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本編
(40)罪と罰
しおりを挟む父上は母上の不貞を知っていた。しかも、不貞のあった翌日に、だ。
もちろん母上はそんなことを父上に報告していない。それならシシリーが俺達を入れ替えるわけもない。
父上に報告したのは、不貞を働いた護衛騎士だった。
王妃の悲しみを紛らわせるため、王の信頼を裏切った、悪いのは自分で死んで詫びると言ったらしい。
俺が生まれる前は母上の立場はとても弱く、王宮では孤立していた。
父上や他の王妃達、セダー兄上達は良くしてくれたものの、王宮に居るのは王族だけではない。
母上が寵愛を受けることで輿入れが出来ないと考える貴族たちは母上の排除を狙っていた。
そんなこともあって父上は信頼できる者を母上の護衛とした。その騎士ももちろん父上が厳選した騎士の一人だった。
兄上はこの話を聞いた時に、黙って消えろよ……と思ったらしいが、そこは父上とその護衛騎士の関係性とか諸々あってのことなのだろう。
父上はその騎士を遠方領地へ移動させた。彼は現在もそこで元気に職務をこなしているらしい。
自分の子どもに甘い人だとは思っていたが、自分の子ども以外にも父上はだいぶ甘い人だった。
「ほら、ヴェルはユアーナ様にそっくりだし、可愛かったから、自分の子じゃなくても良かったんだそうだ。ユアーナ様の子という事は疑ってなかったらしいけど。だから今回の対面の儀が失敗しても、そのままお前が他国へ旅に行っても、父上は受け入れようと思ったって言ってたぞ」
一国の王として、父上の対応はどうなのだろうと思うんだが……家族仲のいい、今の王家だから許されるお考えなのではないだろうか。いや父上がこうだから、俺達の仲が良かったのだろうか。
父上のお考えもどうかと思ったが、それよりも俺は母上の不貞が真実であったことを、意図せずレーヴンに知られてしまい気まずく思った。
レーヴンの様子をそれとなく伺ったが、特に反応もなく兄上の話を静かに聞いていた。母上達の身勝手で、レーヴンは王宮から出されたのだ。よい印象を持てなくても仕方がない。
でもそれは、やはり悲しいと思った。
レーヴンが受けるべき多くの愛を、俺が受けていたのだ。だからその優しさも判るから、母上のことを嫌ってほしくなかった。
「で、ルハルグ様からヴェル以外の奴が第四王子だって言われたから大混乱だよ。結局、ユアーナ様を問いただして全部聞いたそうだ。侍女が入れ替えたことや、ヴェルにそのことを伝えたことも」
「え、そ、それでは、もしや母う……いえ、ユアーナ様の身は……」
「うん? ああ、ユアーナ様は一か月自室で謹慎してる。父上と一緒に俺達の赤子の面倒みてるはずだ」
「ま、お待ちください! 父上と母上が赤子の面倒などみれるはずがないじゃないですか!? 御子が可哀想です」
母上への処罰が甘いとかそういう事でなく、俺はセダー兄上達の御子が心配になって思わず声を荒げてしまった。
「ああ、もう、ヴェルは本当にそういうところ優しいよね。大丈夫、さすがにお二人だけになんて任せてないよ。うちの乳母もついている」
俺の様子にからからとマフノリア様が笑いながら答える。
それならばよかった。ちゃんと乳母がついているなら安心だ。
「そもそもユアーナ様の過ちの件は不問になっているし、今回の謹慎は侍女のしたことを報告しなかったことに対してだそうだ」
「……セダー様、これではあまりにも甘い処罰に思います。母上……ユアーナ様の分の罪も俺と、シシリー、侍女が受けますので」
「ヴェルヘレックはどうしても厳罰されたいみたいだな。貴族教育の賜物というべきか。キルクハルグ王家から出ていきたいのか?」
「その覚悟でおります」
俺が言うと、セダー兄上は深くため息をついた。
「実行した侍女はもう死んでいるし、連れ去った王子はヴェル、お前が探し出してくれたからそれも父上は考慮されているんだよ。もし、レーヴンが既に死んでいた場合は話が違ったかもしれないけど、たらればの話をする必要もないだろ。ヴェルも被害者なんだ、責任を取るとか処罰されるとかはない」
「あの、でもそれではレーヴンがあまりにも……」
不憫とか、不幸とか……その言葉が正しいのか判らない。
俺はレーヴンを見ると、レーヴンも視線に気付いたのかこちらを見た。目が合えば視線を彷徨わせて、セダー兄上に向き直る。心なしか顔が少し赤い気がする。
「俺は吃驚したけど、別に捨てられた? って言うんですかね判らないけど、それはわりとどうでもいいっていうか、今までも毎日楽しかったし」
「レーヴン……」
俺が名を呼べば、視線をこちらに移して安心させるように微笑んでから、再び兄上に向き直った。
「王妃様の話を聞いても他人事にしか思えないし、キルクハルグ王が咎めないというならそれでいいです。こういっちゃなんだけど、俺には関係ない。俺にとって大事なのはヴェルがこれから幸せに過ごせるかどうかってことだけなんで」
「だそうだぞヴェル。第四王子の身分については二人で話して決めてくれ。決めたら父上に報告して、帰国しよう」
自分の予想とかけ離れた展開になっていて、セダー兄上の言葉に、俺は静かに頷くことしかできなかった。
その後、エールックのことを報告した。
拘束された時の話をすると、どうしても声が震えてしまって、顔を上げていることも出来なかった。
それに気づいたレーヴンが、手を握ってくれた。
「……レーヴン、感謝するよ。弟からヴェルヘレックを護ってくれてありがとう」
マフノリア様の声はとても冷たかった。
エールックのしたこと、この家に罠を仕掛けたことなどは、ルハルグ様もご存じのことで言い逃れることはできないな、とセダー兄上はどちらかと言えば暖かい声で仰った。
「これだけは言っておくけど、エールックのことは同情とかしなくていいからね、ヴェル」
「……あ、の、マフノリア様。エールックは俺のことを心配してくれて、それなのに俺が王子じゃなかったから」
「ヴェル。あいつは君のためなんて、少しも考えていない。自分の欲を満たすためにヴェルに執着しただけだ」
マフノリア様が冷めた声で吐き捨てるように言われた。感情を殺した声、というのだろうか。
そんなマフノリア様の肩をセダー兄上は労うように軽く叩くと、俺に視線を向ける。
「まあ心配するな、エールックの言い分もきちんと聞いたうえで判断するから」
「はい、よろしくお願いします」
俺はセダー兄上の言葉に、ほっと息をついた。
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