52 / 55
番外編・お風呂に入ろう
2
しおりを挟む対面の儀とレーヴンとの結婚を報告した時だ。
多くの貴族たちの居る王宮の謁見の間で、父上はレーヴンに言った。
「たかがシルバーランクの冒険者に王家の者の伴侶になる資格はない」と。
話が違う、と俺は父上に意見をしていた。それをたしなめたのはセダー兄上だ。
腹が立った。父上も兄上も、俺を騙したのかと。
俺は今まで腹が立つという事がなかったのだと、あの時怒りを感じて初めて気づいた。
俺が声を荒げたことで周りの貴族たちがどよめいた。
煩いと思った。
だけどレーヴンの静かな声は、その煩い声の中でもはっきりと聞こえた。
「なら、俺がヴェルの伴侶にふさわしい資格を持てば、結婚していいってことですよね」と。
父上は俺が今まで見たことのない楽し気な笑みを浮かべて「その時はお前達が添い遂げるのを許そう」とレーヴンに仰った。
レーヴンの横顔も楽しそうだった。父上もレーヴンも……楽しそうで俺は腹が立った。
いつも必死なのは俺だけなのだ。今だってそうだ。
そんなことを思い出して小さく息を吐く。最近、小さく息を吐き出すのが癖になってしまった。
「あ、のさ……ヴェル、えっとさっきは逃げて悪かった」
庭園が見える大きな窓のある部屋で、湯上がり後のお茶を夜風に当たりながら飲んでいれば、おずおずとレーヴンがやって来た。
俺は視線を一度レーヴンに向け、庭園へ戻してから話しかけた。
「明日はアグリスタの領地屋敷へ行くことになっている。資料には目を通したか?」
「ああ、一通りは……」
「立ってないで座ったらどうだ」
俺がそういえば控えていたべリアンが、レーヴンのために椅子を引く。恐る恐ると言った様子でレーヴンはやってくるとべリアンに礼を言って椅子に座った。
レーヴンを見れば髪が少し湿っているのか、いつもはどこかぴょんっと跳ねている赤毛が行儀よく頭の形に添って流れている。
俺が出た後、湯殿に行ったのだろう。
髪型を変えるとレーヴンの印象はだいぶ変わる。髪をきちんと流せば大人っぽいし魅力的なんだな、と新たな発見に思わずレーヴンに見惚れる。
レーヴンが席に着いたのを見計らって、俺と同じ飲み物がテーブルに運ばれた。
「なんというか、ヴェルはいつも豪華、だよな」
運ばれた紅茶を一口飲んでから、少し頬を赤らめたレーヴンが俺を見て言う。
「豪華? ……ああ、服装のことか」
「もう寝るだけだろ、肩こらないのか?」
湯上り後の俺の今の服装はレースのついたシャツをコルセットのようなデザインのベルトで纏め、ジャケットは長く、これにもレースや刺繍、飾り石がついている。パンツとブーツは質素だが光沢があり、髪は左側を結い上げて、花やレースであしらったコサージュをつけた。
全体的に白を基調としており、黄色とオレンジ色がところどころ配色されている。
これはまだ俺からすると軽装の方だ。
そういえば最初に俺の王宮での服装を見たレーヴンが「飾り人形のドレスよりも派手ってどういうことなんだよ」と呆れていた。
「レーヴンのために着飾ったが、こういうのは好きじゃないか?」
「……っ!!」
俺が髪のコサージュに触れつつ言えば、レーヴンは持っていたカップをがしゃんとソーサーに落とした。
俺は薄い色の服の方が似合うと言われる事が多いが、レーヴンの好みはもっと鮮やかな色の服なのだろうか。
レーヴンの反応を見ようと視線を向ければ、さっき湯殿で会った時のように顔が赤く染まっている。
「レーヴン? どこか具合が悪いのか?」
「……いや、全然元気。元気過ぎて困ってるとこだから気にしないでくれ」
……元気には見えないが本当に大丈夫だろうか。
「えっと、その服も似合ってる。……俺のためにそんな着るの大変そうな格好しなくても……あ、いや違うな、うん。嬉しい、ありがとうヴェル。可愛いっていうか、とても綺麗だ」
心配になってレーヴンを見ていたら、赤い顔で俺を見るレーヴンと目が合った。
小さな声ではあったが嬉し気に微笑む顔に思わず動きが止まる。
コサージュに触れていた俺の手にレーヴンの伸ばした手が重なる。
綺麗だと呟くレーヴンの吐息まじりの声と、手に触れる熱に、どきどきと胸の鼓動が早くなるのが判る。
誰に綺麗と言われても、ここまで胸が高鳴ることはなかった。
レーヴンが褒めてくれるのが嬉しい。
俺はレーヴンの手に指を絡めて、瞳を閉じる。
こうすればレーヴンがキスしてくれる。もっとレーヴンに俺を好きになってほしい。
レーヴンが椅子から立ち上がる気配を感じ、柔らかい暖かさを待ちわびていた俺の背後で「ゴホンっ」とわざとらしい咳払いが聞こえた。
絡めていた指が引かれ、レーヴンが俺から離れたのが判る。
「ヴェルヘレック様。レーヴン様。明日は早朝のお出かけにございます。そろそろお休みになられたほうがよろしいかと」
「あっ…と、そうですね。……ヴェル、また明日な」
べリアンの進言にレーヴンは頷くと、俺の前髪に触れるようにキスを落として颯爽と部屋を出て行ってしまった。
「ヴェルヘレック様もそろそろお部屋に」
「べリアン」
「何でございましょう」
「……レーヴンは俺のこと、どう思っているのだろうか」
好きだと言ってくれたし信じたい。
だけど俺はあまりにも人の感情や思惑に疎いのではないかと、最近思い知ることが多すぎた。
だから不安になる。
レーヴンは本当は俺と居るのが嫌で、だからとっさの時に逃げてしまうのではないかと。
「レーヴン様はヴェルへレック様のこと、とても愛しておいでだとお見受けいたします」
「そう、なのだろうか。最近よく逃げられているんだが」
俺はべリアンに向き直れば、べリアンは小さく頷いた。
「愛しているからこそ、大事にしているからこそ、距離をとると言うお考えもございます。ヴェルヘレック様もそのうちお分かりになられますよ」
力強いべリアンの言葉に、俺はそうであれば嬉しいと実感なく思う事しかできなかった。
31
お気に入りに追加
292
あなたにおすすめの小説
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる