偽王子は竜の加護を乞う

和泉臨音

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番外編・お風呂に入ろう

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 対面の儀とレーヴンとの結婚を報告した時だ。
 多くの貴族たちの居る王宮の謁見の間で、父上はレーヴンに言った。

「たかがシルバーランクの冒険者に王家の者の伴侶になる資格はない」と。

 話が違う、と俺は父上に意見をしていた。それをたしなめたのはセダー兄上だ。
 腹が立った。父上も兄上も、俺を騙したのかと。

 俺は今まで腹が立つという事がなかったのだと、あの時怒りを感じて初めて気づいた。

 俺が声を荒げたことで周りの貴族たちがどよめいた。
 煩いと思った。
 だけどレーヴンの静かな声は、その煩い声の中でもはっきりと聞こえた。

「なら、俺がヴェルの伴侶にふさわしい資格を持てば、結婚していいってことですよね」と。

 父上は俺が今まで見たことのない楽し気な笑みを浮かべて「その時はお前達が添い遂げるのを許そう」とレーヴンに仰った。

 レーヴンの横顔も楽しそうだった。父上もレーヴンも……楽しそうで俺は腹が立った。

 いつも必死なのは俺だけなのだ。今だってそうだ。
 そんなことを思い出して小さく息を吐く。最近、小さく息を吐き出すのが癖になってしまった。

「あ、のさ……ヴェル、えっとさっきは逃げて悪かった」

 庭園が見える大きな窓のある部屋で、湯上がり後のお茶を夜風に当たりながら飲んでいれば、おずおずとレーヴンがやって来た。
 俺は視線を一度レーヴンに向け、庭園へ戻してから話しかけた。

「明日はアグリスタの領地屋敷へ行くことになっている。資料には目を通したか?」
「ああ、一通りは……」
「立ってないで座ったらどうだ」

 俺がそういえば控えていたべリアンが、レーヴンのために椅子を引く。恐る恐ると言った様子でレーヴンはやってくるとべリアンに礼を言って椅子に座った。

 レーヴンを見れば髪が少し湿っているのか、いつもはどこかぴょんっと跳ねている赤毛が行儀よく頭の形に添って流れている。
 俺が出た後、湯殿に行ったのだろう。

 髪型を変えるとレーヴンの印象はだいぶ変わる。髪をきちんと流せば大人っぽいし魅力的なんだな、と新たな発見に思わずレーヴンに見惚れる。

 レーヴンが席に着いたのを見計らって、俺と同じ飲み物がテーブルに運ばれた。

「なんというか、ヴェルはいつも豪華、だよな」

 運ばれた紅茶を一口飲んでから、少し頬を赤らめたレーヴンが俺を見て言う。

「豪華? ……ああ、服装のことか」
「もう寝るだけだろ、肩こらないのか?」

 湯上り後の俺の今の服装はレースのついたシャツをコルセットのようなデザインのベルトで纏め、ジャケットは長く、これにもレースや刺繍、飾り石がついている。パンツとブーツは質素だが光沢があり、髪は左側を結い上げて、花やレースであしらったコサージュをつけた。
 全体的に白を基調としており、黄色とオレンジ色がところどころ配色されている。

 これはまだ俺からすると軽装の方だ。
 そういえば最初に俺の王宮での服装を見たレーヴンが「飾り人形のドレスよりも派手ってどういうことなんだよ」と呆れていた。
 
「レーヴンのために着飾ったが、こういうのは好きじゃないか?」
「……っ!!」

 俺が髪のコサージュに触れつつ言えば、レーヴンは持っていたカップをがしゃんとソーサーに落とした。

 俺は薄い色の服の方が似合うと言われる事が多いが、レーヴンの好みはもっと鮮やかな色の服なのだろうか。

 レーヴンの反応を見ようと視線を向ければ、さっき湯殿で会った時のように顔が赤く染まっている。

「レーヴン? どこか具合が悪いのか?」
「……いや、全然元気。元気過ぎて困ってるとこだから気にしないでくれ」

 ……元気には見えないが本当に大丈夫だろうか。

「えっと、その服も似合ってる。……俺のためにそんな着るの大変そうな格好しなくても……あ、いや違うな、うん。嬉しい、ありがとうヴェル。可愛いっていうか、とても綺麗だ」

 心配になってレーヴンを見ていたら、赤い顔で俺を見るレーヴンと目が合った。
 小さな声ではあったが嬉し気に微笑む顔に思わず動きが止まる。

 コサージュに触れていた俺の手にレーヴンの伸ばした手が重なる。
 綺麗だと呟くレーヴンの吐息まじりの声と、手に触れる熱に、どきどきと胸の鼓動が早くなるのが判る。

 誰に綺麗と言われても、ここまで胸が高鳴ることはなかった。
 レーヴンが褒めてくれるのが嬉しい。

 俺はレーヴンの手に指を絡めて、瞳を閉じる。
 こうすればレーヴンがキスしてくれる。もっとレーヴンに俺を好きになってほしい。

 レーヴンが椅子から立ち上がる気配を感じ、柔らかい暖かさを待ちわびていた俺の背後で「ゴホンっ」とわざとらしい咳払いが聞こえた。
 絡めていた指が引かれ、レーヴンが俺から離れたのが判る。

「ヴェルヘレック様。レーヴン様。明日は早朝のお出かけにございます。そろそろお休みになられたほうがよろしいかと」
「あっ…と、そうですね。……ヴェル、また明日な」

 べリアンの進言にレーヴンは頷くと、俺の前髪に触れるようにキスを落として颯爽と部屋を出て行ってしまった。

「ヴェルヘレック様もそろそろお部屋に」
「べリアン」
「何でございましょう」
「……レーヴンは俺のこと、どう思っているのだろうか」

 好きだと言ってくれたし信じたい。
 だけど俺はあまりにも人の感情や思惑に疎いのではないかと、最近思い知ることが多すぎた。
 だから不安になる。
 レーヴンは本当は俺と居るのが嫌で、だからとっさの時に逃げてしまうのではないかと。

「レーヴン様はヴェルへレック様のこと、とても愛しておいでだとお見受けいたします」
「そう、なのだろうか。最近よく逃げられているんだが」

 俺はべリアンに向き直れば、べリアンは小さく頷いた。

「愛しているからこそ、大事にしているからこそ、距離をとると言うお考えもございます。ヴェルヘレック様もそのうちお分かりになられますよ」

 力強いべリアンの言葉に、俺はそうであれば嬉しいと実感なく思う事しかできなかった。
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