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番外編(レーヴン視点)・君の笑顔が咲く場所を俺は永遠に守ると誓う
(4)恋慕
しおりを挟む貴族には「弱者を守る」という思考があるらしい。
俺が出会った貴族はおおよそ「弱者は食い物」って考えの奴らだった。そうじゃない奴はそもそも「貴族らしくない」と俺が思っていたってのもあるけど。
ヴェルは良くも悪くも王族としての矜持を持っていた。
だから悪を見逃せないし、弱者を見捨てない。
だけど仲間を危険にさらすことも無く、適切な判断を求めて来た。命令を俺達にしてこないし、高みの見物もしない。
その姿に俺はヴェルへの認識を改めた。我儘なお坊ちゃまとか思ってて悪かった。
全身を麻痺させられ動けない状態でレイプされかけていた後も、ヴェルの表情は今までと変わらず無表情だった。だけど子どもが好きなのか、救出した少女には花が咲くような笑顔を見せていた。
そう、ラビが言っていたやつだ。
確かに俺も国内に居た時に、第二王妃と第四王子の可憐さや美しさの噂は聞いた事がある。
正直あまり興味がなかったので気にした事がなかったけど、なるほどあれなら人々が色めきだつのも納得できるし、ラビが自慢していたのもわかる。
そんな笑顔だった。本当にあるんだな、花が咲くような、周りが華やかになる様な笑顔って、と感心した。
だから俺は安心していたのだ。ああいったことをされたことは今までもあって、ヴェルにとってはとるに足らないことなのだろう、と。
王宮に住む王子で、セダー王子やラビの行動を思えばそんなことはないと気付けたはずなのに。この時にはヴェルが我慢強いだけの幼子のようだと、俺も思っていたのに。
エールックの貴族以外と同室なんてありえないという主張もまっとうに思えたから、ヴェルを一人にした。
そして、三日も放置した。
本人は眠れないことで自分が辛い事よりも、旅を続けられない事を心配していた。
ちらりとみた胸元には痛々しい痣もあったが、王宮に居た時よりもましだという。剣の稽古で負傷するのは主に腕や肩だ。腹部になど打ち込むことはほとんどない。
ラビやセダー王子の剣も見たことがあるが、そんなに変わった剣筋はしていなかった。王家に特殊な流派があるとは思えない。
憔悴したヴェルを見て、エールックは満足そうに笑う。
ぞわりとその笑顔に悪寒が走った。
ヴェルを孤立させて不調を誰にも気付かれないよう、むしろ「人殺し」と強い言葉をわざと聞かせてヴェルを追いつめていたのは間違いなかった。
どうにかエールックとヴェルを引き離すべきじゃないかと思ったが、それはホルフに止められた。
「ヴェルヘレック王子はエールックさんを信頼しています。へたをすると僕たちの言葉を信じずに、エールックさんと竜の渓谷に向かうと言い出すかもしれません。王子も納得できる物証がない以上、伝えるのは得策ではないかと」
「今のとこ王子様はレーヴンがお気に召したみたいだし、レーヴンが上手く立ち回ればどうにかなるんじゃない?」
信頼というのは厄介だ。
どう考えても異常だと思うのに、ヴェルの目にはエールックが信頼できる相手に見えるのだろう。
それは俺に対しても同じだ。ヴェルは無警戒で俺に「抱いてくれ」などという。
言葉選びに関しては、そういった知識が乏しいがゆえの、子どものそれだと思えば納得もできる。
だけど、頭の理解と心の理解はまた別問題なのだ。
俺は自慢じゃないが初恋は五歳で体験済みだ。孤児院に肉を配達していた肉屋の奥さんだ。ちょっと肉付きのいい人だったが、笑顔が可愛い人だった。
その辺に生えてる花を摘んで、告白したが、旦那がいるからごめんね、ありがとねっと言われた。
そう、五歳で失恋も体験している。
その後も冒険者になってラビと組むようになってからは、まあまあ声をかけてもらった。
一緒に依頼をこなした相手だったり、酒場や宿屋の娘だったり。そういうお誘いもいくつか受けた。
だから色恋に対しての耐性もあると思う。
俺の今までのタイプはちょっとムチッとした感じの肉付きのいい女の子だ。
手足が細く血の通ってない、作り物のように整った顔の王子に惹かれるはずなどないのだ。
だからこんな風に無条件に俺を信じて、身体を預け、すり寄られて、可愛らしい寝顔で甘えるような、安心しきった声を出したとしても、ヴェルを抱きしめて寝るのが辛くなるとは思わなかった。
最初テントで一緒に寝た時は、穏やかな寝息に安心しただけだった。意地を張って寝ない相手が寝てくれてよかった、という感覚だ。
次に一緒に寝た時は、その前にずっと眠れていないと言われ、自分の対応の甘さに頭が痛くなったが、とにかく状況を改善しようと、安心感を感じてもらおうと思った。
この二回はどちらも孤児院でやっていたことだ。眠れない年下の子を抱きしめて眠ったり、陰湿ないじめにあって捨てられた子の心の傷を塞ぐために傍に寄りそう。
同じ歳の相手にやったことはなかったが、下心は無かった。
いや嘘だ。二回目の時は、下心があった。
自分を頼ってくれるのが嬉しかった。言われるままに身体を預けてくる姿は可愛かった。
そこには冷血などと言われるような姿はなく、不安そうに唇を震わせ、視線を揺らしている少年が居た。
ヴェルの純粋な信頼する気持ちに付け込んで、自分の欲を満たしている。
これでは、エールックと同じだ。
「レーヴン……?」
毛布でくるまり、俺の腕の中で眠るヴェルがぼんやりとした顔で俺に声をかけてくる。あまりきつく抱きしめると動けなくなってしまうから、腕枕をしている程度だけど身じろいだから起こしてしまった。
「悪い、まだ寝てて平気だ」
「ん……」
ふにゃりと微笑み、寒いのか俺にすり寄って来ればすーすーと寝息を立て始める。
これはもう限界だと、思った。
翌日から、ヴェルの添い寝はロアに任せることにした。
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