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本編
③ 落とし物
しおりを挟む「あ、あれ? おかしいな」
休み明けの出勤日。僕は詰所への入り口で鞄を漁る。職場に入るには身分証を提示して入所しなければならないんだけど、その身分証がない。
財布の所定の位置に入れていたはずなんだけど。
そこでふと、ホテルで慌てていたことを思い出す。
あそこで、落した、かも。
さーっと血の気が下がる。
僕の様子で紛失したんだろうと判断した入り口係員に「ちゃんと紛失届だすんだぞ」と念を押されつつ、身分証忘れの手続きをして入所した。
ホテルはちゃんとしたところだし、落していれば保管してくれてるはずだ。
身分証は特殊な加工がされた金属製で、第三特務隊での所属部署と名前が書かれている。
悪用するとしたら僕になりすますくらいだけど、さすがに七年も務めた職場に僕を騙って入り込むのは無理だと思う。
手元に戻ってくればさほど大きな問題にはならないし、届は出さなくてもいいかななんて思っていたら。
「何言ってるのよ、落したならさっさと紛失届出して、身分証の失効しなさい! お金でも借りられちゃったら返済責任、貴方になっちゃうのよ!!」
帰りに落としただろう店に取りに行く、と昼食事にリオネットさんに話したら「危機感が無さ過ぎる!」と怒られた。
さすがにあのホテルの、あの部屋を使うような人が僕の身分証くらいで借りられるはした金に用があるとは思えなかったけど「財布を出した場所で落とした」とだけ言った僕を、リオネットさんが心配するのは当然だった。
リオネットさんに横で見張られていたので、大人しく紛失届を出すことにした。
休み明けから良いことがない。
ライルさんとの出会いで先週積んだ徳はチャラになってしまったのかもしれない。そんなことを思えば少しでも徳を積みたくて、今日も積極的に隊員からの雑用を請けることにした。
ちょっと帰りが遅くなってしまったので探しに行かないということも考えたけど、職場に届けられても困るので、大人しくホテルに立ち寄る。
「あのすみません。先日利用したときに落とし物をしたみたいで」
「どのような物ですか?」
ホテルの受付には四人も係りの人がいて、何となく優しそうな年配の男性に声をかける。
「職場の身分証です」
「お名前をお聞かせいただけますか?」
「セリスターニャ・ティアーネです」
「承りました。どうぞこちらへ」
名前を名乗ればあっさりとホテルの中へ案内される。
ライルさんと過ごしたホテルもレストランも入り口にしっかりと受付があって、そこで案内されないと建物に入れない作りだ。
冷やかしなんかで中に入れない高級店なんだよね。
年配の男性に案内されながら廊下を進む。てっきり事務室みたいなところに通されるのかと思ったら、先日利用した部屋へ案内された。
自分で探せってことかな?
「あの……」
「どうぞごゆっくりお寛ぎください」
促されて部屋に入った僕に深々と一礼して、案内してくれた男性は扉を閉めた。
寛ぐつもりはないからさっさとさがして部屋をでないとダメだと思う。だってこの部屋の料金を取られたら、それこそ身分証を金貸しで使われるよりも支払い額が大きくなる。たぶん、絶対に。
閉まった扉から慌てて振り返れば、ボスっと人にぶつかった。
ふわりと香る香水には覚えがある。
「前方不注意過ぎない?」
「ライル、さん??」
ぶつかった相手、黒髪の美男子は僕を抱き止めてクスクスと笑う。名前を呼べば嬉しそうに子どものようににぱぁっと笑った。
「入れ違わなくてよかった。オレも今来たところだったんだ」
自然な動作で肩を抱かれてソファーへ誘導される。ライルさんはそこで体を離せばソファーにかけてあったジャケットのポケットから僕の身分証を取り出した。
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