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10 スペアなんかじゃない

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 ううう、なんか心が痛む。
 よしよしと俺は優しくヒューベリオン殿下の背を撫でる。

 ヒューベリオン殿下と女王陛下ちちおやの関係は悪くないと思う。だけど圧倒的に会話がないし当然スキンシップもない。王妃殿下ははおやともあまりお会いできてないみたいだし、親の愛情を実感しにくいのかもしれない。
 ちなみにヒューベリオン殿下のご両親、この国の王と王妃はともに女性のαとΩの夫婦で、キリッと格好良い女王陛下と、守りたくなる儚げな王妃様は二人並ぶと圧巻である。何人たりとも二人の間に挟まることは許さん!!! て感じの方々だ。

 そんなお美しいお二人から「ヒューベリオンを支えてほしい」って、初めて会った時に俺は言われている。
 彼の周りには年近い者はいないから、できれば友のように親しくしてもらえたら嬉しいと。

 俺はヒューベリオン殿下のスペアとして呼ばれたわけじゃない。

 もしそうだとすれば逆に父上は俺を王城に行かせなかっただろう。王位争いなんてそんなの茨道だって身をもって分かっている人だから、可愛い息子を魑魅魍魎の巣窟に投げ込むようなことはしない。

 そう、王族の孤独を知ってるから、父上は俺がヒューベリオン殿下のもとへ行くことを許してくれたのだ。彼が次代の王としてしっかり立てるよう補佐させるために。

 王も父も、もちろん俺も、ヒューベリオン殿下が邪推するような事は考えていない。

「まったくもう何言ってるんですか、陛下だって俺を殿下の代わりになんてことは考えてませんよ」
「ぐずっ……で、でも……じゃあ……なんで、お前までボクと一緒に……」
「それは簡単な話です。殿下といっしょに勉強して、わかんないところをお互いに教え合うためですよ。一緒の授業受けてなきゃできないでしょ?」

 普通の十歳児では殿下の授業について行くのは無理だ。すでにαとして才能を開花しており、なおかつ身分が釣り合う者でなければ側に置くことは難しい。

「……それは……ボクが出来損ないだから……ミルドリッヒに教えて貰えってことだ……」

 ぐずぐずとさらに泣き始めたヒューベリオン殿下の言葉に驚愕する。

 いやいや、待って待って! なんでそんな風に受け取るの??
 どうしてこんなに完璧な王子様が、ここまで自信喪失してるの??
 ぐずるヒューベリオン殿下を抱きしめながら思わず唖然としてしまったが、ふと俺は気付いてしまった。

 ――… 自信を無くしたんじゃなくて、ヒューベリオン殿下にはそもそも自信が育ってないんだ!!

 よくよく考えればまだ殿下は十一歳。お子様である。俺の方が年下だけど、俺は父上と母上に褒められ甘やかされつつ可愛い双子の妹たちと全力で遊ぶという日々を過ごし、その中でやる気も自信も手に入れてきた。
 
 その点、ヒューベリオン殿下はどうだったんだろう?

 きっと、ずっと一人で頑張って来たのだ。女王陛下だって王妃殿下だって、ちゃんとヒューベリオン殿下を褒めることはあると思う。
 だけど真面目な……ううん、親子の愛情を感じていない殿下では、それを素直に受け取れなかったに違いない。もしかすると逆にプレッシャーに感じているのではないだろうか。「頑張ったね」「すごいね」が、「もっとやれるよね」と変換されちゃうやつである。

 これは早急に殿下を甘やかして、殿下のメンタルを自意識過剰で自信満々に育てなければなるまい。

「殿下はものすっごい優秀です!」

 俺は身体を離すと殿下の顔を覗き込む。案の定、殿下はサファイア色の瞳を涙で濡らしていた。
 くっ、美少年の泣き顔……かわいそうなのに絵になるとか思ってごめんなさい。

 俺はそっと深呼吸して、思考と感情を落ち着かせる。

「俺は陛下と王妃殿下からヒューベリオン殿下を支えて欲しいって頼まれました。代わりになれなんて言われてないし、お二人は殿下のために俺を殿下のそばに連れてきたんです」
「ボクの……ために?」
「そうですよ。だってヒューベリオン殿下とまともに会話できる子どもなんて、稀に見る優秀なαと名高い俺くらいしかいないんですから」

 俺の自画自賛にヒューベリオン殿下の瞳が揺れる。何言ってんのこいつ、と恐ろしいものを見るような瞳だ。でもこのくらい自惚れていい。
 そのくらい俺たちは良い子で、尊い存在なのだ。

「だから俺が呼ばれただけですよ。王弟ちちうえの子だから、王族の血筋だスペアになるからじゃないです。俺がヒューベリオン殿下の側近にふさわしいからです」

 俺はそっとヒューベリオン殿下の涙を指で拭う。

「……ほんとに?」
「はい。誓って嘘じゃないです。まぁ俺の言葉だけじゃ信用できないと思いますけど。俺の言葉も、あちこちの噂やヒューベリオン殿下のお耳に嫌なことを囁いてくる魑魅魍魎と同じくらいに気に留めてもらえると嬉しいです」
「……………。」
「俺はこれからも殿下のお側にいて行動でも忠誠を示すので、信じられるようになったら信じてください」

 指で拭った涙が更にポロポロ溢れてくるので、俺はハンカチを取り出し殿下の頬を拭う。
 そんなに泣いたら目が落ちちゃわない? 大丈夫??

 俺がハラハラ見つめていれば「わかった……」とヒューベリオン殿下は小さくつぶやいた。



 このあと何ごとかとやってきた侍従長に問い詰められた俺たちだったが、「手のひらのマメをミルドリッヒに触られて、痛くて泣いた」とヒューベリオン殿下が説明したため、俺がものすっごい怒られた。解せぬ。

 その日の遠乗りは当然中止となった。


 
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