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番外編(レーヴン視点)・君の笑顔が咲く場所を俺は永遠に守ると誓う
(8)希望
しおりを挟むそう、あの時は絶対に高望みだし、叶うはずはないと思った。
良く考えれば俺が本当は王子だったりとか、なんか色々頑張ればどうにか出来そうな立ち位置にはいたけど、16年間孤児やってんだ、いきなり王子の権力とかそんなもの思いつくわけない。
「レーヴン、こっちも美味しいぞ」
にこにことご機嫌な様子でヴェルが俺の口元にチョコを差し出す。物凄く恥ずかしいがここで食べないとヴェルがしゅんと落ち込むので、食べることにしてる。
どんなものでも口元に運ばれヴェルの手から食べるのは恥ずかしいが、その中でもチョコは一番と言っていいくらい恥ずかしい。
ヴェルがお土産に持ってくるそれは体温でも溶けるほど滑らかで、俺に差し出してくれているヴェルの指には溶けたチョコがついてしまう。
前に何も気にせずそれまで舐めとったら物凄くお気に召してしまったらしく、ヴェルはそれを狙って差し出してくるようになった。
ものすごい恥ずかしいが、指を舐めた後のヴェルがそれはもう幸せそうに俺を見て微笑むので、その笑顔が見たいし、そんなので喜んでくれるなら俺の羞恥心ぐらい我慢することにした。
「もうひとつ食べるか?」
ヴェルの肩を抱き寄せるようにソファーに座り、ソファーよりも俺に持たれながらヴェルはチョコの入った箱を覗き込み俺に聞く。
「いや、もういい。ヴェルが食べる分がなくなるだろ」
「俺はいつでも買えるから。アグリスタには無い店だし、お土産なのだからレーヴンに食べてほしい」
そういって見上げてくる顔はとても真面目だ。本気で俺に美味しいものを食べてほしいと思っているんだろう。幾つになってもヴェルは可愛い。
見つめていれば瞼が閉じる。キスしてほしいの合図だ。俺はやっと最近慣れたキスをヴェルにしようと顔を近づける。
その俺とヴェルのチョコよりも甘い雰囲気を、ズズズズズズズズズズーッという紅茶を飲むにしては騒がし過ぎる音によって砕かれた。
「えっとお前ら、オレはいつまでこの拷問に耐えてないといけないんだ?」
「ラヴァイン兄上、まだいらっしゃったんですね」
「さっきからずっといたよね、お兄ちゃん無視されて悲しいよ??」
「レーヴンとの二人の時間を堪能したいので、ラヴァイン兄上のお相手は出来ません」
「俺が一緒についてきてるからレーヴンに会えてるって気付いてる? ヴェル??」
「それは感謝しています。だからそのまま黙っていてください」
明らかに不機嫌になったヴェルが笑顔を引っ込めて、目の前の椅子に座るラビに冷たく言い放った。ヴェルの不機嫌はラビに対してと言うよりは俺とヴェルの現在の関係に対しての憤りだろう。
俺はラビに思わず同情したくなるが、まあ、うん、あと40何回か忘れたが、お願い聞くから許してほしい。
ヴェルの「対面の儀」を終え、王宮に行ってから既に2年が経過した。
だけど、俺達は未だに結婚どころか婚約もできていない。
王宮へ行き、国王に謁見した時「どこの馬の骨かもわからない男に大事な王子をくれてやるわけがない」と言われた。
大臣とかお偉方がいっぱいいたので、ヴェルが言い返そうとしたのをセダー王子が止めた。
あの場に居たラビも思わず「親父の子だよ!!!!!」って叫びそうになってやばかったと言っていた。叫ばなくて良かったと俺も思う。
「大事な王子をやれない」と言われた俺は、そりゃそうだよなとしか思わなかった。
竜の渓谷でセダー王子と話していた時になんとなくそんな気はしてた。さすがに一国の王子が英雄でもない冒険者の伴侶になるなどありえない。
ヴェルは怒って「父上とは口をきかない」と五歳児並の反抗を見せてた。それがなんかヴェルらしいなと可愛く思って思わず頭を撫でてしまった。
それに対して最初こそ子どもじゃない、とヴェルは言っていたがだんだん気に入ったのか、撫でてほしいと言うまでになってしまい、俺が変にドキドキしながらヴェルを撫でると言う謎の構図が出来上がったのだが、それは横に置く。
まあでもセダー王子やラビからも話を聞いたし、国王と直々に話をする機会もあった。
俺とヴェルの関係を認められないのは隣国ヨーシャーレンへ、キルクハルグから王子が婿入りする話が出ているというのが大きな理由だった。
ヨーシャーレンはその婿にヴェルヘレック第四王子を所望している。
他の王子に比べて穏やかそうだからという理由と、その婿入り先の姫がまだ三歳で、年齢が一番近いというもあるらしいが、やはりその見た目が一番の要因だろうといっていた。
三歳児の姫がヴェルを指名するとは思えないので、他の誰かの思惑なのだろう。そんなところでヴェルの名が上がるだけでも嫌な気持ちになる。
そんな話が出ているなか、確かにどこの馬の骨とも判らない冒険者との結婚を認めるわけには国としていかない。
王子でなくなったというならいざ知れず、第四王子としてヴェルが存在している以上、国王としては苦渋の選択だといっていた。本当かは判らないけど。
そしてあの国王は俺に「オレの息子ならヨーシャーレンの王女などという身分に負けない功績を持ってヴェルを奪いに来い」と言いやがった。
ヨーシャーレンの王女との正式な婚約は王女が10歳になったら行われる事になっている。
それが俺とヴェルの為に国王が稼いでくれている時間だそうだ。いやもう、絶対国王は俺の味方じゃないと思うから、それ嘘なんじゃないかなって思う。セダー王子辺りが頑張ってんじゃないかな。
どちらにしてもあと五年、その間にヴェルとの関係を勝ち取らないといけない。
ヴェルは婚約の話を聞いた時、戸惑っていた。王子として隣国の王女との婚約を優先すべきだ、とまた自分を犠牲にしようと思ったのだろう。
だけど俺は、俺を好きだと言ってくれたヴェルを手放す気なんてなかった。だから、俺が王子の伴侶として相応しい手柄を上げるまで待っていてほしいと伝えた。
ヨーシャーレン側が口出しできないほどの英雄になれば、ヴェルと添い遂げることに問題はない。そうなった後の国家間の関係や、婿入りの王子に関しては国王が頑張ってくれるだろう。
「堂々と会えなくて、悪い」
俺はヴェルを引き寄せて柔らかい髪にキスをする。
謁見の際に俺達の関係は王宮内の重鎮たちも知るところとなった。そのせいもあって、婿入り予定の大事な王子に恋人が居ては困ると妨害が行われている。
それに対して隠れ蓑になってくれているのがラビだ。他にもユアーナ第二王妃など俺達の関係を応援してくれる人たちはいるが、こうしてアグリスタの俺の屋敷にまでヴェルを連れてきてくれるのはほとんどラビだった。
「レーヴンが悪いわけじゃない」
「あーあー! もう無理だ二人でやってろ!! レーヴン、屋敷を勝手にうろつかせてもらうからな!」
「あ、それなら薪割りしといてくれよ」
「お前! 王子にそれ頼むのか???」
「王子じゃなくてラビに頼んでんだよ。下働きのおじさんが腰やっちゃってさ、暇ならやっといてくれ」
信じらんねぇ! とかいいながら部屋を出て行ったが、ラビのことだからやっといてくれるだろ。面倒見がいいし、なによりヴェルの為に俺の時間を確保してくれるはずだ。
王宮へ行った2年前、ヴェルとの結婚は許されなかった俺だが、対面の儀を手伝った功績で爵位を貰った。
アグリスタに屋敷と小さい領地のある子爵位、第二王妃の生家だ。王妃の父親、俺の祖父だな、が高齢で引退したいが爵位を継げる者が他におらず、アグリスタ出身の俺に丁度良いと国王が決めた。
取るに足らない領地なので、他の貴族からも特に反発もなかった。
そして俺は王宮騎士になり、現在はラヴァイン王子が隊長を務める部隊の副隊長である。王宮騎士内の身分だけならマフノリア様と同等だと言うから驚く出世だろう。
王宮騎士には一般国民、それこそ孤児でもつくことができる。だが当たり前のように爵位がないものは一般兵どまりだ。王子直属の部隊へ配属される事もほぼない。
出世が早くできるように俺に国王は爵位を与えたんだとセダー王子が教えてくれた。正直爵位とか面倒だと感じたが、ヴェルを1日でも早く迎えに行くために使える力は何でも使わせてもらおうと思うことにした。
ラヴァイン王子は冒険者として他国を渡り歩いていたという経験もあり、友好国からの武力援助を依頼された時に派遣される部隊を受け持っている。それはある意味、凶悪な魔物や組織を相手にすることも多くて、名を上げるにはうってつけの部隊なのだ。
おかげで俺もこうして屋敷に王子を二人招待しても、王宮内で波風が立たない程度には功績をあげる事が出来ている。
「ヴェル、もう少し待っててくれ」
「ああ」
俺が囁けばヴェルが微笑む。
持っていたチョコの箱を取り上げてテーブルに置く。空いた手を繋いで、握った。
ヴェルの手の平にはあの時のような剣を握って出来たマメはない。皮膚は少し硬くなってはいるが、綺麗な手だ。
ヴェルは王宮内で魔法の研究をしている。好きなことに打ち込むヴェルはとても楽しそうで、初めて会った時のような飾り物の人形にはもう見えなかった。
俺が凄い英雄になった時に自分が釣り合わないと言われたら困ると、魔法の研究に打ち込む日々を過ごしているとマフノリア様から教えてもらった。ヴェルらしいなと微笑ましく思うし、俺のことを一緒に居ない時も考えてくれていると知れば、すぐにでも抱きしめたくなった。
「レーヴン」
ヴェルが俺の名を呼ぶ。見上げた顔に、唇に、触れるだけのキスをいくつも落とす。くすぐったそうに笑えば、啄ばむように唇にキスを返してくれる。
俺達はこれ以上の肉体関係はない。それはもう衝動的にヴェルを抱きたいと思う時はある。だけどそれをしてしまったら、ヴェルをさらって逃げてしまいたくなるので、我慢している。
ヴェルにもその事は伝えてある。結婚してからそういったことはしようと。
そもそもヴェルは性欲が薄いというか、ほぼないみたいなのでその話をした時もきょとんとしていた。むしろ俺があちこち熱くて真っ赤になっていたから、物凄く情けなかったと思うけど、決意は伝わってるはずだ。
そんな俺を「可愛い」といいながら、花咲くようにヴェルヘレックは微笑む。
微笑むヴェルの方が何万倍も可愛いんだが、これは俺だけが知っていればいいので本人にも秘密だ。
この笑顔を、俺はずっとずっと、守りたい。
叶うならば俺の腕の中で。
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