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番外編(ライル視点)「満ちた夜の話」
第九話
しおりを挟む転びかけた後のいつもの流れなので、最初こそ「おろして」と言ってたセリだが今は何も言わなくなった。こうやってオレがべたべた触ってもセリは恥ずかしがりはするが嫌がらない。それがすごくホッとする。
「なあ、最近思ったんだけどセリが転びやすいのって運動神経の問題じゃなくて、祝福能力の反動じゃないか」
「またその話? だから僕にはそんな能力ないってば。何度も言ってるけどライルさんと付き合ってる時点で普通に幸運すぎるよ、全然不運じゃない。……転んでもこうやって、なんか甘えさせてくれるし……良い事しかない」
ちょっと照れつつオレの肩に額をぐりぐり押し付けてくる姿は猫みたいで癒される。髪を撫でてから耳を指でふにふに揉めば可愛らしく身じろぎをした。
付き合い出してからセリに祝福能力者なのか聞いてみたが否定された。本人には全く自覚がないらしい。
だけどこの半年間、セリとオレの関係は新聞に載っていない。それは俺にとっては物凄い幸運だ。他の大物役者の破局だとか、シャクナとイワンが恋人になったこともあって、オレがシャクナに失恋して大人しくなったと思われてるのが幸いしている。それにしたって不思議とオレの周りは静かだ。
さらに言えばセリの天使の経歴にしても普通じゃない。第二歌劇団は三つの歌劇団の中でも暗黙の年齢制限が厳しい団だ。二十歳過ぎて入団出来ることはほぼない。それを通過した。異例中の異例だ。それなのに変な噂も聞かない。
たまたま入団試験の時に有力候補者が軒並み棄権して、尚且つ新しい演目でキーパーソンとなる脇役のイメージに彼女がぴったりだったから合格したのだと、第二歌劇団の奴から聞いた。幸運が重なったのよね、と。
セリの周りでこれだけ幸運なことが起きているんであれば、確定でいいような気がするけどセリは認めない。
自分はそんな特別な人間じゃないと。
確かにセリの容姿は地味だが、第三特務隊の中で噂になる様な人間が凡人であるはずない。周りの認識と本人の認識が違うという典型だ。
それに本当に小さなことだけど、セリは例えばシャワーを浴びていたらお湯が出なくなるとか、急いでいる時に具合の悪い人に遭遇するとか、お釣りを少なく渡されるなんてことが多い。あとチケットも倍率からすれば取れない人数の方が少ない時でも当選していない。
他にも何もないところで躓いたり、この前は持ち手部分から刃が突然抜けた包丁を危うく足の上に落としかけていた。
これ本人はいつもの事だから気にしてないが……確実に小さな不運が起きている。
本当に今まで無事に生きていてくれて良かった。
オレは無神論者だけど、セリの傍で過ごすようになって「神様に感謝する」って事を覚えてしまったくらいだ。
そんな事を思い出せば、セリがさらに愛しくなってくる。
いつも通り、髪に、こめかみに、頬に、瞼にとキスの雨を降らせていれば、セリが頬をうっすらと染めて太腿をもじもじとすり合わせ始める。
「あ、あの、ライル……えっと」
セリはアリオンが認めるほど優秀な人間だ。物覚えがすごくいい。
どんな時でもオレを呼び捨てにすれば、オレが気付くと判っている。
「うん、いいよ。シよっか」
セリの手からカップを取り上げてサイドテーブルに置く。
その間に首に抱き付いてきたセリが唇を舐めてくる。唇を薄く開けばおずおずと舌を差し入れて来たので、ちゅうちゅうと柔らかく吸いついた。
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