上 下
35 / 61

35 二人で寝ましょう

しおりを挟む
 
「ミルドリッヒ! どこか痛むところはないか? 気分は? 吐き気はないか?」

 起き上がったヒューベリオン殿下は俺の肩をつかむと矢継ぎ早に聞いてくる。その必死さでかなり心配かけたんだと実感して申し訳ないと思った。

「はい、大丈夫です。どれくらい寝てたんでしょう、なんだか凄くスッキリしてるんですけど」

 先程までの身体の重たさも無いし頭もハッキリしている。
 俺の清々しさが伝わったのか、殿下は安堵したように深くため息をついた。

「まだそんなに経ってない……医者が言うには過労だそうだ。ゆっくり寝てしっかり食べるようにと」

 思い返せば確かにここ最近はブラック企業顔負けの働き方をしていた。食事もついつい簡単につまめるものばかりにしていたし、仕事以外のことでも悩ましいことが多くてストレスを感じていたのも否定できない。

「ご心配かけて申し訳ありません、以後気をつけるようにします。殿下もしっかり休んでくださいね、顔色悪いですよ。ささ、ベッドへ移動して……」

 俺は立ち上がると殿下にかけた毛布を受け取ろうと手を伸ばす。
 その手を殿下に掴まれたと思ったら、腰と膝に手を回され抱き上げられてしまった。突然の浮遊感に驚きよりも恐怖を感じる。

 は? 

 へ??

 はぁああー??!!

「暴れないで、結構ギリギリだから……」
「いや、それなら降ろしてくださいよ!!」

 何故か俺は殿下にいわゆる姫抱きをされていた。

 俺は男性の平均的体型だ。決して小さくも軽くもない。そんな俺を横抱きに出来るって、どんな筋肉してるんだよ……。

 下手に暴れて落とされるだけならいいが、もし万が一にも殿下の体を痛めてしまったら問題だ。
 俺は大人しく殿下にひっつき、少しでも殿下の負担にならないよう抱きつく。薄手の夜着だからはっきりと感じる殿下の体温と逞しい筋肉が心地よい。
 普通に考えてこんなに殿下と密着できる機会は無いだろう。せっかくの好機だし、ちょっとくらいなら……殿下にくっついても許されるはずだ。

 俺はニヤけそうになる顔がバレないように殿下の首に顔を埋める。
 殿下はそんな俺をどう思ったのか、さらに力を込めて抱き上げてくれた。
 
 俺の運搬先は殿下のベッドだったらしい。到着すればベッドにそっと降ろされる。

「ここを使うのはミルドリッヒだ。ゆっくり寝てくれ」

 なるほど……って、いやいやいやいや、それはちょっと待って!
 そのままソファーへ戻ろうとする殿下の手を今度は俺が掴む。

「駄目です! ここは殿下のベッドですよ? 殿下が使うべきです。俺は部屋に戻りますから」
「それは駄目だ。医者からミルドリッヒは絶対安静にと言われている」
「ならば殿下は別の部屋でお休みください。いま部屋の準備をさせ……」

 夜番の従者へ声をかけに行こうとベッドから起き上がれば、殿下に押し倒された。
 唖然と殿下を見上げれば心配顔の殿下と目が合う。

「ミルドリッヒ……頼むから大人しく寝てくれ。キミは本当に……私のために働きすぎだ」
「殿下……」

 すごく、心配をかけてしまったのだろう。

 ヒューベリオン殿下の声にも表情にも、抑えきれない懇願の感情が浮かんでいる。不安なわんこのようなその表情に、ズキュンと胸が撃ち抜かれた。
 そんな顔をさせて申し訳ないと思う反面、可愛いと思ってしまう。ぐうう、殿下にそんな悲しそうに言われてしまったら逆らえないじゃないか。

 俺は思わず苦笑すると殿下を抱きしめて、えいっとベッドへ転がす。
 相変わらず殿下は不意打ちに弱いようで、何の抵抗もなく俺の隣に横になる形になった殿下は、何が起きたか分からない顔で目を白黒させた。

「!?! ミルドリッヒ??」
「ヒューベリオン殿下もベッドで寝るんですよ」
「だからっ、ここは……」
「ええ、だから二人で寝ましょう」
「ッ!?!?」

 ヒューベリオン殿下が驚きで目を丸くする。
 殿下のベッドは勿論キングサイズ以上の大きさなので、大の男二人が寝たって余裕で寝返りがうてる。一緒に寝たって問題なしだ。
 そういえば昔、一緒に寝た時もすごい驚いてたなあ。

 領地にいた頃は俺が寂しいと言えば、いつでも母上や父上が抱きしめて一緒に眠ってくれていた。だから、一人だと不安で寝れなくても誰かと一緒だと安心して眠れるっていうのを知っていた。
 子どもの時というのはなにかと不安になりやすい。夜が暗いというだけで恐怖を感じたりする。
 もちろん幼い殿下も例外でなく、いつだか上手く眠れず憔悴しょうすいしてた殿下と一緒に寝たことがあった。

 ヒューベリオン殿下にはカルチャーショックだったのだろう。
 あの時も凄く狼狽うろたえていたのを覚えている。

 今も目の前にある殿下のサファイア色の瞳が驚きで見開かれている。吸い込まれそうなほど綺麗で愛しい俺の大好きな色。

「殿下も疲れた顔してますよ、クマもあるし……寝る時間取れてないんじゃないですか?」
「うっ……」

 殿下がそろりと視線を外す。
 図星なんだろう。余所行きじゃない殿下の素の反応が可愛い。

 なんだかベッドに横になったせいか、目の前に殿下がいて安心するからか、だんだんと睡魔がやってきた。

 俺はベッドに残されていた掛布を自分と殿下の上にかける。一枚しかないけど、二人でくっついていれば寒いこともあるまい。

 ヒューベリオン殿下も観念したのか深く息を吐くと俺の頭を撫で始めた。
 ふむ、これは俺が寝たらソファーに移動する気かもしれない。そうはさせじと俺は殿下に抱きつく。
 あからさまに殿下が動揺したように体を強張こわばらせ身動みじろいだが、俺だとてそれなりの体型なので殿下を抑え込むことくらい出来るんだよ。

 むふふ、殿下の美味しそうな匂いが近くにあるのが嬉しい。温かくて安心する。

 殿下が何事か小声で言っていたが「ほらもう遅いから寝ましょう、おやすみなさい」と俺は再び気絶するように眠りについた。

 しかし翌朝、殿下の事情など察しなかった俺は非常に後悔する事になるのだった。


 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

運命の番なのに別れちゃったんですか?

雷尾
BL
いくら運命の番でも、相手に恋人やパートナーがいる人を奪うのは違うんじゃないですかね。と言う話。 途中美形の方がそうじゃなくなりますが、また美形に戻りますのでご容赦ください。 最後まで頑張って読んでもらえたら、それなりに救いはある話だと思います。

愛する人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」 応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。 三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。 『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。

好きで好きで苦しいので、出ていこうと思います

ooo
BL
君に愛されたくて苦しかった。目が合うと、そっぽを向かれて辛かった。 結婚した2人がすれ違う話。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

処理中です...