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25 さらなる問題
しおりを挟む朝の王城に響く鐘の音三回は始業を告げる合図だ。その鐘が鳴る少し前に俺は殿下の執務室に到着したのだが部屋に入って早々、今度は事務官たちが泣きついてきた。
「良かった……本当に良かった! おかえりなさいませ、ミルドリッヒ様」
代表して一番年長の事務官カインが俺に言えば、残りの二人も「ありがとうございます、ありがとうございます」とまるで神に祈るように俺に手を合わせてきた。去年採用したばかりのキールに至ってはマジ泣きである。どういうことなんだってばよ?
入室した瞬間に取り囲まれて戸惑う俺を三人はいそいそと俺の机に誘導する。
俺が着席すれば何一つ乗っていなかった綺麗な机の上に、これでもかとどこから出してきたのか分からない大量の書類をせっせと山のように積んでいく。
経験則で言えば……これは一ヶ月分くらいの未決済資料ではないだろうか……?
「あの、これは……?」
「ミルドリッヒ様にご確認いただきたい資料でございます」
三人の中では一番背の高いクロンが眼鏡を押し上げながら答えた。
「え……? 待ってください。これらの資料は確認して必要なものはヒューベリオン殿下へ回すようカインにお願いしていたはずですが?」
積まれた書類は主に各領地から送られてきた報告書だ。異変があったときに提出されるものなので、自然災害や不作などによる被害の援助を求めてくるものが多い。
中には異変関係なくただの金の無心というものもある。娘のバースデーパーティを盛大にやるには予算が足りないから金を貸してくれ、とか。本当にある。びっくりする。それはさておき。
「そうなんですが……ここにあるものは全てシュタイン様が破棄するようお命じになったものなんです」
「?」
俺はとりあえず一番上に乗っている束を手に取った。
「害虫被害により農作物が不作のため食料の援助を求む……、三地域からも……?」
時期は少しずつズレているようだけど、どの報告書も我が国の主食である小麦を好む虫が大量に発生し、収穫期の畑を食い荒らしてしまったというものだった。
「最近の方が被害が大きくなってるな」
「そうなんです。被害を拡大させながら北へ移動していて……このまま進むとベルノ地方に到達します」
ベルノは広大な農地が広がる地域だ。王都の食糧の多くもそこで生産されている。そこにこの害虫たちが到達してしまったら、王都も食糧難になるのは明白だ。飢饉に備えて多少の備蓄はあるが、被害を抑えられるなら手を打つ方がいいに決まっている。
記載されている日付からして一刻の猶予もない。通常は人、早ければ馬で運ばれてくる地方からの報告書にはタイムラグがかなりある。それに加えて今回は一月近く放置されていた。殿下の確認を取る時間も惜しいし、後手に回ってるのは殿下の責任もある。悪いけど事後承諾にさせてもらおう。
「急ぎベルノ地方の各領主へ伝達し、速やかに収穫作業を行うように指示してください。早馬の使用を許可します」
「承知いたしました……っ!」
勿論こちらからの連絡も時間がかかる。
収穫するにはまだ少し早いかもしれないが、全て食い尽くされて全滅するよりはマシだ。
「それから、この資料を害虫関連の有識者に渡して種類を特定、必要であれば調査に向かってもらって構いません。効果的な対応策があればとにかく聞いてきてください」
「わかりました。手配します」
「くぅ~~っ、ですよね! そうなりますよね! ほらやっぱりシュタイン様のことなんて無視して殿下にご報告して対策するべきだったんですよ!」
「ばっ、キール。滅多なことを口にするな」
カインはテンション高く騒ぐキールの首根っこを押さえて掴み、俺の言ったことを遂行すべく自分たちの机に戻っていく。
「このような案件が他にもございます。僭越ながら至急性が高いと思われるものを上部に置きましたので上から順にご確認ください」
目の前に積まれた書類の山を指し示しながら説明するクロンの言葉に思わず気が遠くなってしまう。
「一応確認するけど、シュタインがこれらをなぜ破棄するように指示したのか聞いてますか?」
「地方の粗雑なことに使う予算は国にはないと、仰られておりました」
「……なるほど、判りました。ちなみにそれに対して殿下はなんと?」
「おれたちはシュタイン様が来てからヒューベリオン殿下とは、ぜんっぜんっ話せてませんよ!」
へ?
「話せてないって……え?」
「シュタイン様が割って入って邪魔して……ではなく、自分が伝えると間に入られるので」
「そそ、で、殿下も苦笑いして「あとは任せた」とか言ってさぁ」
「こらキール、口を慎め」
「そんなわけで申し訳ないのですがミルドリッヒ様、こちらもこちらも至急確認してご判断をいただきたいので、急いで、ください。お願いします」
三人とも相当不満が溜まっていたのだろう。特にキールはカインに怒られてもブツクサと文句を言い続けている。大至急と俺をせっつくクロンの圧も強い。
王城は噂も広まりやすいから、みんなも処罰された騎士の経緯を知っているはずだ。そこから想像するにシュタインの逆鱗に触れないよう、彼の前では下手な行動を起こさないよう気を使っていたんだろう。
殿下付きの事務官になるような人材たちだ。危機回避能力もそれなりに高い。
そんな彼らがこの書類を破棄せず隠していたのは、相当なリスクだったに違いない。
俺が悪いわけじゃないけど、なんだか物凄く申し訳ない気持ちになってくる。
それにしても、だ。恐怖で部下を縛るなんて断じて許されることではない。
いやそれよりももっと許せないのは、するべき仕事をしてないだけでなく、邪魔をしていることだ。
シュタインはあまりにも物事を甘く考えすぎである。何のために地方の異変を報告してもらってると思ってんだよ!
これはもうすぐにでもヒューベリオン殿下をとっ捕まえて考えを改めてもらうべきだ。
こちらから殿下を迎えに行くことも考えたが、目の前に積まれた書類たちが許してくれない。
来たらすぐに時間をとってもらうからな! と、当たり前のように殿下が執務室へやってくると思っていた俺の考えが甘かったのだと気付いたのは、それから九時間後である。
「……え? なんで殿下は来ないの?」
書類を残り三分の一までに減らし、夕焼けに染まる窓の外を見つめながら俺がボソリと呟けば「最近は我々の勤務時間にいらっしゃることはないですよ」とカインに寂しそうな顔で言われてしまった。
終業の鐘が虚しく執務室に響く。
三人も昨日は久々にヒューベリオン殿下に会えたらしい。ちなみにシュタインは殿下にべったりなので当然ここには殿下と一緒にしか来ない。
え、ちょっとマジでこの状況、ありえないんですけど。
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