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10、その後

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 ――…ショウマに元の世界に戻れる可能性を告げていたら「あいつ」の元に戻るために、もっと自分自身を守ったのだろうか……。

 その後、海の孤島に我が国の皇女殿下が来るまで、私はどのように過ごしていたか記憶がない。

「私はここに残ります。ショウマを探したいんです」

 国に戻るよう皇女殿下に説得されたが、私は頑として首を縦に振らなかった。
 エミリーとダンも残ると言ったが、国では二人を待つ家族も居る。

「二人とも私なら大丈夫。妖魔も減った今、私に脅威などない」

 皇女殿下はそれから半年の間、多数の兵をつかいショウマを探した。海の孤島も近海も。流れ着いた人はいないかと船乗りに話を聞き、流れ着くだろう国々にも使いを出してくれた。

 観察師が消失したというなら、この世界にショウマは存在していないということだ。皆そんなことはわかっていた。

 だけど私はちゃんとショウマに会って、帰れる可能性を伝えなければならないと思った。

 我が国は世界を救った者を皇族に引き入れたいのだろう。
 救世主のショウマが適任だったが、その目論見は叶わなかった。なので次に私の元へ皇女殿下との結婚の話が来た。私はその話にも首を縦には振らなかった。

 星落しの呪符は禁忌ともいえる技だった。
 それを私が使ったことは世界の知るところである。だから誰も私に無理強いは出来ない。

 国に星を落とされては困るからだ。


 1年経ち私は一人になったが、海の孤島でショウマを探した。衣服などどうでもいいと思ったが、いつショウマに会えるか判らない。みすぼらしくない様身なりを整え、洞窟に居を構えることにした。

 3年経ちダンがプリンを持ってきた。プリンとは似ても似つかない塊だったが食べれば自然と涙が出た。不味かった。「なぜダンにプリンを教えなかったんだ、ショウマの嘘つきめ」と私は始めて声に出して救世主を罵った。

 5年経った頃、エミリーが結婚したと夫を連れて来た。私は「おめでとう」といつぶりか判らないほど、久しぶりに嬉しいと言う感情を思い出せた。

 その翌年、皇女殿下とダン、そしてエミリーの三人がそろってやってきた。私を含めたこの四人が揃うのは5年以上ぶりだった。

 用件はこうだった。
 私が妖魔の核の残滓ざんしなのではないかと他国が騒ぎ出している、というものだ。

 妖魔の核だから海の孤島から出ることが出来ないのではないかと疑われているらしい。
 皇女殿下はその美しい顔を悲し気に歪めて言った。「救世主様との思い出の地を離れたくないメイラ様のお気持ちは判ります。ですがこのままでは救世主様の功績に傷がついてしまうかもしれないのです」と。
 そしてダンが言う。「知り合いに果樹園をやっているやつがいる。そこで新しい生活をしてはどうか」と。それにエミリーが続けて言った。「ショーマ様、妖魔の核を倒したら地方でスローライフをしたいって言ってたじゃないですか。メイラさんが叶えてあげましょうよ」と。

 ショウマの夢はショウマの夢であって私の夢ではない。

 だけど、私のせいでショウマの功績に傷がつくのが、ショウマの救世主としての資質が疑われるのは許せなかった。

 だから私は光樹の剣と共に、スローライフを送ることにした。

 ダンの妻の父の従姉妹の娘の嫁ぎ先の隣の家である果樹園で私は過ごすことになった。
 海の孤島よりも広い果樹園は収穫の時期にはたわわな葡萄の実をつけ、甘い匂いを漂わせていた。私は果樹園のはずれの小屋に住む代わりに年に一度の収穫の時期に手伝うことになった。

 私はオムライスを作りたくて、小屋の周りの庭で鳥を飼い、トマトを栽培した。そこで米を作るのは困難だったので少し離れたところに田んぼを作った。

 エミリーに子どもが生まれ、ダンが孫に囲まれたころには、私は近隣の子に勉強を教え、先生と呼ばれるようになっていた。
 皇女殿下と出会った頃に人々から呼ばれていた「光樹の符術師」よりも、「先生」と呼ばれる方が幾分も誇らしく思えた。

 ダンがこの世界から老衰で消失した頃、私は頻繁にショウマのことを弟子に語る様になっていた。弟子は私に似ており人付き合いが苦手だった。性格は私よりも問題があって、生きていくのは大変だろうと思った。
 そんな思いもあり私は自分の術を教えることにした。この力のお蔭で私は自分の意志を通すことができたのだ。勉強は教えることはあったが、他人に符術を教えたのはこの弟子だけであった。

 人付き合いが苦手だった弟子が可愛らしい妻を娶った頃、エミリーも既に病気でこの世界から消失していた。

 結局、ショウマが救ったこの世界を私が一番長く見守った。

 私はショウマが救ったこの世界から、自ら消失することができなかった。

 だから世界が私を消失させるまで、見守ると決めた。

 貴殿に会えただけで、私は幸せだった。

 ……違う。うそだ。本当はショウマと一緒に生きたかった。

 空は青く太陽は暖かく、実りは豊かで人々は幸せだと笑う、この平和な世界で一緒に。

 愛しているショウマ。この想いが叶わなくても……ずっと。


「良かったなクソジジィ。やっとショウマのとこにいけるじゃねえか」
「ちょっと、そんな言い方しなくても……」
「いいんだよ。ほら笑ってるだろ」


 ――…最期まで憎まれ口を叩く弟子に看取られながら、私はこの世界から消失した。






 ――……頭が痛い。
 後頭部だ、なんだ私は死んだんじゃなかったのか。

「……ら、……あきらっ、おいっ」

 頭が痛いのに耳元で騒ぐな。

翔馬しょうま……うるさいよ…」
明良あきら!!!!!!」

 がばりっと何かがオレに抱き付いてきた。頭がぐわんぐわんする。そして煩い翔馬の声の他に雑踏が聞こえた。

「頭打ってたら危ないから乱暴にしたらだめだよ」
「今、駅員さん呼びました、あ。来た。こっちでーす!!」

 目を開ければ涙ぐむ翔馬の顔があって、サラリーマン風のおじさんと女子高生二人組が駅員を呼んでくれていた。
 あーそうだ、オレ、階段上っている途中で眩暈がして、足踏み外して後ろに落ちたんだった。

 目の前の駅の階段を見つつ思い出す。
 そして頭を打って、前世の記憶? いや他人の記憶? を思い出した。
 
 メイラ・エルダナンシア・シャローア。
 あれでいて地方貴族の次男だった。記号というか文字というかマークというかで魔法を使う符術師だ。
 20歳から1年半、救世主と共に妖魔の核を滅ぼす旅に出て見事目的を達成。
 死んだ救世主の代わりに英雄に祭り上げられたが、皇女との婚約を断り隠居。
 102歳まで生きた。

「よかった……明良の目が覚めなかったらって思ったら…俺……」
「ははん、やっと置いていかれる人間の気持ちが判ったか」
「……え?」

 涙ぐんで心配する友人――遠野翔馬とうの しょうまにオレは意地悪く笑ってしまった。

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