33 / 73
33 逢瀬
しおりを挟む会いたくないと思っている相手ほど会ってしまうものである。
どうしても今日中に決裁が必要な案件があったため殿下を捕まえようとしたものの、そんな日に限って視察に出てしまっていて不在だったりと捕まらない。
いい加減執務室にも来てくれよと思う。さすがに殿下の仕事を全部カバーするのは負担が大きい。おかげで連日寝不足だ。だけど、いたるところでシュタインとアレスの小競り合いの話を聞くので、殿下が来るってことはその二人ももれなくついてくるわけで……来られても邪魔されるだけかもと思うと、強く言うことも出来ない。
時間外労働は本当に良くないよなと思うけど、仕方がないので就寝時間前の殿下が絶対に寝室に居るであろう時間を狙って訪問することにした。
殿下は確かに部屋に居た……が。
「いま風呂入ってるから、ちょっと待ってろってさ」
のんびりとソファーに座って寛いでるアレスもいた。
宝石みたいに綺麗な赤い瞳が俺を見て楽しげに細められる。
ソファーの近くのローテーブルには見たことのない装丁の本が積まれていて、たぶんアレスの私物だろう。当たり前のように殿下の部屋にアレスのものがあるんだな……。
しかもなぜか人払いされているので、殿下の部屋だと言うのに今ここには俺とアレスしか居ない。
騎士服でなくラフな部屋着で寛ぐアレスは余りにも自然で、このあと殿下と二人きりの部屋で、風呂上がりの殿下と、なにをするのかと……。
いや、それはいい、いいんだ。殿下が望むなら、問題ないことだ。
ある意味同性のα同志、どれだけ愛を育んだとて子どもが出来るわけじゃないし、黙っていれば今はまだ大きな問題になることもないだろう。
しかし殿下はアレスといつからこんな関係になったんだろうか。俺がいない二ヶ月が、これほど変化をもたらすとは思わなかった。
「なに? なんか言いたいことあるって顔してっけど」
アレスは楽しげに口角を上げて笑う。相手を煽って感情的にさせ、揚げ足をとり優位に立つのがアレスの交渉術だ。
そういえば漫画のアレスもこうやってヒューベリオンの真面目な仮面を引き剥がしていったっけ。
それにしてもだ。
キールの発言をなるべく考えないよう過ごしていたのに疑惑の元凶が目の前に居るとどうしても考えてしまう。
もし、本当にあの匂いがフェロモンだとすれば、俺はβでない可能性がある。αだったなら喜ばしいことだけど……たぶん、Ωなんだろう。
そうなるとβよりもさらに俺の人生設計が変わってくる。
早急に身の振り方を決めなければならないが、正直いまは目の前のことで手一杯だ。
俺はバレないように深呼吸をすると、アレスの目の前まで歩み寄る。
「これを、殿下に渡してご確認いただくよう伝えてください……のわっ!」
アレスは書類を差し出した俺の手首をつかむと自身の方へ引き寄せる。
突然の出来事に俺は踏ん張ることもできず、ソファーに座るアレスの胸の中へ倒れ込んだ。
!?!?!?!?!? は?? 何が起きてるんだ??
混乱する俺などお構いなしに、アレスは俺の顎を掴むと顔を覗き込んできた。
ゾッとするほど綺麗なルビー色の瞳が俺を捕らえる。
「それだけ? もっと言いたいことがあるんじゃねぇの?」
低く囁くようなアレスの美声に、思わず体が跳ねた。
嫌な汗が背中を伝うのは昨日思い出した漫画のせいだろう。
いやいや大丈夫だ、落ち着け。俺はヒートを起こしてないし、全くこれっぽっちも漫画のような展開になる要素はない。
……無いはずなのに、なんでこんなに俺たちは密着しているのか?
見ようによってはソファーに座るアレスに俺が乗っかって、抱きしめられてる状態だ。
逃れようと力を込めてアレスの肩を押してみたがびくともしない。これでも俺、平均男性の体重とかあるからな? そんなにか弱く無いんだけど?? 拘束されるってのはこんなに恐怖を感じるものなのか。
少しパニックになりつつも、鼻を突く強いミントの香りで俺は我に返った。
大丈夫、落ち着け俺。これはアレスが暇つぶしに俺で遊んでるだけに違いない。
俺は顎を掴まれたまましっかりとアレスの目を見つめ返す。ここで怯んじゃ駄目だ。
「別に、言いたいことなんてない」
「嘘つくなよ。会うたびにオレに熱い視線を送ってきたくせに」
「は?」
思わず変な声を出した俺に、アレスは面白そうに笑いながらさらに顔を近付けてきた。
ギャー、待って待って、このままだと唇と唇が触れてしまう! それはちがう! 確かに顔はいいし声もいいし体も羨ましいし赤目黒髪最高! だけど、アレスに対しての感情はこういうのとは違う!!
「自惚れるな無礼者っ!!!!!」
俺は雄叫びと共にアレスにアッパーカットをぶち込んだ。
その隙にアレスの腕の中から転がり落ちる。
反撃を予想してなかったのか、俺のパンチなどたいしたことないとあえて食らったのか分からないが、アレスはソファーに仰向けに倒れ込むと肩を揺らして笑い出した。
「ふっ、くくく、あはは……」
これは……もしかしなくてもやっぱり揶揄われただけかもしれない。
もしくは、殿下の周りをうろちょろする俺が目障りで意地悪したのか、どちらにしろ俺にキスする気なんてなかったんだ。
安堵しつつも物凄く腹が立つ。
ヒューベリオン殿下の相手としてアレスは相応しいと思うけど、見た目も才能も何もかもお似合いだと思いたいけど……腹が立つ。
俺が床に座り込んだまま睨みつけていれば、アレスが身体を起こすとにやにやした顔で口を開いた。
「……じゃあ、お前の好きな奴って」
アレスの動きがピタリと止まる。
それと同時にむせ返るほどの甘い香りが部屋を包み込んだ。
この香りは……。
「――… キミたちは何をしているの?」
その香りを追うように、地を這うような殿下の低い声が部屋に響いた。
1,018
お気に入りに追加
1,936
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
【完】ラスボス(予定)に転生しましたが、家を出て幸せになります
ナナメ
BL
8歳の頃ここが『光の勇者と救世の御子』の小説、もしくはそれに類似した世界であるという記憶が甦ったウル。
家族に疎まれながら育った自分は囮で偽物の王太子の婚約者である事、同い年の義弟ハガルが本物の婚約者である事、真実を告げられた日に全てを失い絶望して魔王になってしまう事ーーそれを、思い出した。
思い出したからには思いどおりになるものか、そして小説のちょい役である推しの元で幸せになってみせる!と10年かけて下地を築いた卒業パーティーの日ーー
ーーさあ、早く来い!僕の10年の努力の成果よ今ここに!
魔王になりたくないラスボス(予定)と、本来超脇役のおっさんとの物語。
※体調次第で書いておりますのでかなりの鈍足更新になっております。ご了承頂ければ幸いです。
※表紙はAI作成です
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
モブ兄に転生した俺、弟の身代わりになって婚約破棄される予定です
深凪雪花
BL
テンプレBL小説のヒロイン♂の兄に異世界転生した主人公セラフィル。可愛い弟がバカ王太子タクトスに傷物にされる上、身に覚えのない罪で婚約破棄される未来が許せず、先にタクトスの婚約者になって代わりに婚約破棄される役どころを演じ、弟を守ることを決める。
どうにか婚約に持ち込み、あとは婚約破棄される時を待つだけ、だったはずなのだが……え、いつ婚約破棄してくれるんですか?
※★は性描写あり。
【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。
美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる