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24 出待ち
しおりを挟むヒューベリオン殿下の昨夜の宣言にも驚いたが、俺は今、目の前に広がる光景にも驚きを隠せない。
昨夜、殿下に考えがあるというので、本来帰城した俺に職務が戻るはずなんだけど、このままシュタインをそばにおくという話になった。
しかし何故か政務に関わる仕事は俺が引き上げることになった。付き人こそβ向きの仕事だと思うんだけど、ヒューベリオン殿下のそばで存在をアピールしたいからか、そこだけは俺に譲りたくないらしい。
いやそもそも譲るも何も、もともとは俺の仕事なんだけど……と、そんなこと言ったところで意味はないので殿下の指示通りにすることにした。
なので朝は殿下を起こしに行かないで良いのでそこそこゆっくり出来るのだけど、長年の習慣とは恐ろしいもので早起きした俺は休みの前と同じ時間に食堂へ向かった。
そこで俺が王城に来た時から良くしてくれている侍従長に「見せたいものがあるので時間を作ってほしい」と呼び止められた。
勤務までまだ時間もあるので食事をしたあとでよければと伝えれば、ではさっそくと侍従長に見せられたのが今目の前に広がる惨状だ。
朝の日差しが差し込むヒューベリオン殿下の部屋に続く廊下には、人だかりが出来ている。
「なに……これ?」
「ヒューベリオン殿下待ちの方々です」
思わず絶句する俺の横で、初老の侍従長が小声で告げる。
俺の部屋もあるヒューベリオン殿下の居城、東の宮殿の廊下は決して狭くない。だが廊下の半分が人で埋まっており、殿下の部屋から階段まで続く廊下全体に人だかりが出来ていた。人数にして五十人位はいるんじゃないだろうか……。
夜会で殿下と踊りたい令嬢たちが押し寄せてくる場面を見たこともあるけど、流石にここまでビッチリしてはいなかった。
しかもこの人だかり、貴族一人に対してお付きっぽい従者が五、六人居るように見える。
扉前の護衛たちが廊下の様子は視界に入らんとばかりに微動だにしていないことから、これはここ数日の出来事というわけじゃないのだろう。
そしてヒューベリオン殿下も容認している……のだろうなと思われる。
そうじゃなきゃ流石に王太子の寝室前にこんなに集合は出来ないだろう。
いやでもほんと、なんだこれ??
俺があまりにも分かりやすく戸惑っているからか、侍従長が気を利かせて別室にお茶を用意してくれた。
「最初は少人数が偶然を装い殿下の移動の際、お声をかけていたんです」
侍従長が語るにはこうだ。
俺が領地に旅立ち二週間が過ぎた頃シュタインが俺の仕事、殿下の身の回りの手伝いやスケジュール管理を行うようになった。
その頃から殿下が移動するタイミングに顔見せや殿下と話したい貴族たちが、なぜか丁度良く廊下など移動経路で遭遇するようになったそうだ。
「振り切ろうとしても周りを彼らが連れてきた者達に囲まれてしまい、殿下をお守りしようと押しのけた騎士の一人が処罰を受けました」
「はぁ?!?!」
「運悪く押しのけた使用人が怪我をしてしまっただけでなく、エーデルガルド家に縁のある者だったためヒューベリオン殿下でも騎士を庇いきれなかったようです」
いや、それは、かなりありえない。
王族の足止めをするために使用人で取り囲んで、それをどかした護衛を処罰するとか……それじゃヒューベリオン殿下を護れないじゃないか!
「殿下に対して不敬すぎるっ…! 陛下はなんと?」
「東の宮殿での出来事はすべてヒューベリオン殿下の采配の元、処理するようにと」
「我関せずってことですか……」
エーデルガルド伯爵家の力は絶大だと思っていたけど、ここまで王家を蔑ろにするとは。
『――……なんかもう面倒になって任せることにした』
ヒューベリオン殿下が言っていたのはこれか……。
殿下だとて最初はきっと抗っていたんだろう。だけど無駄に他人を巻き込むなら自分が我慢すべきだと判断したに違いない。
少なくとも魑魅魍魎たちは殿下に取り入りたいのであって危害を加えたいわけじゃない、殿下が耐えれば穏便にはすむ。
「いや、でも、さすがにあれは無い……」
もうあそこまでするなら普通に謁見だけの日でも作って、流れ作業のように会ったほうがマシだ。あとはあの手の貴族お得意の夜会にでも招待してもらって赴けばよい。
あの状態で実のある話など出来るわけがない。ただヒューベリオン殿下とお会いしたという実績が欲しいだけなんだろう。
先程見た状況は殿下の身を危険にさらすだけで、非効率だしあまりにも馬鹿げている。
父上が王城の貴族を狸と罵り、嫌う理由を痛感する。
「実は……殿下の部屋へ向かうべく皆様方の前を通ったメイドが叱責されたこともございまして」
「はぁ?!?」
え、どういうこと? オレの前を下賤の者が通るなってこと? それとも先に殿下に会うなとか、そういう事??
「そんな事もあって、あの廊下を通るのを皆恐れてしまい、結果、殿下のお支度はシュタイン様が行うことになったのですが……そもそもシュタイン様はあまりにも不慣れで、結局すべて殿下お一人でなされている状態です」
幼い頃からヒューベリオン殿下をそれはもう親代わりと言わんばかりに大事に見守り育ててきた侍従長からすれば、腹立たしい状況だろう。
うん、俺もその気持ちすっごく判るよ。
「どうか、ミルドリッヒ様、ヒューベリオン殿下をお救い下さい」
「……分かった。すぐには難しいかもだけど、なにか対策を考えてみるよ」
「宜しくお願い致します」
侍従長は俺に深々と頭を下げた。
……殿下に考えがあるって言うし、昨夜はこんな事になってるなんて想像もしていなかったから殿下の指示に従おうと思ったけど、さすがにこれは看過できない。
俺は鼻息荒く、俺の仕事場でもあるヒューベリオン殿下の執務室へ向かった。
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