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本編
② 美食家だってたまにゲテモノが食べたくなる
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仕事は明日休みだし、多少遅くなっても大丈夫だろう。
一日一善どころじゃなくなったけどまあいっか、と僕は簡単に考えすぎていたかもしれない。
行きつけの飲み屋だと連れていかれたのは、王都でも1、2を争う有名なレストランで建物の前で思わず尻込みしてしまう。
美男子はそんな僕の背中を「大丈夫だから」って笑いながら押して入店する。いや、全然大丈夫じゃない。ここで夕飯なんて食べたら僕の一か月の給料が飛ぶ。間違いない。
びくびくする僕を引き連れ、美男子が受付に声をかければ個室に案内された。
上層階の部屋の窓から見えるのは街の灯りだ。この部屋なら窓に寄らなければ他の場所から見られることもないだろう。
レストランだからテーブル席かと思っていたらL型のソファーにローテーブルが設置されているだけだった。僕の職場の事務局受付とさほど変わらない広さの部屋で観葉植物や絵画などの調度品がセンス良く並んでいる、んだと思う。
田舎者の僕には良くわからないけど、きっと貴族のお屋敷とかはこんな感じなんだろう。
明らかに貴族や国の要人御用達の部屋だって判る。
「お兄さんも座りなよ」
勝手知ったる我が家の様な顔で美男子はソファーに座ると手招きした。
外灯でははっきり分からなかったけど、美男子は髪も目も真っ黒でつやつやと輝いている。髪は無造作に肩にかかる辺りで切られているが野性味があるっていうのか、とにかく似合っている。目は切れ長で鼻筋も通っていて、スマートな美形だ。うん、美形。歌劇団の役者みたいだ。
「あの、僕此処で飲み食い出来る様なお金は持ってないんだけど……」
「さっき助けてくれたお礼だし、無理に来てもらったから奢るよ。さっきの助けてくれた芝居からしてお兄さんも呑めるんだよね?」
「まあ、嗜む程度には」
受付の様子からするに常連なんだろう。こんな店の常連ってことはそれなりの身分なのかもしれない。お言葉に甘えるか。
僕はそそくさと美男子の隣に座ると横に鞄を置いた。僕が座るのを確認してから美男子はベルを鳴らして給仕を呼び「いつもの」と注文する。
それで用意されたのはサンドイッチとスコーンというこの時間にしては可愛い軽食と、僕の半年分の給料が飛ぶレベルのワインボトルだ。
「あ……え、あ、これ……???」
「ん?苦手だった?」
「飲んだことないけど、高い酒じゃ」
「値段通りに美味しいよ。呑んでみて」
給仕がグラスに赤いワインを注ぐと美男子に手渡し、それを僕に手渡してくる。思わず受け取ったけど、飲んでいいんだろうか。後で返せって言われても返せるものじゃない。
「はい、乾杯」
そんな僕の戸惑いなどお構いなしに美男子がグラスをカチンと慣らして飲み始めた。
「い、いただきます」
おっかなびっくり口をつけた僕の様子に、美男子は吹き出して笑った。
給仕はいつの間にか退室していて、気付けば美男子自ら僕のグラスにワインを注いでくれる。口当たりも良く、葡萄のいい香りがして、凄く美味しいワインだ。二度と僕が飲めることはないだろうから、じっくり堪能しておこう。
「へぇ、10連敗か、それはなかなか厳しいね。第二のファンは大変だな」
「僕の運が悪いんです……だから徳を積むんだ」
「それで一日一善?」
「そう」
僕がこくりとうなずくと、美男子が楽しそうにくすくす笑う。
「お兄さんの天使のお話、もっと聞かせてよ」
「カーラナーサちゃんはね、とっても足が綺麗で頑張り屋でいい子なんだよ」
美男子の声はとっても心地いい。耳元で話されるとくすぐったいけど。
美男子は最初僕が小芝居をしたから役者か何かだと思ったらしい。役所勤めの事務員だって答えたら、第三特務だとあっさりバレた。
あの辺りで夜遅くまで働かされている役所なんてあそこくらいしかないって言われて納得してしまった。
そんなに長い時間ではなかったと思うんだけど、僕はカーラナーサちゃんについて物凄く力説していた。この美男子はきっと貴族だ。貴族の後ろ盾を持つと歌劇団員は活躍できる。
有名なところで王女お気に入りの第三歌劇団の役者は常に主役しかやってないって話だ。ならこの美男子に僕の天使を売り込んでおこうって思うだろ?
「あーなんか解るな。隣に人がいても自分を認識してもらえないっつーか、孤独っていうか。人混みに居る方が自分が浮いてる気持ちになるっていうか」
カーラナーサちゃんの話から、いつの間にか王都は肌に合わないという僕自身の話になっていた。
そんな僕の話に理解を示した美男子に首をかしげる。
「君なら恋人くらいいるだろう?」
「恋人っぽい人はそれなりにいるけど、ほらオレかっこいいでしょ? だから外身だけ必要とされるっていうか、本当のオレはいらないっていうか……お兄さん、そんな熱い視線向けないで照れる」
じっと見つめていたら美男子がおどけたように言う。そんな様子を僕はじっと見つめた。
確かにとってもかっこいい。
「うん、君、本当にかっこいいもんね」
「ありがとう。お兄さんは……まあ悪くはないよ」
「はは、君の話を聞いたら不細工でよかったって思っちゃった」
「そこまでお兄さんは酷くないって、オレの方がかっこいいけどさ」
軽口を叩き合いながら、二人でクスクスと笑う。ここまで顔の作りが違う相手だと逆に卑屈にもなれないもんなんだな。
あまりにも僕と美男子は違いすぎて逆に話が弾む。
「お兄さんの声、可愛くて好きだな」
「そんなことはじめて言われた」
「そう? オレは耳も良いから普通の人より良いところに気づくのかも」
「顔も良くてスタイルも良くて耳も良くて口も上手いとか、良いとこありすぎじゃないか」
空になった僕のグラスにワインが注がれる。何杯、飲んだっけ?
「お兄さんの髪の色、ワインみたいだね。一緒にいると酔っちゃいそう」
美男子が僕の髪を指ですきながら、ちゅっと髪にキスをした。
いつの間にか僕は美男子に肩を抱かれてもたれ掛かる様に座っていた。これは良くない。きっと重たいだろう。
ふわりと美男子から良い匂いがする。香水かな?
「僕の髪はそんなに綺麗な色じゃないよ、君は……夜の色だね。安心する」
「暗闇が?」
「ん、田舎はさ、まっくらなんだよ。王都みたいに明るくないんだ、僕は好き」
「……暗いの怖くない?」
「僕は安心する。あ……でも月明りとかで結構あかるいけどね。でも暗いのって目を閉じて寝てるみたいで、気持ちいいよ」
「月か……オレも好きだな。特に満月」
「僕は三日月が好きかっこいい。まっくらだと月がとても綺麗に見えるんだ。月の光は変わらないのに不思議だよね」
身体を起こさないとなって思っているのに身体を動かす気にならず、美男子に耳をあむっと噛まれてくすぐったくて笑ってしまった。
なんだろう、凄く心地いい。酒に酔っているからかな。
「お兄さん、眠くなっちゃった?」
「んー、そうかも。でも明日はお休みだからまだだいじょうぶ」
頬を指で撫でられて、思わずふふふっと笑ってしまう。
「田舎か……お兄さんちょっと無防備すぎるなぁ。男にこんなことされて嫌じゃないの?」
こんなこととは耳を食べられてることだろうか? うーんと首を捻る。
「平気みたい」
「……これも演技?」
「演技してどうするの?」
「オレとエッチなことしたいとか?」
「はは、僕みたいな不細工相手にそんな気分になる人いたら会ってみたいよ」
手に持っていたワイングラスを取り上げられてテーブルに置かれる。まだ残ってるのになと手を伸ばしたらその手を取られ、指を絡めて握られた。その手の甲にもキスされる。
「君はキスが好きなんだね」
「そうかも。もっとしてもいい?」
「あはは、さすがに駄目だよ」
「……お兄さん一日一善でしょ?」
そういって美男子は僕の頬や鼻にキスをする。「そっかそうだった、ならいいよ」なんて僕も適当なことを言ってしまい、顎を掴まれ唇が重なった。
ぬるっと口の中に入ってきた熱に思わず身体が硬直したけど、さっきまで呑んでいたワインの味がして、美男子の嬉しそうな顔を見たら「いい事してるんだな」なんて変な達成感まで覚えてしまった。
舌を絡めたディープキス。
これが僕のファーストキスだったなんて、自分のことながら酷いなって思う。
***
翌日の昼、僕は寮の自室で頭を抱えていた。理由は二つだ。
二日酔いで頭痛がひどいのと、もう一つはお尻の違和感が凄いことだ。
原因は判ってる、昨夜の美男子との飲みからのベッドインだ。
朝起きたら飲んでいたレストランに併設されてるホテルの、たぶんスイートルームとか呼ばれるお高い部屋のベッドの上にいた。
隣には目も眩むような黒髪の美男子が心地良さそうに眠っていた。
呑みすぎで寝落ちて、仕方なく一緒に寝たのかなと目覚めてすぐはぼんやり思った。しかしシーツの下は二人とも全裸で、尚且つ僕の腰にはくっきりと捕まれた手形が残っていて、腹の見えるところにいくつもアザのようなものがある。
尻にもなにか挟まっている感覚がありありとした。
さーっと全身の血が下がる感覚がする。
美男子を起こさないように静かにベッドから降りれば、きちんとソファーに畳んでおかれていた自分の下着や服を身に纏う。
レストランは奢りだと言っていたが、ホテルはどういう話になっていたんだろう。とりあえず財布の中身を全部テーブルに置いて逃げるように寮に戻ってきた。
「ありえない……」
色々ありえない。
酒は飲んでも飲まれるな、よく聞く言葉だ。田舎でも王都は悪い人も多いから気を付けろと言われていたのを思い出す。
なんでも隣村の娘が酒を飲まされ貞操を奪われたとか聞いていた。自分は男だし、兄たちから酔うと勃起しなくなるから彼女とのデートの時はあまり飲むなよ、とかアドバイスされたこともある。
まさかヤられるとは、男の、しかもお世辞にも魅力があるとは言えない容姿の自分が狙われるとは思わなかった。
いやその認識はおかしいか。
ヤられた訳じゃないというか、半分以上は僕の責任な気がする。
美男子は……ライルと名乗った彼は、一応僕に確認してた。
キスするのだって、ホテルに泊まるのだって。
それを拒否しなかったのは僕だ。
僕だって何も知らない子どもじゃない。解っていて美男子と一緒に夜を過ごした。
「はぁ……まさか初めてが男と酒に酔ってとか、最悪じゃないのか僕って……」
チケットがとれなくてむしゃくしゃしていた、ということはないけど、ただカーラナーサちゃんに僕はもう必要ないと言われているようで寂しかった、というのは事実だろう。
美男子はとても慣れているように思えた。行きずりの相手と寝ることなんて、良くあるのかもしれない。
美食家だってたまにゲテモノが食べたくなるらしいから、そういう感じなんだろう。
あんな美男子に相手にして貰えたなんて、ある意味幸運なんじゃないだろうか。
「どうせすぐに忘れるだろうし、二度と会うこともないよな。善行を行うと本当に幸運があるんだ」
幸運でもなければあんな高くて美味しいワインなんて一生飲めなかったはずだ。うん、昨日の夜のことは幸運な出来事だったのだ。
あまりホテルでのことは記憶がない。
だけど、掴んできた手を振り払って帰るとか、そんな気分には到底ならないくらい、僕は彼に絆されていたと思う。
「顔がよすぎるのも大変なんだな」
ベッドに横になって目を閉じれば、覆い被さってきた美男子のどこか寂しそうな笑顔が瞼に浮かぶ。
暗闇の瞳が揺れていて、どこか泣きそうな顔をしていたから思わず抱き締めてあげたんだ。
一日一善。
僕は良いことをしたに違いない。
「……僕を気持ち良くしてくれたから、彼も善行積んだってことだよね。ライルさんに優しくて素敵な恋人がちゃんと出来ますように」
僕はそんなことを祈りながら、週末の二日間の休みを、かろうじて洗濯と掃除だけは行い、ほぼベッドの上で過ごした。
一日一善どころじゃなくなったけどまあいっか、と僕は簡単に考えすぎていたかもしれない。
行きつけの飲み屋だと連れていかれたのは、王都でも1、2を争う有名なレストランで建物の前で思わず尻込みしてしまう。
美男子はそんな僕の背中を「大丈夫だから」って笑いながら押して入店する。いや、全然大丈夫じゃない。ここで夕飯なんて食べたら僕の一か月の給料が飛ぶ。間違いない。
びくびくする僕を引き連れ、美男子が受付に声をかければ個室に案内された。
上層階の部屋の窓から見えるのは街の灯りだ。この部屋なら窓に寄らなければ他の場所から見られることもないだろう。
レストランだからテーブル席かと思っていたらL型のソファーにローテーブルが設置されているだけだった。僕の職場の事務局受付とさほど変わらない広さの部屋で観葉植物や絵画などの調度品がセンス良く並んでいる、んだと思う。
田舎者の僕には良くわからないけど、きっと貴族のお屋敷とかはこんな感じなんだろう。
明らかに貴族や国の要人御用達の部屋だって判る。
「お兄さんも座りなよ」
勝手知ったる我が家の様な顔で美男子はソファーに座ると手招きした。
外灯でははっきり分からなかったけど、美男子は髪も目も真っ黒でつやつやと輝いている。髪は無造作に肩にかかる辺りで切られているが野性味があるっていうのか、とにかく似合っている。目は切れ長で鼻筋も通っていて、スマートな美形だ。うん、美形。歌劇団の役者みたいだ。
「あの、僕此処で飲み食い出来る様なお金は持ってないんだけど……」
「さっき助けてくれたお礼だし、無理に来てもらったから奢るよ。さっきの助けてくれた芝居からしてお兄さんも呑めるんだよね?」
「まあ、嗜む程度には」
受付の様子からするに常連なんだろう。こんな店の常連ってことはそれなりの身分なのかもしれない。お言葉に甘えるか。
僕はそそくさと美男子の隣に座ると横に鞄を置いた。僕が座るのを確認してから美男子はベルを鳴らして給仕を呼び「いつもの」と注文する。
それで用意されたのはサンドイッチとスコーンというこの時間にしては可愛い軽食と、僕の半年分の給料が飛ぶレベルのワインボトルだ。
「あ……え、あ、これ……???」
「ん?苦手だった?」
「飲んだことないけど、高い酒じゃ」
「値段通りに美味しいよ。呑んでみて」
給仕がグラスに赤いワインを注ぐと美男子に手渡し、それを僕に手渡してくる。思わず受け取ったけど、飲んでいいんだろうか。後で返せって言われても返せるものじゃない。
「はい、乾杯」
そんな僕の戸惑いなどお構いなしに美男子がグラスをカチンと慣らして飲み始めた。
「い、いただきます」
おっかなびっくり口をつけた僕の様子に、美男子は吹き出して笑った。
給仕はいつの間にか退室していて、気付けば美男子自ら僕のグラスにワインを注いでくれる。口当たりも良く、葡萄のいい香りがして、凄く美味しいワインだ。二度と僕が飲めることはないだろうから、じっくり堪能しておこう。
「へぇ、10連敗か、それはなかなか厳しいね。第二のファンは大変だな」
「僕の運が悪いんです……だから徳を積むんだ」
「それで一日一善?」
「そう」
僕がこくりとうなずくと、美男子が楽しそうにくすくす笑う。
「お兄さんの天使のお話、もっと聞かせてよ」
「カーラナーサちゃんはね、とっても足が綺麗で頑張り屋でいい子なんだよ」
美男子の声はとっても心地いい。耳元で話されるとくすぐったいけど。
美男子は最初僕が小芝居をしたから役者か何かだと思ったらしい。役所勤めの事務員だって答えたら、第三特務だとあっさりバレた。
あの辺りで夜遅くまで働かされている役所なんてあそこくらいしかないって言われて納得してしまった。
そんなに長い時間ではなかったと思うんだけど、僕はカーラナーサちゃんについて物凄く力説していた。この美男子はきっと貴族だ。貴族の後ろ盾を持つと歌劇団員は活躍できる。
有名なところで王女お気に入りの第三歌劇団の役者は常に主役しかやってないって話だ。ならこの美男子に僕の天使を売り込んでおこうって思うだろ?
「あーなんか解るな。隣に人がいても自分を認識してもらえないっつーか、孤独っていうか。人混みに居る方が自分が浮いてる気持ちになるっていうか」
カーラナーサちゃんの話から、いつの間にか王都は肌に合わないという僕自身の話になっていた。
そんな僕の話に理解を示した美男子に首をかしげる。
「君なら恋人くらいいるだろう?」
「恋人っぽい人はそれなりにいるけど、ほらオレかっこいいでしょ? だから外身だけ必要とされるっていうか、本当のオレはいらないっていうか……お兄さん、そんな熱い視線向けないで照れる」
じっと見つめていたら美男子がおどけたように言う。そんな様子を僕はじっと見つめた。
確かにとってもかっこいい。
「うん、君、本当にかっこいいもんね」
「ありがとう。お兄さんは……まあ悪くはないよ」
「はは、君の話を聞いたら不細工でよかったって思っちゃった」
「そこまでお兄さんは酷くないって、オレの方がかっこいいけどさ」
軽口を叩き合いながら、二人でクスクスと笑う。ここまで顔の作りが違う相手だと逆に卑屈にもなれないもんなんだな。
あまりにも僕と美男子は違いすぎて逆に話が弾む。
「お兄さんの声、可愛くて好きだな」
「そんなことはじめて言われた」
「そう? オレは耳も良いから普通の人より良いところに気づくのかも」
「顔も良くてスタイルも良くて耳も良くて口も上手いとか、良いとこありすぎじゃないか」
空になった僕のグラスにワインが注がれる。何杯、飲んだっけ?
「お兄さんの髪の色、ワインみたいだね。一緒にいると酔っちゃいそう」
美男子が僕の髪を指ですきながら、ちゅっと髪にキスをした。
いつの間にか僕は美男子に肩を抱かれてもたれ掛かる様に座っていた。これは良くない。きっと重たいだろう。
ふわりと美男子から良い匂いがする。香水かな?
「僕の髪はそんなに綺麗な色じゃないよ、君は……夜の色だね。安心する」
「暗闇が?」
「ん、田舎はさ、まっくらなんだよ。王都みたいに明るくないんだ、僕は好き」
「……暗いの怖くない?」
「僕は安心する。あ……でも月明りとかで結構あかるいけどね。でも暗いのって目を閉じて寝てるみたいで、気持ちいいよ」
「月か……オレも好きだな。特に満月」
「僕は三日月が好きかっこいい。まっくらだと月がとても綺麗に見えるんだ。月の光は変わらないのに不思議だよね」
身体を起こさないとなって思っているのに身体を動かす気にならず、美男子に耳をあむっと噛まれてくすぐったくて笑ってしまった。
なんだろう、凄く心地いい。酒に酔っているからかな。
「お兄さん、眠くなっちゃった?」
「んー、そうかも。でも明日はお休みだからまだだいじょうぶ」
頬を指で撫でられて、思わずふふふっと笑ってしまう。
「田舎か……お兄さんちょっと無防備すぎるなぁ。男にこんなことされて嫌じゃないの?」
こんなこととは耳を食べられてることだろうか? うーんと首を捻る。
「平気みたい」
「……これも演技?」
「演技してどうするの?」
「オレとエッチなことしたいとか?」
「はは、僕みたいな不細工相手にそんな気分になる人いたら会ってみたいよ」
手に持っていたワイングラスを取り上げられてテーブルに置かれる。まだ残ってるのになと手を伸ばしたらその手を取られ、指を絡めて握られた。その手の甲にもキスされる。
「君はキスが好きなんだね」
「そうかも。もっとしてもいい?」
「あはは、さすがに駄目だよ」
「……お兄さん一日一善でしょ?」
そういって美男子は僕の頬や鼻にキスをする。「そっかそうだった、ならいいよ」なんて僕も適当なことを言ってしまい、顎を掴まれ唇が重なった。
ぬるっと口の中に入ってきた熱に思わず身体が硬直したけど、さっきまで呑んでいたワインの味がして、美男子の嬉しそうな顔を見たら「いい事してるんだな」なんて変な達成感まで覚えてしまった。
舌を絡めたディープキス。
これが僕のファーストキスだったなんて、自分のことながら酷いなって思う。
***
翌日の昼、僕は寮の自室で頭を抱えていた。理由は二つだ。
二日酔いで頭痛がひどいのと、もう一つはお尻の違和感が凄いことだ。
原因は判ってる、昨夜の美男子との飲みからのベッドインだ。
朝起きたら飲んでいたレストランに併設されてるホテルの、たぶんスイートルームとか呼ばれるお高い部屋のベッドの上にいた。
隣には目も眩むような黒髪の美男子が心地良さそうに眠っていた。
呑みすぎで寝落ちて、仕方なく一緒に寝たのかなと目覚めてすぐはぼんやり思った。しかしシーツの下は二人とも全裸で、尚且つ僕の腰にはくっきりと捕まれた手形が残っていて、腹の見えるところにいくつもアザのようなものがある。
尻にもなにか挟まっている感覚がありありとした。
さーっと全身の血が下がる感覚がする。
美男子を起こさないように静かにベッドから降りれば、きちんとソファーに畳んでおかれていた自分の下着や服を身に纏う。
レストランは奢りだと言っていたが、ホテルはどういう話になっていたんだろう。とりあえず財布の中身を全部テーブルに置いて逃げるように寮に戻ってきた。
「ありえない……」
色々ありえない。
酒は飲んでも飲まれるな、よく聞く言葉だ。田舎でも王都は悪い人も多いから気を付けろと言われていたのを思い出す。
なんでも隣村の娘が酒を飲まされ貞操を奪われたとか聞いていた。自分は男だし、兄たちから酔うと勃起しなくなるから彼女とのデートの時はあまり飲むなよ、とかアドバイスされたこともある。
まさかヤられるとは、男の、しかもお世辞にも魅力があるとは言えない容姿の自分が狙われるとは思わなかった。
いやその認識はおかしいか。
ヤられた訳じゃないというか、半分以上は僕の責任な気がする。
美男子は……ライルと名乗った彼は、一応僕に確認してた。
キスするのだって、ホテルに泊まるのだって。
それを拒否しなかったのは僕だ。
僕だって何も知らない子どもじゃない。解っていて美男子と一緒に夜を過ごした。
「はぁ……まさか初めてが男と酒に酔ってとか、最悪じゃないのか僕って……」
チケットがとれなくてむしゃくしゃしていた、ということはないけど、ただカーラナーサちゃんに僕はもう必要ないと言われているようで寂しかった、というのは事実だろう。
美男子はとても慣れているように思えた。行きずりの相手と寝ることなんて、良くあるのかもしれない。
美食家だってたまにゲテモノが食べたくなるらしいから、そういう感じなんだろう。
あんな美男子に相手にして貰えたなんて、ある意味幸運なんじゃないだろうか。
「どうせすぐに忘れるだろうし、二度と会うこともないよな。善行を行うと本当に幸運があるんだ」
幸運でもなければあんな高くて美味しいワインなんて一生飲めなかったはずだ。うん、昨日の夜のことは幸運な出来事だったのだ。
あまりホテルでのことは記憶がない。
だけど、掴んできた手を振り払って帰るとか、そんな気分には到底ならないくらい、僕は彼に絆されていたと思う。
「顔がよすぎるのも大変なんだな」
ベッドに横になって目を閉じれば、覆い被さってきた美男子のどこか寂しそうな笑顔が瞼に浮かぶ。
暗闇の瞳が揺れていて、どこか泣きそうな顔をしていたから思わず抱き締めてあげたんだ。
一日一善。
僕は良いことをしたに違いない。
「……僕を気持ち良くしてくれたから、彼も善行積んだってことだよね。ライルさんに優しくて素敵な恋人がちゃんと出来ますように」
僕はそんなことを祈りながら、週末の二日間の休みを、かろうじて洗濯と掃除だけは行い、ほぼベッドの上で過ごした。
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