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33 逢瀬

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 会いたくないと思っている相手ほど会ってしまうものである。

 どうしても今日中に決裁が必要な案件があったため殿下を捕まえようとしたものの、そんな日に限って視察に出てしまっていて不在だったりと捕まらない。
 いい加減執務室にも来てくれよと思う。さすがに殿下の仕事を全部カバーするのは負担が大きい。おかげで連日寝不足だ。だけど、いたるところでシュタインとアレスの小競り合いの話を聞くので、殿下が来るってことはその二人ももれなくついてくるわけで……来られても邪魔されるだけかもと思うと、強く言うことも出来ない。
 時間外労働は本当に良くないよなと思うけど、仕方がないので就寝時間前の殿下が絶対に寝室に居るであろう時間を狙って訪問することにした。

 殿下は確かに部屋に居た……が。

「いま風呂入ってるから、ちょっと待ってろってさ」

 のんびりとソファーに座って寛いでるアレスもいた。

 宝石みたいに綺麗な赤い瞳が俺を見て楽しげに細められる。
 ソファーの近くのローテーブルには見たことのない装丁の本が積まれていて、たぶんアレスの私物だろう。当たり前のように殿下の部屋にアレスのものがあるんだな……。

 しかもなぜか人払いされているので、殿下の部屋だと言うのに今ここには俺とアレスしか居ない。

 騎士服でなくラフな部屋着で寛ぐアレスは余りにも自然で、このあと殿下と二人きりの部屋で、風呂上がりの殿下と、なにをするのかと……。

 いや、それはいい、いいんだ。殿下が望むなら、問題ないことだ。
 ある意味同性のα同志、どれだけ愛を育んだとて子どもが出来るわけじゃないし、黙っていれば今はまだ大きな問題になることもないだろう。
 しかし殿下はアレスといつからこんな関係になったんだろうか。俺がいない二ヶ月が、これほど変化をもたらすとは思わなかった。

「なに? なんか言いたいことあるって顔してっけど」

 アレスは楽しげに口角を上げて笑う。相手をあおって感情的にさせ、揚げ足をとり優位に立つのがアレスの交渉術だ。
 そういえば漫画のアレスもこうやってヒューベリオンの真面目な仮面を引き剥がしていったっけ。

 それにしてもだ。
 キールの発言をなるべく考えないよう過ごしていたのに疑惑の元凶が目の前に居るとどうしても考えてしまう。
 もし、本当にあの匂いがフェロモンだとすれば、俺はβでない可能性がある。αだったなら喜ばしいことだけど……たぶん、Ωなんだろう。
 そうなるとβよりもさらに俺の人生設計が変わってくる。
 早急に身の振り方を決めなければならないが、正直いまは目の前のことで手一杯だ。

 俺はバレないように深呼吸をすると、アレスの目の前まで歩み寄る。

「これを、殿下に渡してご確認いただくよう伝えてください……のわっ!」

 アレスは書類を差し出した俺の手首をつかむと自身の方へ引き寄せる。
 突然の出来事に俺は踏ん張ることもできず、ソファーに座るアレスの胸の中へ倒れ込んだ。

 !?!?!?!?!? は?? 何が起きてるんだ??

 混乱する俺などお構いなしに、アレスは俺の顎を掴むと顔を覗き込んできた。
 ゾッとするほど綺麗なルビー色の瞳が俺を捕らえる。

「それだけ? もっと言いたいことがあるんじゃねぇの?」

 低く囁くようなアレスの美声に、思わず体が跳ねた。
 嫌な汗が背中を伝うのは昨日思い出した漫画のせいだろう。
 いやいや大丈夫だ、落ち着け。俺はヒートを起こしてないし、全くこれっぽっちも漫画のような展開になる要素はない。

 ……無いはずなのに、なんでこんなに俺たちは密着しているのか?

 見ようによってはソファーに座るアレスに俺が乗っかって、抱きしめられてる状態だ。
 逃れようと力を込めてアレスの肩を押してみたがびくともしない。これでも俺、平均男性の体重とかあるからな? そんなにか弱く無いんだけど?? 拘束されるってのはこんなに恐怖を感じるものなのか。

 少しパニックになりつつも、鼻を突く強いミントの香りで俺は我に返った。

 大丈夫、落ち着け俺。これはアレスが暇つぶしに俺で遊んでるだけに違いない。

 俺は顎を掴まれたまましっかりとアレスの目を見つめ返す。ここでひるんじゃ駄目だ。

「別に、言いたいことなんてない」
「嘘つくなよ。会うたびにオレに熱い視線を送ってきたくせに」
「は?」

 思わず変な声を出した俺に、アレスは面白そうに笑いながらさらに顔を近付けてきた。

 ギャー、待って待って、このままだと唇と唇が触れてしまう! それはちがう! 確かに顔はいいし声もいいし体も羨ましいし赤目黒髪最高! だけど、アレスに対しての感情はこういうのとは違う!!

「自惚れるな無礼者っ!!!!!」

 俺は雄叫びと共にアレスにアッパーカットをぶち込んだ。
 その隙にアレスの腕の中から転がり落ちる。
 反撃を予想してなかったのか、俺のパンチなどたいしたことないとあえて食らったのか分からないが、アレスはソファーに仰向けに倒れ込むと肩を揺らして笑い出した。

「ふっ、くくく、あはは……」

 これは……もしかしなくてもやっぱり揶揄からかわれただけかもしれない。
 もしくは、殿下の周りをうろちょろする俺が目障りで意地悪したのか、どちらにしろ俺にキスする気なんてなかったんだ。

 安堵しつつも物凄く腹が立つ。

 ヒューベリオン殿下の相手としてアレスは相応しいと思うけど、見た目も才能も何もかもお似合いだと思いたいけど……腹が立つ。

 俺が床に座り込んだまま睨みつけていれば、アレスが身体を起こすとにやにやした顔で口を開いた。

「……じゃあ、お前の好きな奴って」

 アレスの動きがピタリと止まる。

 それと同時にむせ返るほどの甘い香りが部屋を包み込んだ。
 この香りは……。

「――… キミたちは何をしているの?」

 その香りを追うように、地を這うような殿下の低い声が部屋に響いた。


 
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