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35 二人で寝ましょう
しおりを挟む「ミルドリッヒ! どこか痛むところはないか? 気分は? 吐き気はないか?」
起き上がったヒューベリオン殿下は俺の肩をつかむと矢継ぎ早に聞いてくる。その必死さでかなり心配かけたんだと実感して申し訳ないと思った。
「はい、大丈夫です。どれくらい寝てたんでしょう、なんだか凄くスッキリしてるんですけど」
先程までの身体の重たさも無いし頭もハッキリしている。
俺の清々しさが伝わったのか、殿下は安堵したように深くため息をついた。
「まだそんなに経ってない……医者が言うには過労だそうだ。ゆっくり寝てしっかり食べるようにと」
思い返せば確かにここ最近はブラック企業顔負けの働き方をしていた。食事もついつい簡単につまめるものばかりにしていたし、仕事以外のことでも悩ましいことが多くてストレスを感じていたのも否定できない。
「ご心配かけて申し訳ありません、以後気をつけるようにします。殿下もしっかり休んでくださいね、顔色悪いですよ。ささ、ベッドへ移動して……」
俺は立ち上がると殿下にかけた毛布を受け取ろうと手を伸ばす。
その手を殿下に掴まれたと思ったら、腰と膝に手を回され抱き上げられてしまった。突然の浮遊感に驚きよりも恐怖を感じる。
は?
へ??
はぁああー??!!
「暴れないで、結構ギリギリだから……」
「いや、それなら降ろしてくださいよ!!」
何故か俺は殿下にいわゆる姫抱きをされていた。
俺は男性の平均的体型だ。決して小さくも軽くもない。そんな俺を横抱きに出来るって、どんな筋肉してるんだよ……。
下手に暴れて落とされるだけならいいが、もし万が一にも殿下の体を痛めてしまったら問題だ。
俺は大人しく殿下にひっつき、少しでも殿下の負担にならないよう抱きつく。薄手の夜着だからはっきりと感じる殿下の体温と逞しい筋肉が心地よい。
普通に考えてこんなに殿下と密着できる機会は無いだろう。せっかくの好機だし、ちょっとくらいなら……殿下にくっついても許されるはずだ。
俺はニヤけそうになる顔がバレないように殿下の首に顔を埋める。
殿下はそんな俺をどう思ったのか、さらに力を込めて抱き上げてくれた。
俺の運搬先は殿下のベッドだったらしい。到着すればベッドにそっと降ろされる。
「ここを使うのはミルドリッヒだ。ゆっくり寝てくれ」
なるほど……って、いやいやいやいや、それはちょっと待って!
そのままソファーへ戻ろうとする殿下の手を今度は俺が掴む。
「駄目です! ここは殿下のベッドですよ? 殿下が使うべきです。俺は部屋に戻りますから」
「それは駄目だ。医者からミルドリッヒは絶対安静にと言われている」
「ならば殿下は別の部屋でお休みください。いま部屋の準備をさせ……」
夜番の従者へ声をかけに行こうとベッドから起き上がれば、殿下に押し倒された。
唖然と殿下を見上げれば心配顔の殿下と目が合う。
「ミルドリッヒ……頼むから大人しく寝てくれ。キミは本当に……私のために働きすぎだ」
「殿下……」
すごく、心配をかけてしまったのだろう。
ヒューベリオン殿下の声にも表情にも、抑えきれない懇願の感情が浮かんでいる。不安なわんこのようなその表情に、ズキュンと胸が撃ち抜かれた。
そんな顔をさせて申し訳ないと思う反面、可愛いと思ってしまう。ぐうう、殿下にそんな悲しそうに言われてしまったら逆らえないじゃないか。
俺は思わず苦笑すると殿下を抱きしめて、えいっとベッドへ転がす。
相変わらず殿下は不意打ちに弱いようで、何の抵抗もなく俺の隣に横になる形になった殿下は、何が起きたか分からない顔で目を白黒させた。
「!?! ミルドリッヒ??」
「ヒューベリオン殿下もベッドで寝るんですよ」
「だからっ、ここは……」
「ええ、だから二人で寝ましょう」
「ッ!?!?」
ヒューベリオン殿下が驚きで目を丸くする。
殿下のベッドは勿論キングサイズ以上の大きさなので、大の男二人が寝たって余裕で寝返りがうてる。一緒に寝たって問題なしだ。
そういえば昔、一緒に寝た時もすごい驚いてたなあ。
領地にいた頃は俺が寂しいと言えば、いつでも母上や父上が抱きしめて一緒に眠ってくれていた。だから、一人だと不安で寝れなくても誰かと一緒だと安心して眠れるっていうのを知っていた。
子どもの時というのはなにかと不安になりやすい。夜が暗いというだけで恐怖を感じたりする。
もちろん幼い殿下も例外でなく、いつだか上手く眠れず憔悴してた殿下と一緒に寝たことがあった。
ヒューベリオン殿下にはカルチャーショックだったのだろう。
あの時も凄く狼狽えていたのを覚えている。
今も目の前にある殿下のサファイア色の瞳が驚きで見開かれている。吸い込まれそうなほど綺麗で愛しい俺の大好きな色。
「殿下も疲れた顔してますよ、クマもあるし……寝る時間取れてないんじゃないですか?」
「うっ……」
殿下がそろりと視線を外す。
図星なんだろう。余所行きじゃない殿下の素の反応が可愛い。
なんだかベッドに横になったせいか、目の前に殿下がいて安心するからか、だんだんと睡魔がやってきた。
俺はベッドに残されていた掛布を自分と殿下の上にかける。一枚しかないけど、二人でくっついていれば寒いこともあるまい。
ヒューベリオン殿下も観念したのか深く息を吐くと俺の頭を撫で始めた。
ふむ、これは俺が寝たらソファーに移動する気かもしれない。そうはさせじと俺は殿下に抱きつく。
あからさまに殿下が動揺したように体を強張らせ身動いだが、俺だとてそれなりの体型なので殿下を抑え込むことくらい出来るんだよ。
むふふ、殿下の美味しそうな匂いが近くにあるのが嬉しい。温かくて安心する。
殿下が何事か小声で言っていたが「ほらもう遅いから寝ましょう、おやすみなさい」と俺は再び気絶するように眠りについた。
しかし翌朝、殿下の事情など察しなかった俺は非常に後悔する事になるのだった。
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