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本編
(34)緑の輝石
しおりを挟むそれは大地を震わすように低く、獣の咆哮のようだった。
「――……てめえええ!! エールック!!!!」
エールックが俺から口を離し、声の方へ振り向く。俺はエールックの体でその人物は見えなかった。
だけど、誰の声かなんて見なくても判る。
「来るな!!!」
草木を踏み分け、近づく足音に俺は叫ぶ。
俺の声に足音が止まった。
「来ないでくれ、レーヴン!!」
王子を危険にさらすわけにいかない。彼が俺を助ける理由もない。
エールックのこの行動も、全て俺のせいだ。
それに、こんな姿、見られたくない。
「ああ、ヴェルヘレック様、そんなに私を愛してくださっているなんて。聞いたかレーヴン。私たちは愛し合っているんだ邪魔しないでもらおうか」
エールックは俺の上から立ち上がる。そして俺の二の腕を掴めば強引に引き上げた。
「……なっ! いっ!!」
強引に立ち上がらされれば、当たり前だが足に絡む衣服のせいでまともに立てない。よろけた俺を拘束している両手も抱え込むように、エールックは俺の背に手を回し支えた。
目の前には剣を抜き、立ち止まるレーヴンがほんの数メートル先に居る。
ああ、こんな姿、見られたくなかったのに。
正面を向いてしまっているから、秘すべき部分も露出している。恐ろしく俺はみっともない姿をしているだろう。
「こんなところで、そんな風に縛り上げて、愛し合ってるなんて信じられるわけがないだろう!! そのくそ汚い手を離せ!!!」
レーヴンの緑の瞳が俺を見れば、すぐに視線をエールックに移す。
交戦する相手に視線を移すのは当たり前だ。だけど、見てはいけないものを見てしまった、とレーヴンの表情は訴えているようで、俺は目の前が真っ暗になった気がした。
「ヴェルヘレック様は私を愛していると仰ってくださった。なにが勘違いなものか! ねえ、ヴェルヘレック様」
エールックが顔を近づけ、頬に触れるかどうかの位置で言う。
気持ちが悪くて俺は思わず顔を背け身をよじれば、みっともない身体を隠すように足を閉じ膝をついた。
「ああ、ヴェルヘレック様そのように恥じらって。ほらレーヴン、お前はとっととどっかに行け……っ!!! ヴェルヘレック様! これはなんですか!!!!」
「いたっ! な、に?」
もう、エールックの言葉を聞きたくなかった。
そう思ってエールックから頭を遠ざけようと俯いたが、拘束された手首を掴みあげられる。両手を上方に引き上げられ、本来回らない方向へ肩を強引に動かされて痛みが走った。
「こんな……っ! 私以外から指輪など受け取りその身に着けるなど、何という裏切りですか!!!」
一瞬、いやさっきからずっとだが、エールックが何を言っているのか判らなかった。
「しかも緑の宝石など! 忌々しい。こんな安物など貴方の美しい手に似つかわしくない!」
緑の宝石……?
そこで俺はやっとそれがグリムラフから貰った指輪だと気付いた。
「まっ……まってくれ!! それは駄目だ! 触るな!! ぁうっ!!」
俺は身をよじってエールックの手から逃れようと暴れる。しかし手を拘束されたまま、変な体勢なので大した抵抗はできない。
その行動に腹を立てたのか、背中に蹴りを入れられ痛みで声が漏れる。それでも俺は暴れた。
駄目だ、だってそれは下手に触ったら危ない。
「エールック、それだけは触るな!」
「いいえなりません!! こんなもの!!」
強引に指から指輪が抜かれる感覚があった。エールックに視線をやれば、指輪をレーヴンの方に投げつけている。
レーヴンはこちらを睨んだまま、指輪を避けた。
よかった、とりあえず毒針は刺さらなかったのか。
と、安堵したとたん、急に手を離されて、俺は顔から花畑に突っ込む。その上にエールックの身体が覆いかぶさるように乗ってくる。
このままレーヴンの前で……っ! そんなのは嫌だ。例えあと数日で処刑される身体だろうと、こんなのは……いやだ!!
俺は失っていた抵抗する気持ちを取り戻し、エールックの下から這い出ようともがいた。
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