8 / 73
8 完璧な王子様
しおりを挟む俺はヒューベリオン殿下の着替えを手伝いつつ、使用人のみんなが離れたタイミングを狙って殿下に話しかけることにした。
完璧主義の王子様は使用人が居るところで弱みを見せるのは難しいだろうという配慮ではあるんだけど、どっちにしろ俺のしようとしてることは強行案なので殿下に嫌われそう……。
でも、大事になるまえに強行突破させてもらう! 殿下を守る側近としてこれは間違った行動ではないはずだ。
「殿下、午後の遠乗りは中止しましょう」
「……なぜ?」
殿下のシャツのボタンを留めながら俺が声をかければ、珍しくイラッとした顔で殿下が俺を見下ろしてきた。
俺は気にせず殿下の右手を取る。腕を引いて隠されそうになったので手首を掴んで阻止した。
そのまま殿下の手を覗き込めば、手のひらには幾つもマメが潰れたあとがあった。
「つっ……」
「ちょ、これ、痛そう。剣だこ……ですか? 治療は?」
たぶん、間違いなく、剣だこだろうけど、血こそ止まってはいるが包帯が巻かれることもなくそのままになっている。
慌ててヒューベリオン殿下を見上げれば、物凄く冷ややかな目で俺を見下ろしてる殿下がいた。
思わず「ヒェ」と俺の口から声が漏れる。
「…………。悪いが皆、暫くの間ミルドリッヒと二人にしてもらえるかな」
そして冷え冷えの殿下は綺麗な笑顔を顔に貼り付けて、メイドさん達を追い出す。本来護衛は室内待機なのに、彼らまで外に追い出してしまった。
え、そこまで隠したかったのっ!?
ヒューベリオン殿下の手を握ったまま呆気に囚われる俺に、殿下は笑顔のまま威圧してきた。
「予定の変更はしない」
「は? だめに決まってるでしょう。怪我してるんですよ? もし痛みで手綱を離したりしたらどうするんですか!」
ヒューベリオン殿下が落馬なんてしたらそれこそ大問題だ。
「そんなことはしない。それに危機的状況で乗馬を強いられることだってあるかもしれない。その訓練だ」
は?
「いや、あるかもですけどそれはその時に頑張ってください。とにかく今日はダメです! 中止の指示と治療の準備をしてきます」
「待て! 勝手なことをするな。私の不注意で予定を変えるわけにはいかない。……皆に迷惑がかかる」
冷え冷えした雰囲気はそのままに、殿下は視線をそらした。
なるほど、それが本音か。
ヒューベリオン殿下は絶対に我儘を言わない。
聞き分けが良く、手のかからない、聡明なαの王子様。みんなそれを当たり前のように受け入れて疑いすらしない。
でもさ、王族のαだからって生まれたときから完璧なわけないじゃん。
なんでこんなに痛そうな傷を、成長途中の子どもが治療もしないで我慢して、大人に気を遣わなきゃいけないの?
そんなのおかしい。
……かといって、殿下にそんなことを言ってしまえば彼の今までの努力を否定しまうことになるだろう。
だからここは、聡明な王子の部分へ合理的な訴えをする方がいいに違いない。
「殿下、冷静に判断してください。それこそ落馬する方が大問題になります。御身に何かあってからでは遅いんですよ」
「……」
俺は殿下の傷だらけの手をそっと握ったまま、忌々しげに俺を見つめてくる冷ややかなサファイア色の瞳を見つめ返す。
「お怪我や病気は仕方ありません。誰も殿下を責めたりしませんよ……っぁて」
俺は出来るだけ優しく殿下に言い聞かせようとしたが、殿下は俺の肩を思いっきり押した。
よろけた俺は思わず尻餅をついてしまう。
まさか手が出るとは思ってなくて思わずポカンと殿下を見上げれば、先程までの涼やかさはどこへやら、怒りをあらわにした少年がそこには居た。
982
お気に入りに追加
1,992
あなたにおすすめの小説

モブ兄に転生した俺、弟の身代わりになって婚約破棄される予定です
深凪雪花
BL
テンプレBL小説のヒロイン♂の兄に異世界転生した主人公セラフィル。可愛い弟がバカ王太子タクトスに傷物にされる上、身に覚えのない罪で婚約破棄される未来が許せず、先にタクトスの婚約者になって代わりに婚約破棄される役どころを演じ、弟を守ることを決める。
どうにか婚約に持ち込み、あとは婚約破棄される時を待つだけ、だったはずなのだが……え、いつ婚約破棄してくれるんですか?
※★は性描写あり。

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!?
※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。
【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど?
お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

婚約破棄されるなり5秒で王子にプロポーズされて溺愛されてます!?
野良猫のらん
BL
侯爵家次男のヴァン・ミストラルは貴族界で出来損ない扱いされている。
なぜならば精霊の国エスプリヒ王国では、貴族は多くの精霊からの加護を得ているのが普通だからだ。
ところが、ヴァンは風の精霊の加護しか持っていない。
とうとうそれを理由にヴァンは婚約破棄されてしまった。
だがその場で王太子ギュスターヴが現れ、なんとヴァンに婚約を申し出たのだった。
なんで!? 初対面なんですけど!?!?

お飾り王婿ライフを満喫しようとしたら、溺愛ルートに入りました?
深凪雪花
BL
前世の記憶を取り戻した侯爵令息エディ・テルフォードは、それをきっかけにベータからオメガに変異してしまう。
そしてデヴォニア国王アーノルドの正婿として後宮入りするが、お飾り王婿でいればそれでいいと言われる。
というわけで、お飾り王婿ライフを満喫していたら……あれ? なんか溺愛ルートに入ってしまいました?
※★は性描写ありです
※2023.08.17.加筆修正しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる