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番外編(ライル視点)「満ちた夜の話」
第七話
しおりを挟むセリと会う約束をした前日。公演の最終日だった。
いつもなら打ち上げで相手を見繕い、そのままお持ち帰りまたはお持ち帰られコースなんだが、勿論そんな事はしない。
というか、気分じゃない。
自分でも不思議だが、セリを知ってからどうにも他の奴らに興味が無くなってしまった。
とりあえずホテルに戻るか、と思っていたら楽屋に来たアリオンが爆弾発言を投下した。
「は?! じゃあもうずっとセリは詰所に監禁されてるのか???」
「監禁じゃない、保護だ」
つい最近、シャクナを狙った悪質な嫌がらせがあった。そこからどうにも魔物を意図的に操っている者がいるらしいことが判り、緘口令が敷かれつつも第三歌劇団内に特務隊が捜査に入っていた。
「オレと一緒にいたせいなら、なんでオレに話を聞かない!」
オレの周りの不審人物ということでセリは警備隊詰所に五日以上囚われていた。アリオンに詰め寄れば冷ややかな目で見下ろされる。
「公演中のララに尋問なんてできるわけないだろう。お前、自分の立場判ってるよな」
「だからって罪のない奴をその間、牢屋にぶっ込んでおくなんておかしいだろ!」
「一応保護の名目もある。へたに釈放して本格的に巻き込まれたら、余計に悲惨なことになるからな。あと牢屋ではない」
「似たようなもんだろ。怪我とかしてねぇだろうな?」
「初日に殴られたらしいが、腫れたぐらいで大事はないそうだ」
「はぁ??? お前の天使じゃねぇのかよ?! 守れよ!」
思わずアリオンの襟首を掴んで揺さぶる。その手にそっとアリオンの手が重なった。
「私ができる範囲で手は回している。ララ、少し落ち着け、お前らしくないぞ」
冷ややかな顔と声で言われ、舌打ちしながら手を離す。
オレらしくない? そんなのオレが一番判ってる。
頭をかきむしりながらソファーに座れば、アリオンを横目で見た。アリオンが手を回してるなら酷い待遇にはなってないはずだ。今はコイツを信じるしかない。
「犯人の目星もついたから近く解放の予定だ。あとお前も明後日聞き取り調査を行う」
「オレと会ったからセリは嫌な目に会ってるのか……あいつ祝福能力者なんだろ?」
「さぁ?」
アリオンのとぼけた返事に再び舌打ちする。
「ここに来て隠すなよ」
「隠してなどいない。そもそも、祝福能力は判定が難しいし特務隊で調べることもない」
「は? じゃあこの前のカマかけはなんだよ」
オレが忌々しそうに言えば、アリオンがオレの前に膝をついて、見上げるように視線を合わせてくる。
この体勢は正直好きじゃない。コイツと出会ったガキの頃を思い出すからだ。
「お前がどの程度、ティアーネ主任を知りたいと思ってるのか確認したかっただけだ」
「……そんな確認して、どうする?」
「お前が本気なのか知りたかったんだ。来る者拒まず去る者追わずのお前が、たかが一晩の相手の素性を聞くなんて、しかも私にだ、今までなかっただろう」
「で? ……満足したかよ」
「ああ、ちゃんと調べたんだな。本気でティアーネ主任が気になっているんだって驚いた」
アリオンは会った頃からそうだった。
娼婦に成り下がった女の子どもだってのに、オレに偏見も持たなければ頭ごなしに説教もしない。それを知ってたからか、母親がオレを預けたのは旦那様じゃなくてコイツだった。
「それにライルって名乗ったんだってな」
「……悪いかよ」
「いいや、それはお前の母がお前につけた大事な名前だ。その名前をまた呼んで欲しい相手ができたなら、私はとても嬉しいよ」
そしてアリオンは昔から、なんでもいい話にしたがる。
セリにライルと名乗ったのは単にララ以外の名前で呼んで欲しかったからだ。そんなに深く考えてない。
「明後日ティアーネ主任と会えるように時間を調整しよう」
「……オレなんかがセリの周りをうろついてもいいのかよ。お前の天使なんだろ」
オレの言葉にアリオンが目を見開いてから、ムカつくことに「ククッ」と声を漏らして笑いやがった。
「私のというよりは第三特務隊の、だ。お前とティアーネ主任の関係に私の許可なんて要らないだろう。お前も言っただろう、彼も大人だ。それに思った以上に肝が据わってるから、ララ相手でも平気で振りそうだしな。まあせいぜい頑張れ。砕けたら骨くらいは拾ってやる」
結局のところ、オレがセリを遊び相手にするつもりなら止めるつもりだったんだろう。こういうのは何て言うんだ? 誠意が伝わった、とでもいうのか。
セリとの接点は多い方がいいに決まっている。
アリオンの態度は正直苛つくが、微妙に感謝はすることにした。
そう、この時はこれでもちゃんと感謝してた、ってのに。
一週間も独房に入れられて、消沈してるかと思ったセリは結構元気だった。服とか髪とか多少汚れてはいたが、その表情は前に会った時と変わらない。むしろ元気そうだ。
「恋人っぽい人もきっと忙しいだけだって思うんだ。だからってライルさんが浮気したら駄目だよ。余計に寂しくなっちゃうと思う」
抱きしめてこのまま連れ帰りたいのを我慢してれば、キラキラした目でなんか恐ろしい事を言ってきた。
恋人? や、確かに最初の時に言ったけど、なんでそれが今蒸し返される?
「まって、セリ。何の話をしてる?」
オレの問いに返事はなかったが、状況から悟った。
セリはオレとアリオンが恋人だと、多分、いや間違いなく、誤解した。
しかもタイミング悪くやって来たアリオンのせいで、誤解を解くタイミングも計れなかった。
尋問で何かオレについて言われたのか? 余計なことをって腹が立ったがどこか自分の中の冷静な部分が気付く。
これは身から出た錆、自業自得、ってやつだ。
――…… セリに嫌われたんだ。
思いっきり身体を押されて、拒絶された。
キラキラした目が悲しそうに憐れむようにオレを見た。
そりゃまあセリからすれば酷い目にしか合ってない。オレとの関係を切りたくなるのは当たり前だろう。
「……ごめん」
せめてセリの為に用意したチケットで楽しんでくれればいい。
その為に、オレなんかに抱かれて、しまいにはこんなところにぶち込まれたんだ。
そこまでしてまで観たいってファンに思わせる、第二歌劇団の役者が羨ましかった。
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