはままならないものだなぁと、俺は深くため息をつくのだった。



 午前中から執務室にいる殿下の姿に俺よりもカイン達が感動していた。まあそうだろうね。
 微笑ましく思う半面、やはり俺では力不足なんだよなと実感してしまう。少しへこんだが、そもそも殿下と並べると思うのがおこがましいかと気を持ち直した。

 殿下が来たらシュタインやアレスが漏れなくついてくるかと思ったが、シュタインは本日別用で来ていないとのこと。アレスはついてきたけど、同室内だとキールが怯えるということで現在は廊下で待機している。
 どうやらキールはフェロモン過敏症らしく、他のαより匂いを強く感じるらしい。

 廊下待機を命じられたアレスは俺を見るなりニヤニヤと意地の悪いエロい笑みを向けてきたので、視界から消してくれて助かった。キールに今度お菓子持ってきてあげよう。

 室内にはペンの走る音と紙のめくれる音が響く。昔と変わらぬ穏やかな時間がこのまま過ぎるかと思われた。

「……なんの騒ぎですか?」

 最初に異変に気付いたのは、廊下に席が近いクロンだ。
 ザワザワと部屋の外が騒がしい。「確認してまいります」と、室内にいた殿下の護衛が扉を開けた瞬間、抜き身の剣が見えた。
 俺とカインはすかさずヒューベリオン殿下の元へ走りより、もう一人の護衛も殿下の前方に立てば剣を抜いて構えた。

 開かれた廊下の先から執務室へ最初に飛び込んできたのはアレスだ。
 続いてアレスと同じ騎士服を来た者たちが雪崩込む。騎士たちの背後から偉そうに現れたのはシュタインだった。

 クーデターか?! と身構えたが、シュタインの配下と思われる騎士たちはアレスに剣を向けている。

「やっと、尻尾を捕まえたぞ極悪人め!!!!」

 シュタインはアレスを指差すと、この場の全員に聞こえる大声で、そう叫んだ。
 

 
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