花形スタァと癒しの君

和泉臨音

文字の大きさ
上 下
6 / 31
本編

⑥ 黒髪のすっとした目鼻立ちの人に弱いらしい

しおりを挟む
 
「昨日の二人が大変失礼したね。改めて話を聞かせてほしい」

 翌日の尋問室に現れたのは昨日張り倒されたあとに部屋にやって来た警備隊員だ。顔にはシワが深く、それなりの年齢なんだと思う。警備隊の部長だと名乗った。
 そしてその横には第三特務隊第四分隊長の姿がある。アリオン・リーズ、黒髪をきちんとオールバックにした45歳。結婚はしてないけど恋人がいるとかで。女性隊員たちがそれを知ったとき泣き崩れたという伝説がある、第三特務隊のなかでも指折りの色男だ。

 二人ともどう見ても昨日の警備隊員達よりも格上の人たちだ。第四分隊長は仕事で顔見知りだけど、彼がいると言うことは歌劇団絡みの案件なのだろう。

 第三特務隊第四分隊は歌劇団の劇場や役者に就く部隊だ。
 魔物は闇から生まれると言われ、その発生源は未だ不明な部分が多い。街中でも現れることもある。闇というのは人の心にもあるものだ、という事で人々の心の浄化のために、国営で歌劇団が存在しているというのは特務隊のなかでは暗黙の了解だ。残念ながら一般人には知られていないことだけど。

 でもね、それは仕方ない。いきなり自分や隣の人から魔物が生まれるかもしれない。なんて言われちゃったら、今まで通りに生活できない人も出てきてしまうだろう。

 だから人々が闇に飲み込まれないよう、煌めく希望を産み出してくれる王立歌劇団を、魔物から守るため第四分隊がある。
 それに知名度の高い役者は魔物に狙われやすいらしい。人の羨望や恨みを受けやすいからだと聞いている。

「こちらに真偽判定書も用意している。これで応じてもらえるね?」

 警備隊部長が差し出した書類を確認する。
 僕が要求した真偽判定書というのは、サインした人間が嘘をつくと書類に黒い染みが発生すると言う契約書だ。犯罪者の尋問などで使われるモノなんだけど、はっきり言って値段が高い。
 僕も手配したことがあるから判る。それなら昨日のように殴って吐かせる方が断然安上がりだ。

「僕の容疑を聞くことは出来ないと言うことですか?」

 差し出されたペンを持ち真偽判定書にサインする前に一応確認する。

「すまないな」
「判りました。協力します」

 第四分隊長に謝罪されてしまえば従わないわけにはいかない。もちろん僕が彼の直接ではないが部下になるってこともあるけど、もしかしたら僕は黒髪のすっとした目鼻立ちの人に弱いのかもしれない。
 カーラナーサちゃんもライルさんも第四分隊長も顔はもちろん似てはいないけど、特徴を言葉にすると似ている気がする。

 黒髪に整った目鼻立ちで手足が長くてスッとしてる。うん、同じだ。あと生命力に溢れてるっていうか、そういう空気をまとってる。
 だから分隊長にお願いされたら断れない。

 そんなことを考えながら僕は真偽判定書にサインをして、聞かれたことに素直に答えた。

「追いかけてきた女性の特徴は?」
「一人は中肉中背でシトラ通りの街灯下でオレンジっぼい色のドレスに金色に見える巻き毛、瞳は黒く見えました。もう一人は細身で白に近いブラウスと紺色に見えるスカート、たぶん、茶色の髪、ストレートで肩位で切り揃えてました。瞳は青に見えました。化粧は濃く、年齢は30後半かと思います」
「……一瞬しか見てないんだよな」

 警備隊部長が訝しげに僕と真偽判定書を見比べる。もちろん僕は嘘をついていないので紙に染みは浮かばない。
 警備隊部長の疑問に答えたのは僕でなく第四分隊長だった。

「ティアーネ主任は記憶力が優れているのでうちの窓口の業務を取り仕切っている。恐ろしいことに第三詰所に出入りしてる隊員の特徴と名前と、あと入隊時期や最後になんの書類を窓口に出したのかまで覚えてるんだ。優秀な人材だよ」
「おい、何百人分だよ」

 分隊長の言葉に警備隊部長が驚いてる。けど僕の勤務年数からすればそこまで不思議なことでもないと思う。年間で50人も新人は増えないし。
 むしろ僕のことを把握している第四分隊長がすごい。部下を誉めるなんて上司の鑑だ!

 僕は誉められて思わず浮かれていたら、二人は子どもに対するように優しい顔になった。こういう雰囲気なら調査に協力したくなるよ。昨日の二人も見習って欲しい。

「彼はライルと名乗ったのか?」
「はい」
「素性は聞いている?」
「いいえ。レストランでも顔が利いていたので、それなりの身分の方だろうとは思ってますけど」
「そう。あと君は歌劇団に通ってると聞いたがそれも間違いないか?」
「はい。第二歌劇団に応援してる子がいるんです」
「その子に会わせてやる、と言われてなにか頼まれたんじゃないか?……なにか頼まれたね?」

 警備隊部長の質問に僕は一瞬強張った。それを見逃さずに問われる。

 もしかして、ライルさんがなにか犯罪をおかして歌劇団のチケットを入手しようとしてるのだろうか……。

「誰に何を頼まれたんだい?」

 いや、でもライルさんは悪いことはしてない、と思う。確証があるというよりも、たぶん僕がそう思いたいんだけど、ライルさんは悪事に加担はしていない。

「ライルさんに第二歌劇団の感謝祭レヴューのチケットを用意するから、また会って欲しいと言われました」
「え?」
「彼から?」

 二人が僕の答えに驚いて同時に声を発した。どうも、予想していた内容と違ったらしく、二人で顔を見合わせている。

「失礼だが、ティアーネ主任と彼は恋人なのか?」

 第四分隊長が探るような視線で僕を見る。
 しかし何故そこで友達でなく恋人と聞くんだろう? 普通まず友達かどうかって聞くべきでは? たいして親交してないことも伝えたと思うんだけど。
 思わず首をかしげてしまう。

「いえ、まだ飲み友達にもなってないです。知り合い? 程度かと」

 分隊長は真偽判定書を見つめ、染みが浮かばないことに複雑そうな顔をしていた。

「なるほどな。参考になったありがとう」
「また話を聞くかも知れないから、不便だけどしばらくここに残ってくれ」

 釈放されるか……と思ったけど、残念ながら独房に戻された。でも、この日以降は特に呼び出されて尋問されることもなかった。

 結局ライルさんとの約束の日まで独房で過ごすことになった。
 誰かに飲みに誘われなんてしなかったけど、意図せず約束を反故にしてしまって、大変心苦しい。

「さようなら……奇跡のチケット……」

 言葉にしてみればチケットよりも、ライルさんと会う機会を逃したことの方が悲しく感じた。僕は思った以上にライルさんに会えることを楽しみにしていたんだ。 
 チケットは元々、諦めたものだしね。

 独房の暗い天井を見上げながら、僕は不運を呪うのだった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

王子様の愛が重たくて頭が痛い。

しろみ
BL
「家族が穏やかに暮らせて、平穏な日常が送れるのなら何でもいい」 前世の記憶が断片的に残ってる遼には“王子様”のような幼馴染がいる。花のような美少年である幼馴染は遼にとって悩みの種だった。幼馴染にべったりされ過ぎて恋人ができても長続きしないのだ。次こそは!と意気込んだ日のことだったーー 距離感がバグってる男の子たちのお話。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

処理中です...