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本編
⑬ 窓口の天使
しおりを挟む後ろから扉に激突されて、痛みでうずくまったライルさんの腕から僕は離れて思わず数歩下がる。
扉から入って来たのはそれはもう綺麗な人だ。
淡い金髪に青い瞳、あ、そうだこの人が王女様のお気に入りで別名「氷の華」と呼ばれている人だと、近くで見て思い出した。
舞台上では温かみのある月みたいだったけど、今は絶対零度のそれはもう冷たい視線で床に丸まってしまったライルさんを見下ろしている。
「おい、楽屋にファンを引きずり込むとはどういう了見だ」
地を這うような声とはこの事か。
見た目がすごく綺麗で人間離れしているから声に感情がのっていなくて、異様な不気味さがある。
「おっまえな! 今ね、本気で口説いてたとこなんだよ!!!」
痛みから復活したライルさんが氷の華に食ってかかる。二人が正面向き合い並び立つ姿はとっても絵になる。すごいな、さすが第三歌劇団員。
「信用できるか」
「あ、あの、僕ライルさんじゃなくてララさん? のファンじゃないです」
僕は首から下げている関係者パスを見える様に掲げるが、氷の華はそれを一瞥する。
「そんなものまで用意して……。あのな、外で何しようが口出しはしないがここは劇場だ。場所は弁えてくれ」
「本気で本当にこいつはオレのファンじゃない。オレの恋人だ」
いつの間にか僕の隣に立っていたライルさんが僕の肩を抱き、はっきりと氷の華に宣言した。
宣言したけど。
「はっ、で? 今何人いるうちの何人目の恋人だ?」
「っぐ」
ものすっごい冷たい視線と声を返された。
たじろぐライルさんに、たぶんここは笑うところじゃないけど、僕は思わず「ふふふっ」と笑ってしまう。
それを氷の華が怪訝そうに見る。
「ふふふ、ライルさん信用されないのって役者で演技してるとか、そういうことじゃなくて普段の行いだったんですね、ふふっ」
言葉が想いが真実か伝わらないから信用されないって話かと思ってたけど、違っていたことに思わず笑いのツボに入ってしまった。
「セリ、あのさ、誤解だから。今は誰とも付き合ってないから!」
「え、あ、はい。そうなんですね」
「あ、いや、セリとは付き合いたい……」
「うん、それはさっき聞いたし、いいよ」
「え?」
「ライルさんの恋人になります。だからキスもちゃんとしよう」
必死に言うライルさんにふふっと笑いながら僕は答える。こんな綺麗な人の前で僕に付き合いたいって言ってくれたの凄く嬉しかった。
自分より似合う人がライルさんには居ると思った。その人と恋人になるのがライルさんの幸せだって。
だけどそれは僕が勝手に外見から思ったことって気付いた。
ライルさんが求めてるのはそういう外見のことじゃないって知ってたのにね。
ライルさんはゆっくりと僕を抱きしめた。その背中をあやすように僕はぽんぽんっと撫でる。
僕たちの様子にさっきまで氷の様な視線を向けていた氷の華が、きょとんとした顔をして氷のような声が溶けて、春の小川みたいな優しい声に変わった。
「え、本当にララが口説いてたのか?」
「だからそうだって言ってんだろ」
「……大丈夫なのか? その色々と。その人あまり遊び慣れてる感じ、しないけど」
「大丈夫です。僕になにかあるとライルさん、第三特務隊の半数位を敵に回すそうなので変なことは出来ないと思います」
「?????」
なんだか先ほどまで熱愛していた相手から王子を奪ってしまったみたいで申し訳なかったのだけど、僕はライルさんから離れる気にはなれなかった。
***
「窓口の天使?」
「そ、セリのあだ名だってさ」
ソファーに座って僕はライルさんに肩を抱かれ、寄りかかって座るのがすでに定位置になりつつある。
ライルさんは劇場から少し離れた閑静な高級住宅地に家を持っているけど、公演中はホテルに泊まっているんだそうだ。ライルさんの家から僕の職場へも距離があるので、平日は一緒にご飯を食べたりはするけどライルさんの家に来るのは週末だけだ。
あれからお付き合いを始めて三か月。僕が目立たない為かライルさんの傍に居ても、会いに行っても特に話題にならない。
ライルさんと付き合うことを決めてから調べたんだけど、第三歌劇団のララと言えば種馬並みに色恋多い男として新聞でも良く報道されていた。
数百人と関係を持ったことがあると言うのも過大ではないのかもしれない。
今、僕としか本当に付き合ってないみたいだけど、週に一度のセックスで体調悪くなったりしないか結構心配だったりする。
「何で天使なんだろう?」
「可愛いからじゃない?」
「それはないと思う。あ、子どもっぽいからかな。だから僕の保護者がいっぱいいるみたいな」
「んー、まあそれもあるかもな」
それなら僕を遊んで捨てたら、第三特務隊の面子にかけてライルさんに報復するっていう話になるのは判るかも。
ライルさんはちゅっと僕の髪にキスをして、ふわりと笑う。相変わらずの美男子だ。
付き合ってからライルさんは僕の髪と声が特に好きらしいことが判った。最初の時も確かに褒めてくれていた気がする。
でもこの髪の色のせいで、僕はあらぬ疑いをかけられて警備隊詰所に拘留されてしまったらしい。なんでもあの件は第三歌劇団に悪質な嫌がらせがあって、その予告状に使われていたのが僕の髪色の封筒だった。
だから尋問で「顕示欲が強い」と言われたのかと合点がいった。
「今日も一緒に風呂、入っていい?」
ライルさんは今でも何かする時に僕に確認してくれる。その気遣いが嬉しい。
こんなにかっこよくてモテる有名人なのに、僕が不安にならないのはライルさんがちゃんと僕を好きだって伝えてくれるからだろう。
「いいけど、お風呂ではシないよ」
「え? なんで??」
「風邪ひきかけたじゃない。喉嗄れしたら困るのライルさんだよ?」
僕が正論を言えば、ぎゅーっとライルさんが後ろから抱きしめてくる。
「はー……まじでセリ優しい」
「いやこれ普通だと思う」
本当に今までライルさんは駆け引きみたいな相手としか付き合ってこなかったんだろう。週末しか来ない家だけど、洗濯したり掃除したり簡単な朝食とか作ったら大喜びされた。
そういうの得意な人結構いると思うんだけど、何百人か居れば数十人はいたと思うんだけど……。
そんな殺伐とした中に居たライルさんが普通な僕に落ち着くのは判るんだけど、不思議なことに僕もライルさんと居ると凄く落ち着いた。
ことあるごとに「田舎に帰りたい」と思っていたのに今は「ライルさんに会いたい」になっている。
肩口に顔を乗せているライルさんの頬に、僕からもちゅっとキスをする。
「ライルさん、大好き……わっ!!」
「セリっ……ああ、もう、無理」
「わ、わ、まって、まだお風呂入ってない」
「いい、セリの汗もいい匂いするから」
「それは絶対ないっ!!」
気付いたらあっという間にソファーに押し倒されて、服をはぎ取られてしまった。職場からここに来たから汗臭いと思うんだけど、たまにライルさんはそれがいいっていうから、ちょっと変わってると思う。
ライルさんはお風呂上がりでなくてもいつもいい匂いするからいいんだけどね。
その後、僕が自力で僕の天使の公演チケットを入手できたのは丸三年後になるんだけど、それまでの間、ライルさんが通常座席を伝手で用意してくれた。
あまり頻繁だと申し訳ないと言ったんだけど、劇場にはそもそも招待席があるから、それが余っていれば空席になるだけだからと言われた。
座席は用意はして貰えたけど「一人で行くのはだめだ」と言われてしまい、かといってライルさんは目立ち過ぎるから一緒になんていけない。誘う相手がいないくて困っていたら、オランジェさんが声をかけてくれて一緒に行くことになった。そして気付けば親しい観劇友達になっていて、今では王立歌劇団以外の芝居にも出かけている。
他の劇団の話はライルさんも興味あるみたいだから、お土産話が出来てとっても嬉しい。
そんなわけで僕は以前のように孤独を感じることはなくなった。
だけど結局僕は不運なのか幸運なのか、未だによく判らない。
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