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34 嫉妬心
しおりを挟む「でん、か……」
アレスの背後に現れたこの部屋の主であるヒューベリオン殿下の姿に、俺の口から無意識にかすれた声が漏れた。
風呂上がりの薄手の夜着に包まれた殿下は相変わらず美しい。薄暗い部屋でもキラキラ輝く少し湿った金の髪と匂い立つような血色の良い肌のなんと扇情的なことか。
好きだと自覚したせいか、殿下の姿を見るなりやたらと鼓動が速くなって息も苦しくなってくる。いつもなら安心するホットミルクみたいな香りが体にまとわりつくようで、立ち上がらなくてはと思うのに体が動かなかった。
俺は床に座り込んだまま、どう見てもお怒りモードの殿下に見惚れる。
そう、殿下は明らかにお怒りモードである。
幼い頃から共に育ち、時にはケンカもしたので殿下が怒っている姿を初めて見たわけじゃない。
だけど、ここまで殺意のこもった瞳を他人に向けている姿を初めて見た。
……嫉妬してるんだろうな。それはそうかと思う。
どこから見てたか分からないけど、大事な恋人が他の人間にちょっかいをかけていたらいい気分はしない。
殿下の視線は逃すまいとアレスを睨みつけたままだ。
俺なんて存在していないかのように……こちらを見ようとしない。
ズキリと胸が痛む。苦しい。息ができない。
分かってる、仕方ないんだ。二人の邪魔をしてるのは俺だ。それこそ俺は殿下の婚約者でもなんでもない。殿下の視界に入らなくたって、視界に入れたくないと思われたって当然なんだ。
理解は出来るのに、感情が……追いつかない。
嫌だなぁって気持ちが強くなる。
殿下の隣は俺の場所なのにって思ってしまう。
――… 殿下、ヒューベリオン殿下、ねぇ、俺を見てよ。
これは間違いなく欲望だ。
浅ましいドロドロとした感情。
「……別に何もしてねぇよ。親睦を深めてただけだよなぁ、ミルドリッヒ様……っておい、ヒューベリオン」
アレスが何かを言っている。
彼の赤い目が俺を見れば、つられるようにヒューベリオン殿下も俺を見た。
ああ、アレスが気にしたから殿下もやっと俺を見たのかぁ。
泣きたいくらい悲しいのに、同じくらい嬉しい。
歓喜で体が震えてくる。
「ミルドリッヒ! しっかり……」
せっかくお風呂に入ったんだからそんなふうに床に膝をついてはいけませんよ、殿下。この世界は西洋式で室内も土足なのだから、ベッドが汚れてしまいます。
俺の横で膝をつき心配そうに俺を見つめて揺れるサファイア色の瞳にそんなことを思う。
――… ああでも嬉しい、殿下がアレスでなく俺を選んでくれた。
大丈夫です、と声に出したかったのに俺の唇は震えるだけで言葉にならない。
「……ミルドリッヒ!」
どんどんと薄れていく意識の中で最後に聞こえたのは殿下の俺を呼ぶ声で、たぶんあまり良い状況では無いと思うんだけど、アレスじゃなくて俺を見てくれたのがすごく嬉しくて。
俺はやたらと満たされた気分で、意識を失った。
それからどれくらい経ったのか、目が覚めたら俺はヒューベリオン殿下のベッドで寝ていた。
「はっ!!!!」
俺は慌てて飛び起きる。これはどういう状況なんだ??
枕元にはランプの明かりが灯され、少し離れたソファーに殿下が丸まるようにして眠っていた。
他に人影はない。
俺が殿下のベッドを奪ったせいなのは分かるが、ここには他にも客間などの部屋もある。なのになんで王太子があんなところで寝てるんだよ。
ああもう、風邪を引いたらどうするんだ。
俺はベッドにあった毛布をつかむと慌ててヒューベリオン殿下の元へ向かう。
猫みたいに丸くなって寝ている殿下の姿に、むかし自己嫌悪に陥って涙目になりながらベッドで丸まっていた少年の姿が浮かぶ。あの頃と比べれば殿下はフィジカルもメンタルもとても成長した。だけど、こうして眠る姿はあどけなく見えて、俺の庇護欲をかきたてる。
よく見れば目の下にクマもあるし頬もやつれて全体的に疲労感が漂っているではないか。
胸が痛んだ。それと同時に怒りも浮かぶ。
ちゃんとスケジュールを管理すれば殿下がこんな顔になるほど激務をこなす必要なんてない。シュタイン……アレス……マジでお前ら何をやってるの?
イライラしつつも出来るだけ静かに毛布をかけたが起こしてしまったのか、殿下のふさふさのまつ毛が揺れたかと思うとゆっくりと持ち上がった。
青空のようなサファイア色の瞳が俺を見る。
久しぶりに寝起きの殿下を見た。眠たげで少しだけ幼く見えるいつもと変わらない姿に安堵する。この姿、守りたい。
「殿下、こんなところで寝ていては風邪をひきますよ」
俺が声をかければ徐々に覚醒したのか殿下は目を見開き、弾かれたように身体を起こした。
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