花形スタァと癒しの君

和泉臨音

文字の大きさ
上 下
3 / 31
本編

③ 落とし物

しおりを挟む
 
「あ、あれ? おかしいな」

 休み明けの出勤日。僕は詰所への入り口で鞄を漁る。職場に入るには身分証を提示して入所しなければならないんだけど、その身分証がない。
 財布の所定の位置に入れていたはずなんだけど。

 そこでふと、ホテルで慌てていたことを思い出す。
 あそこで、落した、かも。

 さーっと血の気が下がる。

 僕の様子で紛失したんだろうと判断した入り口係員に「ちゃんと紛失届だすんだぞ」と念を押されつつ、身分証忘れの手続きをして入所した。

 ホテルはちゃんとしたところだし、落していれば保管してくれてるはずだ。
 身分証は特殊な加工がされた金属製で、第三特務隊での所属部署と名前が書かれている。
 悪用するとしたら僕になりすますくらいだけど、さすがに七年も務めた職場に僕を騙って入り込むのは無理だと思う。
 手元に戻ってくればさほど大きな問題にはならないし、届は出さなくてもいいかななんて思っていたら。

「何言ってるのよ、落したならさっさと紛失届出して、身分証の失効しなさい! お金でも借りられちゃったら返済責任、貴方になっちゃうのよ!!」

 帰りに落としただろう店に取りに行く、と昼食事にリオネットさんに話したら「危機感が無さ過ぎる!」と怒られた。
 さすがにあのホテルの、あの部屋を使うような人が僕の身分証くらいで借りられるはした金に用があるとは思えなかったけど「財布を出した場所で落とした」とだけ言った僕を、リオネットさんが心配するのは当然だった。

 リオネットさんに横で見張られていたので、大人しく紛失届を出すことにした。
 休み明けから良いことがない。
 ライルさんとの出会いで先週積んだ徳はチャラになってしまったのかもしれない。そんなことを思えば少しでも徳を積みたくて、今日も積極的に隊員からの雑用を請けることにした。

 ちょっと帰りが遅くなってしまったので探しに行かないということも考えたけど、職場に届けられても困るので、大人しくホテルに立ち寄る。

「あのすみません。先日利用したときに落とし物をしたみたいで」
「どのような物ですか?」

 ホテルの受付には四人も係りの人がいて、何となく優しそうな年配の男性に声をかける。

「職場の身分証です」
「お名前をお聞かせいただけますか?」
「セリスターニャ・ティアーネです」
「承りました。どうぞこちらへ」

 名前を名乗ればあっさりとホテルの中へ案内される。
 ライルさんと過ごしたホテルもレストランも入り口にしっかりと受付があって、そこで案内されないと建物に入れない作りだ。
 冷やかしなんかで中に入れない高級店なんだよね。

 年配の男性に案内されながら廊下を進む。てっきり事務室みたいなところに通されるのかと思ったら、先日利用した部屋へ案内された。
 自分で探せってことかな?

「あの……」
「どうぞごゆっくりお寛ぎください」

 促されて部屋に入った僕に深々と一礼して、案内してくれた男性は扉を閉めた。
 寛ぐつもりはないからさっさとさがして部屋をでないとダメだと思う。だってこの部屋の料金を取られたら、それこそ身分証を金貸しで使われるよりも支払い額が大きくなる。たぶん、絶対に。

 閉まった扉から慌てて振り返れば、ボスっと人にぶつかった。
 ふわりと香る香水には覚えがある。

「前方不注意過ぎない?」
「ライル、さん??」

 ぶつかった相手、黒髪の美男子は僕を抱き止めてクスクスと笑う。名前を呼べば嬉しそうに子どものようににぱぁっと笑った。

「入れ違わなくてよかった。オレも今来たところだったんだ」

 自然な動作で肩を抱かれてソファーへ誘導される。ライルさんはそこで体を離せばソファーにかけてあったジャケットのポケットから僕の身分証を取り出した。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

本日のディナーは勇者さんです。

木樫
BL
〈12/8 完結〉 純情ツンデレ溺愛魔王✕素直な鈍感天然勇者で、魔王に負けたら飼われた話。  【あらすじ】  異世界に強制召喚され酷使される日々に辟易していた社畜勇者の勝流は、魔王を殺ってこいと城を追い出され、単身、魔王城へ乗り込んだ……が、あっさり敗北。  死を覚悟した勝流が目を覚ますと、鉄の檻に閉じ込められ、やたら豪奢なベッドに檻ごとのせられていた。 「なにも怪我人檻に入れるこたねぇだろ!? うっかり最終形態になっちまった俺が悪いんだ……ッ!」 「いけません魔王様! 勇者というのは魔物をサーチアンドデストロイするデンジャラスバーサーカーなんです! 噛みつかれたらどうするのですか!」 「か、噛むのか!?」 ※ただいまレイアウト修正中!  途中からレイアウトが変わっていて読みにくいかもしれません。申し訳ねぇ。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

王子様の愛が重たくて頭が痛い。

しろみ
BL
「家族が穏やかに暮らせて、平穏な日常が送れるのなら何でもいい」 前世の記憶が断片的に残ってる遼には“王子様”のような幼馴染がいる。花のような美少年である幼馴染は遼にとって悩みの種だった。幼馴染にべったりされ過ぎて恋人ができても長続きしないのだ。次こそは!と意気込んだ日のことだったーー 距離感がバグってる男の子たちのお話。

処理中です...