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11 時は流れて
しおりを挟む「ねえ聞いた? やっぱりミルドリッヒ様はβみたいよ」
「もう十六歳なのに変化がないのでしょ? お小さい頃は利発でαっぽかったのにねぇ」
「でも殿下と並ぶと大分普通って言うか、特に最近は……ね」
「あー分かる。すごく凡人になられたって言うか」
春うららかな季節。花の蕾がほころび小鳥が歌うようにメイドたちのおしゃべりも花が咲く季節のようだ。
渡り廊下の庭先でたむろするメイドたちの横で俺はわざと「ゲフッ、ゴホッ」と大げさな咳払いをする。
俺の存在に気づいたメイドたちは一斉に整列して頭を下げた。
「……王子宮のメイドが人目のあるところで私語に華を咲かすなんて感心しませんよ」
「も、申し訳ございません! ミルドリッヒ様」
「今度話すときは休憩室など、使用人区画でお願いしますね」
「……はいっ」
噂話の張本人にまさか聞かれるとは思ってなかっただろう。真っ青になっているので、叱責するまでもなく反省してくれてると信じて追い打ちはかけまい。
「ミルヒは優しいな」
蜘蛛の子を散らすように静かに素早く立ち去ったメイドたちを見送っていれば、背後からやってきたヒューベリオン殿下に肩を抱かれた。
その手をベリっと剥がす。
「殿下もです。人目のあるところでの過度なスキンシップや、愛称呼びは禁止です」
俺が怒ってますよという顔で言えば、キラキライケメンスマイルを惜しげもなく浮かべながら、ヒューベリオン殿下は「真面目だな」と呟いて俺から離れた。
十七歳になられたヒューベリオン殿下は、それはもう予想以上のキラキラ王子に成長した。
幼少期よりも明るくなったサラッサラの金髪はすっきりと短く、ふぁっさふぁさな睫毛に縁取られたサファイアの瞳は全てを見通すような理知的な輝きを放っている。
顔立ちは言わずもがな、背は平均的な身長の俺よりも頭半分くらい大きく、手足も長くてスタイルも良い。
出会った頃は俺とほぼ変わらなかった胸の厚みなんかは、もう全然ヒューベリオン殿下のが立派だ。
メイドたちが言っていたが殿下と俺が並ぶと、身体も顔も超絶美しいカリスマ王子と、まあまあなんでも平均的な公爵令息って感じに見えるだろう。
ぐっ、俺だって平均から見ればまあまあ顔もスタイルも良い方だと思う。思うけど……所詮中の上。父と母の両方にちょっとずつ似た結果、俺は平凡になってしまった。我が事ながら残念なやつである。
「明日は何時頃出発するんだ?」
俺がイケメン王子をぐぬぬと見つめていれば、フッと笑った殿下が問いかけてきた。
「朝日が登る頃には出る予定です。うちは王都から結構かかりますしね。あ、二ヶ月もお休みいただきありがとうございます」
「構わないさ。ミルドリッヒはずっと頑張ってくれているし、たまにはのんびりしてきてくれ」
長期休みの礼を言えば、殿下は穏やかに微笑む。それにしても本当、立派に成長されたものだ。
ヒューベリオン殿下が本音を見せてくれたあの日から、俺たちの関係は少しずつ変わっていった。
殿下は相変わらず完璧な王子様ではあったけど、俺の前では愚痴や我儘をだんだん言うようになり、気づけば親友のように仲良くなっていた。
一時期なんかは俺と離れるのを殿下が嫌がったため実家に帰ることが出来なかったけど、ここ数年は落ち着き毎年帰省が許されている。
といってもいつもは三週間程度だったんだけど、今年はなんとニヶ月なんていう長期休みを貰えたのだ! いつもの二倍以上である! すごい!
ふふふ、三人目の弟も生まれたし、可愛い盛りの妹弟たちにも会えるのが楽しみである。
まあ、長期休みを貰った理由はそれだけではないけどね。
ちょっと込み入った相談を父上としなければならないのだ。その話し合いが長引くんじゃないかなと思っての日程でもある。
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