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30 真昼の月と夜の太陽が出会う空で

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 疲れた……。

 仕事を終えて部屋に戻った俺は満身創痍となりながらベッドへ雪崩込む。時間は昨夜よりも早く終わったけど、疲労具合が昨日の比ではない。
 ベッドにうつ伏せになりながら身を任せていれば眠気が襲ってくる。このまま眠りに落ちてしまいたかったが、俺は気合を入れると身体を起こした。

 朝、殿下の前を飛び出していったシュタインだったが、昼にはいつもどおり殿下の腰巾着に戻っていたらしい。
 シュタインだけでなくアレスまで追加され、あれじゃ殿下に声をかけるのは不可能だ~!!とキールが泣いていた。いや、君は殿下付きの事務官なんだから、必要な時は頑張って声をかけてくれよ……と思ったが、普通の感覚を持っていればアレスのようにズケズケと身分を無視して行動なんて出来るわけが無い。キールの嘆きはもっともだ。

 それにしたってアレスの嫌われ具合というか、嫌煙され具合というかは俺が思った以上だった。
 もともと、血塗れの狂犬などと呼ばれ恐れられていたのは知ってたけど、まさか出待ちの狸貴族が俺に「あの狂犬を追い払え!」とわざわざ言いに来るとは思わなかった。
 処罰された騎士のことを考えれば強引な方法で邪魔者を排斥しそうなのに、アレスには直接手を出せないらしい。手を出した瞬間、反撃されるって思ってるんだろうか? さすがに貴族相手にそこまで過剰防衛はしないと……いや、するのか。
 アレスを排除する前に自分が消されたんじゃ意味ないもんな……。狸貴族だって利権よりも自分の命が大事だろう。

 よくそんな危険人物が騎士をやっていられるなと思うが、もしかしたらこれが物語の強制力、主人公補正というやつなのかもしれない。

 俺はやや遠い目になりつつも、ベッドから机に場所を移動した。
 この世界は電気がないので夜はランプの明かりで過ごす。慣れているので不便は感じたことはないが、なんとなく記憶を思い出してしまうと、あの頃は便利だったなぁという感情が湧き上がるから不思議だ。

「さてと……」

 俺は真新しいノートを取り出すと、とりあえず日本語を書いてみることにした。

「お、まあまあ書けるかな」

 バランスが悪く小さな子どもが書いたような字になったが俺が読めれば問題ないのでよしとする。

「えっと、……とりあえず分かることから書いていくか」

 自分の手で文字を書くと考えがまとまる気がして、俺は小さい頃から悩むことがあると書き出すことにしている。

「そういえばこの癖、スマホにメモだと頭がまとまんなくてやり始めたんだっけ」

 こことは全く違う世界にいた自分のことを思うとなんだか不思議な気分だ。だけど確かにその頃の経験が生かされているのは分かる。

「あ、そうだ、タイトルは確か……」

 ――… 「真昼の月と夜の太陽が出会う空で」。α同士の恋愛を描いたオメガバース設定のBL漫画だったはずだ。
 絵がとにかく綺麗で、まー姉ちゃんが黒髪赤目フェチの同志である俺たちに布教した。
 
 王太子ヒューベリオンが自分の責務に押しつぶされそうになっていたところを奔放なアレスと出会い、お互いの心を解きほぐしながら熱愛に発展していく。
 ざっくりまとめるとこんな感じの話だったと思う。

 そんな二人の恋には色んな障害が待ち受けていた。

 まずは身分と立場。
 片や人気者の王子様で片や狂犬と呼ばれる騎士団の鼻つまみ者。アレスはかろうじて貴族ではあるけど、伯爵位未満は俺たちからすれば正直平民と変わらない。

 ふたつ目は性別。
 これは男同士というのもあるけど、第二性がαという二重の禁忌を犯している。それでもまだ殿下が唯一の直系王族でなければ認められたかもしれないが、残念ながらヒューベリオンが後継を残すのは最重要事項だ。子どもを産めない相手など論外なのである。

 みっつ目は婚約者。
 王太子ヒューベリオンは幼い頃から従兄弟のΩと婚約をしている。……そう、今の殿下には存在しない婚約者が漫画には存在していた。
 ちなみにその婚約者である従兄弟のΩの名前が、ミルドリッヒ。

 つまり俺。

 作中、ヒューベリオンを追い詰め、アレスとも肉体関係を持つ邪魔者Ωである。

 ……まさか俺がΩなんて誰が思うだろうか。平均男性の身長と容姿を持つ俺である。Ωというのは母上や王妃殿下のように可愛らしくて庇護欲をそそる容姿をしているのが普通だ。どちらかというと体も小柄な女性寄りである。俺にΩとしての兆候はない。

 漫画のミルドリッヒも母上似の小柄な男子だった。今の俺とは似ても似つかない。

「もしかすると、俺自身の設定が変わっているのかも……?」

 他にも俺が覚えている設定と違う点はいくつかある。そう考えると、現状と違うのだから漫画の設定をわざわざ思い出す必要なんて無いかもしれない。
 だけど、無自覚だったけど、前世の記憶のおかげで父上や母上、公爵領を助けることもできたし、幼い頃はヒューベリオン殿下の役に立てたという自負もある。

 それに今思い出したことに、何か意味があるのかもしれない。

「……とりあえず検証するにこしたことは無いよな」

 この期に及んで殿下の役に立つことがあるかもと思っちゃうあたり、俺も諦めが悪い。
 気を抜くとすぐに俺は青空みたいなサファイア色の美しい瞳を思い出してしまう。


 ――… うん、そうだな、さすがにもう、認めよう。

 俺はヒューベリオン殿下が好きなんだ。


 出会った頃の、張り詰めた薄い氷のように儚く砕けてしまいそうな殿下の美しさに目を奪われた。打ち解けて、年相応に笑う可愛い少年の笑顔に見惚れた。俺だからと他の人にはしない我儘を言う姿が愛しくて、たまらなかった。


 本当は誰にも取られたくない。ずっと一緒に居たい。殿下の隣は俺の場所であるべきだ。ヒューベリオン殿下の強さも優しさも弱さも美しさも勇ましさも、全部全部、俺だけが知っていればいいんだ。誰にも見せたくない。

 沸々とそんな嫉妬深い独占欲が心の中で渦巻く。

 だけど、それと同じくらい好きな子には幸せでいて欲しいという気持ちも浮かぶ。
 その幸せの邪魔になるなら、俺は潔く立ち去ろうと思える。諦めと清々しいほど善良な感情。
 偽善だろうとこの気持ちも嘘じゃない。泣きそうだけど、失恋というのはそういうものだろう。ヒューベリオン殿下の重荷にはなりたくない。素直にそう思う。


 ……まるで天使と悪魔の戦いのようだ。


 俺はぐるぐるする感情に思わず苦笑する。
 俺の気持ちに区切りをつけるためにも、漫画の記憶は整理した方が良いだろう。
 
 俺は改めて気合を入れると、ペンを握りなおした。


 
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